41 唯一人の存在は世界から見ればちっぽけである。
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良い風が吹いているな、なんて思った。
こうやって外の空気にあたっていると、もうすぐ来る夏を肌で感じることが出来る。
この気持ちいい風に吹かれながら、大の字で寝たらどれほど気持ち良いだろうか。
そんなことを考えながら天を仰ぐ。
――分かっている。
これは現実逃避。
でも仕方ないじゃないか。
同期から『君の同棲相手、実は人外だろ』なんて言われて平常心を保てる人間がどれだけいるって言うんだ。
しかも、俺の同棲相手は本当に人外なんだ。
ふうっ、と息を吐いて心を落ち着かせる。
一つ横のベンチに座る佐多の方を見ながら口を開いた。
「……あんな場所でする話じゃないだろ。全く何考えてんだ」
ここは、会社に隣接している小さな公園。
遊具は大したものはなく、ブランコや滑り台など、最低限のものだけ。
最近の過剰規制を受け、大した遊びも出来なくなった悲しき公園。
幸いなことに過剰規制を受けた公園には俺達以外に人はいなかった。
「食堂での他愛ない話なんて誰も聞いてないさ。まあ、リスクを取らないに越したことはないけどな」
当事者じゃないから、そんな感情が出てくるんだ。
俺からしたらたまったもんじゃない。
「それで、どうなんだ?」
しかし、部外者から見れば対岸の火事。
佐多が興味本位で突っかかってくることが理解出来ないわけではなかった。
「……どうだと思う?」
「まあ、わざわざ場所を変えたってことは本当なんだろうな」
早々と食事を終え、わざわざ公園まで移動してきている。
この事実が答えみたいなものだ。
「どこまで知ってるんだ?」
問題はそこ。
確かに同棲相手は人間ではない。
けれど、別に『同棲相手が人間ではない=再転生者』とはならないのも事実。
猫を飼っている場合だって当てはまる。
まあ、その場合は『同棲』なんて言葉を使わないかもしれないが。
「そうだな。正直、核心を持っていることは一つもないと言っていい。だから、どこまで知ってるなんて言われても答えに困る」
「どういう意味だ?」
「そもそも噂の出所から話そうか」
「噂の出所?」
全くリクライニングしない木のベンチに背中を預けながら、佐多は説明を始めた。
「朝、メールが届いたんだ。『うちの会社に転生庁が来た。心当たりのあるものは至急連絡を』ってね」
「……転生庁が?」
転生庁と行動を共にした時点で、気付かれるのは時間の問題だと思っていたが、まさかこんなに早いとは。
想定以上だ。
事件があったのは二日前だぞ?
「もちろんそのメールに勝木の名前まではなかった。目的も不明。つまり、相当ぼかした状態での連絡だったわけだ。普通に考えれば様々な会社にガサ入れしているだけ。俺達もその一人にすぎないという結論を出すだろうね」
佐多は俺の返事を待つことなく続けた。
「だが、俺の場合は違った。丁度最近、同棲を始めたなんて言い出した動機がいたわけだ。この二つが無関係とは思えない。というわけで本人に聞いてみたわけだ」
「……行動力バケモンかよ」
もっと確信を持ってから、俺に確かめに来いよ。
そんな曖昧な動機で俺を惑わせないでくれ。
思わず文句を言いたくなる口を抑え、佐多の言葉を待った。
「にしても、思い切ったことをしたな。後先考えなかったのか?」
「……耳が痛いな」
視界の端で無人のブランコが風に吹かれて揺れている。
ブランコをつないでいる鎖はもう錆びていて乗ったら壊れそうだな、なんて思った。
「再転生者は人類の敵。その事実が記憶から消えていたわけじゃないんだろ?」
ゆっくりとただ淡々と疑問を呈す佐多は、俺を責めている様だった。
少し罪悪感を覚えながら疑問に答える。
「……知ってるさ。でも、彼女を匿いたくなったんだ。きっと違和感を突き止めたかったんだうな」
「違和感を突き止めたかった?」
佐多は急かすように俺の言葉を繰り返した。
回答を待っているのかこちらをじっと見つめている。
「俺たちは、再転生者のことを災害だと認識している。さっき佐多が人類の敵だと称したのもその一環だろ?」
佐多は無言で頷いた。
「けれど、俺の目の前に現れた再転生者にそこまでの狂気を感じられなかった。それどころか、優しささえ感じたんだ」
俺の言葉を自分の中で消化しているのか、佐多からの返事はなかった。
けれど、俺は返事が欲しい。返事を催促するように言葉を続ける。
「なぁ、再転生者が人を殺すってのは本当なのかな」
考えていることを口に出しているのか、こちらには聞こえない程度の音量で佐多がぶつぶつと呟いているが分かる。
なんだか不気味だ。気持ち悪い。
けれど、きっと俺のために何かを考えている最中だろう。水を差すのはやめよう。
大人しく待っていると、考えがまとまったのか声のボリュームがきちんと俺に聞こえる程度まで上がった。
「……本当に決まってるだろ。何を言ってるんだ」
呟きながら、佐多は立ち上がる。俺の目の前で両手を目一杯広げて、同じように口も最大限開いた。
視界のほとんどが佐多で埋まる。
見せつけるように大きく息を吸う佐多。
誰に言われるでもなく分かった。こいつは今から叫ぶ気だな、と。
