42 回りだした歯車はちょっとやそっとじゃ止まらない
♤
帰宅しながら、昨日登録したばかりのディルナにメッセージを送る。
まさかこんなに早くスマホの出番が来るとは思わなかった。
『家に客が来るらしい。とりあえず掃除しといてくれ』
大して散らかってはいないだろうが、念のため掃除を頼んでおく。
そして、一番重要な情報を続けて送った。
『お前の正体も知ってるから、変に緊張せず待機しといて』
これ以上を伝えるべきことがあるだろうか。
そんなことを悩んでいると既読がついた。
続いて表示されるディルナからのメッセージ。
『りょーかい。塵一つ残さず部屋中消し飛ばしとく!』
どうやらうちの居候は馬鹿らしい。
『一般的な範囲で頼むな』
最後のメッセで釘を刺した後、俺はスマホをポケットに入れた。
元から馬鹿が一人いる家に、今からもう一人馬鹿が来るという事実。
あまりに頭の痛くなる状況にため息を吐いた。
◇◇◇
家に着くと、既に掃除はほとんど済んでいた。
綺麗になった部屋の中心で、ディルナはソファーにふんぞり返っている。
あまりに偉そうなディルナは、俺の姿を見つけるや否や、自信満々に自分の功績を語った。
「あ、おかえり。綺麗に掃除をしたから褒めたまえ」
突然の来客であったため、説得が必要かとも思っていたが、それは杞憂だったらしい。
連絡を入れた時点で、ディルナは既に歓迎ムードだった。
「何買ってきてくれるんだろうね。パーティーなんて久々だよ」
「そんな大層なものは買ってこない。期待するだけ損だ」
「夢がないなぁ。もしかしたら私に会えるってことで、非常に興奮してるかもしれないじゃん」
「なんの自信だよ……」
ディルナと言い合いをしているとインターホンが来客を知らせた。
自信過剰な居候をリビングに待機させ、扉を開けるために玄関へ向かう。
「やっほ」
扉を開くと満面の笑みをした同期が目の前に立っていた。
コンビニ名が印字されたビニール袋を掲げ、ニヤリと笑う佐多。
「酒のつまみ的なのたくさん買ってきたわ。居候ちゃん成人してるよね?」
「もっと気の利いたもんを買って来いよ。なんだ酒のつまみって」
もっとなんかあっただろ。
初対面なんだから
「んで、成人してるの?」
「自分の年齢が分からんらしい。自称成人済みだけどな」
「おー、いいね。なんか再転生者っぽくなってきた。んじゃ、失礼します、っと」
佐多はパンパンにふくれたビニール袋を携えて、ずかずかと家の中に入っていく。
おい、ふざけんな。もっと遠慮がちに失礼しろ。
「おい、心の準備とかあるかもしれないだろ」
「再転生者がそんなか弱い生物なわけないさ。こんばんはー!」
俺の制止を振り切りディルナへと挨拶する佐多。
こいつどんなメンタルしてんだよ。
相手は人類の敵だぞ。
「あ、こんばんはー! あなたが佐多?」
「正解。この俺が佐多さんだよ。そういう君が再転生者さんだね。名前は?」
「ディルナだよ。ぜひ覚えて帰ってね」
「おー、いいね! 名前からして再転生者っぽいじゃん。今日は無礼講だ。楽しもうぜ!」
まるで昔から親しい友人だったかのように拳を突き合わせる二人にため息が出る。
何か不都合が出るのではないかと疑心暗鬼になっていた俺が馬鹿みたいだ。
「……意気投合すんの早すぎだろ」
「そんなにたくさん時間があるわけじゃないんだから、そんなことに時間かけてる暇はない。夕飯あるか?」
「お前マジでつまみしか買ってこなかったのかよ……」
そんだけビニール袋パンパンになってんのに中身全部つまみなのか……。
まあ幸い、家には大量に余った冷凍食品もあるし、非常食の定番、カップ麺だってあるけども。
この家が生活感を帯びてきたのは最近の話なのだ。
独身男性の一人暮らしの食生活なんて終わっているに決まってる。
「んー、じゃあこれを頂こっかな」
「おー久々のインスタント食品じゃん。このラインナップは体に悪いに違いないから絶対に美味しいね」
「皮肉言ってないでさっさとお湯を沸かせろ。電子レンジと同時に使うなよ。ブレーカー落ちるからな」
「はぁ? しょぼい家住んでんじゃねえぞ。稼いでんだろ」
「家なんて寝れれば良いもんだろ。同棲なんて想定外だった」
このわちゃわちゃ感がなんだか心地良い。そういえば自宅でパーティーなんていつ以来だろうか。仕事を始めてからはこんなことはしなくなった。
「ねえ、スマホかしてー。3分測る」
「ほい」
「サンキュ」
いつの間にやらこいつはスマートフォンを自由自在に操れるようになっているらしい。
ディルナの適応の早さにはいつも驚かされる。
「仲良いじゃん」
「……そりゃ一緒に暮らしてたらな」
「そっか。良かったな」
「なんだよ、改まって」
からかってくるような佐多の態度。
それは付き合いたてのカップルを冷やかす外野の様で、なんだか懐かしさを覚えた。
「何か人生を豊かに出来るものを見つけたのならそれは良い事だろ? それが世間的には疎ましく思われるものであったとしても俺くらいは褒めてあげないとな」
「……お前は俺の何なんだ」
「ただの同期だよ、ばーか」
それだけ言い残して、ディルナの方へ向かう佐多。
おい、酒片手に女性に近づくな。
怪しい感じ出るだろ。
「ディルナさんってお酒飲んだことあるの? 結構いろいろ買ってきたんだけど」
「実は飲んだことないんだよね。でも、成人はしてると信じてる」
「信じてる、か。本当かい? 君にお酒を飲ませたことで俺が捕まったりしないかい?」