「もし、再転生者が人を殺さないって言うなら、お前はどうやって説明するんだ! この都市も! そして、今まで死んでいった者たちを!」
あまりの大声に近くを歩いていた誰かがこちらを向いたのが目に入った。
佐多は呼吸を整えるために、目の前で、ぜーぜーと声を出して息を吸っている。
しかし、佐多の主張はそこで止まることはなく再び大きく口を開いた。
「何か不思議な力で殺されました。でも、再転生者のせいじゃないです、ってか? そんないかれた主張誰が信じるんだ! それとも、お前には何かあるのか? 誰もが納得するような理論が!」
何とか言ってみろよ、ともう
すぐに言い返すことはしなかった。というよりも出来なかった。
佐多の言う通り、再転生者によって亡くなった人間がいるというのは間違いない事実だ。それを否定することは誰にも出来ない。
――けれど、ディルナが人を殺すように見えない、というのも同じく事実だ。
その主張を曲げることも俺には出来ない。
「……さあね。それが分からないんだ。頭では理解してるさ。
俺の言葉に、ずいぶんと長い間いら立ちを見せていたがやがて自分の力で心を落ち着かせて、先ほどまで座っていたベンチに再び腰を下ろした。
「だから匿ったと」
「そうだな」
間髪入れず肯定する。
そんな俺をじっ、と見つめる佐多。
やはり納得はいかないだろうか。
佐多の心情を想像していると、当の本人が急に頭をかいて叫び出した。
「あーもう! お前、ほんと何も考えてねえな! 再転生者を匿うってのはそんな単純なことじゃないんだよ。お前としては気まぐれでやったことかもしれないが、巻き込まれる側としたらたまったもんじゃない」
分かるか? と俺を人差し指で指しながら語る。
「例えるなら、子供が面白がって線路に石を並べるみたいなもんだ。その後どんな悲劇が待ってるかなんて考えちゃいない馬鹿のやることだよ。そういう事ちゃんと考えたか?」
「そんなもの考える暇なんてなかったんだ。もし断ってたら殺されてたかもしれないじゃないか」
俺の反論を一通り聞いた後、佐多は呆れを表すように大きくため息をついた。
大した説得力のない反論であったことは認めるが、あからさまに馬鹿にされるとさすがに腹が立つ。
「そうは思ってなかっただろ。そう思ってるとしたら俺に逃げ方を聞くはずだ。でも、勝木にそんな素振りはなかった。結局、お前は自分のわがままを正当化したいだけなんだ」
言い返す言葉はすぐには思いつかなかった。
間違いない。きっと俺は、大した動機もなく大罪を犯してしまった言い訳を探している。
「……んじゃ、どうすりゃよかったんだよ。転生庁にでも突き出せばよかったのか?」
ふてくされたような態度で言い捨てると、佐多は腹を抱えて笑った。
「何がおかしい」
「そんなこと出来ないだろ。相手は再転生者なんだ。冷静になれ。お前とあいつらは対等じゃない」
耳が痛かった。
佐多の言うことは正しい。冷静に考えれば俺が間違っている。
ふと、意識を目の前に戻すと俺たち以外誰もいない公園が目に入った。
「……馬鹿なことをしたかな」
たくさんの命を預かるのと同義。家に爆弾を抱えて、それを良しとするのは一般人に許されたことではない。
自身の浅はかな考えに反省し始めたところだった。
――突然大きな笑い声が耳に入り、思わず顔を上げる。
「……どうした?」
「ハハッ、何をいまさら後悔してんだって話だよ。お前がやったことはあり得ないくらい馬鹿だよ。そんなの考えるまでもない。国家転覆罪なんてこの国で一番重い罪だ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「好きにしたらいいじゃねえか」
あまりに無茶苦茶な佐多の発言に訳が分からなくなる。国で一番重い罪に抵触するなんて脅しておいて、すぐ後に好きにやれ、なんて論理が崩壊してるにもほどがある。
「真剣なんだろ? じゃあ、とりあえずその再転生者ってやつがどんな人間なのか知るところまで一緒に過ごしたらいい。お金に困ってるわけじゃないだろうしな」
一息置いて、「それに」と佐多は続ける。
「どっちにしろ後悔することになるんだ。ならやってみればいい。責任の所在とか、誰かを殺めてしまった時どうすればいいか、とかそういう難しい話は後回しにしとけ」
「……無茶苦茶だ」
佐多の言っていることは明らかに無責任だ。
やりたいことを見つけたのだから、それをやればいい。
起こるはずの不利益なことは起こってから考えればいい。
君は十分考えたのだから、君に責任は来ないはずだ、というような。
「じゃあ、どうすんだよ。良くも悪くも俺達にはなんもできないんだ。もし、本当にやばそうになったら転生庁にでも行けばいい。大丈夫。再転生者に操られていたとか言えばどうにかなるさ」
お前だって、線路に石を並べる子供とたいして違わないじゃないか、と喉元まで出かけていた言葉はなぜか出なかった。
その代わり、
「言ったからな。じゃあ、好きにするさ」
なんて、自分勝手な言葉を発した。
俺だって線路に石を並べたいお年頃なんだ。
◇
「あ、その代わり今日お前の家に行くからな。再転生者に会わせろ」
公園の帰り際、同僚の発した一言によって、落ち着きかかった俺の心は再び乱されることとなった。
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