「どうだろうね? 先に他の容疑で捕まるんじゃない? それか、再転生者を酩酊させて捕獲に協力した、ってことで褒章貰っちゃうかも」
「ははっ、そいつは面白い冗談だ。ディルナさんは酔った程度で捕まるのかい?」
「まさか。私は強いよ」
「なら、良かった」
何が良いんだ、と突っ込もうかと思ったがやめておくことにした。
ディルナと佐多が仲良くやっているならそれでいい。
目の前のつまみもうまいし。
「ねえ、ディルナさんってどんな能力が使えるの?」
「あ、それ俺もよく知らない」
「は? 一緒に暮らしてたのに同居人の能力すら知らなかったのかよ。さすがにそれはねえわ」
同居人の能力は知っているべき、なんて言葉を聞く機会があるとは思っていなかった。ここはなんだ。異世界なのか。
「それじゃ、せっかくだし実際に披露しながら説明しようかな」
ディルナがそう言った途端、周囲に光球が出現した。
初めて会った時に見たものと同じものだ。
俺とは違い初めて能力を目の当たりにする佐多が隣で息をのんでいるのが分かる。
無理もない。これは俺たちが習ってきた常識に反する世界だ。
「これは見ての通り光を一点に集中させた物体だよ。その特性上、中心部は非常に高温になってる。だからこれを振り回すだけで周囲を穴だらけに出来るって寸法だね」
「……無茶苦茶だな。どうやってそんなものを操作してるんだ?」
「良い質問だね、佐多君」
ディルナがいきなりまるで教授みたいな言葉遣いをするものだから、佐多が対応しきれず「あ、どうも」なんて言いながらお辞儀をしている。
「答えは分からない、だよ。能力ってのは感覚なんだ。そこに科学的原理は存在しない。無理やり常識を曲げてるに過ぎないんだ。だから、無茶苦茶っていう感想は正しいね。けど、それにも限界がある。私は見ての通り光を扱う能力者だから、例えば水を生み出したり、風を吹かせたりは出来ない」
ふわふわと浮いている光球をジャグリングするようにポンポンと動かしながら説明するディルナ。
それ危なくない? 家燃えたりしない?
「常識を曲げてるのに出来ないことは出来ないんだな」
「そうだね。だから、君たちがケガをした際に無理やり治すみたいなことは出来ない。私に出来るのは壊すことと照らすことだけだね」
率直な感想は『案外不便なんだな』だった。
能力者と言えば、自分だけの収納スペースをどこか別の世界に保持していて、さらには良く分からない力で常にだれかと通信しているものかと思っていた。
「その光の球に乗るみたいなことはできないのか?」
「それは出来ないけど、そもそも私自身の速度が早いからね。飛行するってのは不可能じゃない。もちろん、複数人を連れて飛ぶなんてことは出来ないけど一人ぐらいなら一緒に鳥の気分を味わわせてあげられるよ」
「へー、じゃあいつか飛んでみたいもんだな」
「え、全然今からでも飛んであげられるよ?」
飛びたいと発言した佐多は、ディルナの提案に対して首を横に振った。
「そいつは無理な話だね。なんせこの都市ではパトロール隊が常に目を光らせてる。飛んだ瞬間、指名手配だ」
「ああ、そっか。この世界じゃ飛行する人間なんていないんだもんね」
「当たり前だ。ディルナが言ったんだろ。常識を改変してるって」
「んじゃ、いつか一緒に飛ぼう。約束だよ、佐多君」
小指を佐多に向けて突き出すディルナ。
まるで死亡フラグだぞ、と思わないでもなかったがツッコまないことにした。
佐多も頭によぎったのか口をパクパクとさせているが観念したようで、同じように小指を差し出す。
約束を破った場合針を千本飲ませるなんて言う馬鹿げた約束を二人で交わしているのを見つつ、つまみを口に入れた。
おいしい。
あまりのおいしさにもう一度ポテトチップスにてをのばしていると、佐多が息を整えるためにコホンと咳をした。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
酒を机の上に置き、座りなおした佐多の姿は真剣そのもの。
「……何の話だ?」
何の話か全く見当もつかない。
なんだ? 今までのが本題じゃなかったのか?
冗談を言っているようには見えない。
俺は佐多の言葉を待った。
「わざわざ俺が何の理由もなく家まで来るわけないだろ。最終決断の時間だ」
「最終決断?」
心当たりのない俺はオウム返しをする。
「昼の確認はあくまで一段階。だから、俺はここまで来た。けど、勝木の人生を左右する大事な選択だ。やっぱりもう一回くらいは確認したほうが良いだろ。もう時間もないしな」
「なんでそんなこと――」
意味が分からず、疑問を投げる。
時間がないってなんだ。
お前に何が分かるんだ。
実はスパイだったっていうのか?
そんなわけない。本当にそうなら俺はとっくのとうに捕まっている。なら、佐多が特別な情報を持っているわけがないじゃないか。
理解を拒むための理由だけが、頭に次々と浮かぶ。
けれど、その理由は簡単に崩された。
耳の中に入ってくるその音が、佐多の言葉の
聞きたくない。
けれど、あまりにもうるさいその音は、耳を塞いでも聞こえてきた。
「分かるだろ? もう猶予がない。俺は
――ウゥ―――ゥゥンン――
サイレンが鳴り響いている。
それは転生庁がこちらに近づいていることを示していた。
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