39 文明の発展は人類の進化よりはるかに速い


 常に何かしらでインターネットにつながっている現代では、連絡手段がないというのは非常に不便。

 むしろ通信手段がないことが逆に味がある、なんて言いだす奴がいるらしいが、そんなことはない。

 そんな馬鹿げた事をのたまうやつもどうせ使っているに決まっているのだ。

 

「凄いね、ここ。ありえないくらいうるさい」

「まあ、電気街だからな」


 そんなわけで通信手段を持っていないうちの居候にスマートフォンを買い与えるためにわざわざ外出していた。


 正直な話、俺は機械に明るくない。

 店員に勧められたものをただただそのまま買ってしまういわゆる情報弱者だ。

 

 というわけで、今回のお目当ては俺と同じ機種。

 下手にこだわると、訳の分からないものを掴まされかねない。

  

「すごいね。私の知らないものが沢山」

「テクノロジーの進化には目を見張るものがあるからな。俺も分からんものばかりだ」

 

 電気街というのは様々なものが取り揃えられていて、まるでテーマパークのようである。

 俺にすら新鮮に感じるのだから、この世界に来たばかりのディルナにとっては尚更だろう。


「こんなにうるさくて市民の耳は悪くならないの?」

「いまさら気にしてられないんだよ。視力だって電子機器のせいでだいぶ落ちてるらしいしな。便利になる社会の代わりに俺たちの能力は日々下がっているってことだ」

「不便だね」

 

 しかし、そうはいっても確かにうるさい。

 ゲームセンターなどの騒音に慣れてしまっていて、ただの電気街程度では耳障りに思わなくなっていたが、改めて言及されると気になって仕方ない。


「テレビでかいねえ。家にあるものとは格が違うじゃん」


 明らかに主役です、と言わんばかりに中央に鎮座したテレビを指さすディルナ。

 

「おい、値札見ろ。ああいうのはもう桁が違うんだよ。庶民の手の届く品じゃない」


 隣でいち、じゅう、ひゃく……と指さし確認したあと、驚きのあまり手で口を押えている居候を横目に店内マップへと向かった。





 ラビランドレは新たにすべてが作り替えられた都市であるがゆえに、電気街の規模も日本一の秋葉原とほとんど相違ない。

 むしろ都市の生い立ちが世界各地とつながりが深い分、より特殊な場所へと進化していた。


「うわー、これVRってやつでしょ。知ってるよー!」

「あまり騒ぐな目立つだろ」

「どうせうるさいんだから別に目立たないでしょ。電気街に来る人達なんていろんな機械みて騒ぎ出す人種ばかりでしょ?」

「……あまりにも差別的な発言に俺はびっくりだよ」

「家のパソコンで予習したらそんなことが書いてあったからね。電気街の生態には詳しいよ」

「じゃあ、とりあえず生態ってのは人間に向けて使う言葉じゃないから少し控えような」


 家でただ過ごしているだけではあまりに時間がもったいないだろうからと、PCを使える状態にしていたのが仇となった。

 まったく変な風に現代に慣れたものだ。

 

「それで、結局スマートフォンってどこに売ってるの?」

「地図見ろ、地図。目の前あるだろ」


 地図は様々な色でカラーリングされ、どこがどのようなエリアなのかというのが非常に分かりやすくなっている。

 ディルナは隅から隅まで見逃さないように地図を満遍なく見終わった後、口を開いた。



「……それで、結局スマートフォンってどこに売ってるの?」



 思わずため息が出る。

 流石に恥ずかしくなったのか、「いや、これ読みにくいよ! 不親切!」なんて隣で大声を出している馬鹿がいるが無視することにした。


「……上の階だ。さっさと行くぞ」

「この世界の人たちってみんなあんな地図読んでるの? 凄いね」

「安心しろ、スマホを手に入れれば簡単に目的地までたどり着けるようになるぞ」

「神じゃん」

「そうだ。スマートフォンは人類の叡智だよ。能力の使えない俺達に許された能力みたいなもんさ」


 ただ、どれだけスマートフォンがすごかったとしても、その身一つで都市を亡ぼせる再転生者にはかなわない。

 彼らのやることは、どんな科学力をもってしても出来ない芸当だ。


「どのようなご利用をお考えですか?」


 マニュアル通り、接客を始める店員とスマートフォンの契約について会話を始める。

 ディルナはもう既に会話を理解することを諦めたのか「十分後くらいに戻ってくるわ」と言い残して旅に出かけた。


「高校に上がる妹用にと考えているんですが、良いプランはありますか?」

「それでしたら――」



 ◇



 スマートフォンの知識を持ち合わせていなかったが、契約に時間はかからなかった。やつらにも完璧なマニュアルがあるのだろう。

 まさか、ディルナが帰ってくる前に全て終わるとは思いもしなかった。


 時間も余ったし、せっかくだから俺もここら辺を散策するとしよう。

 その結果、入れ違いになったところできっとなんとかなるはずだ。


 なんせ今手元にはスマートフォンが二台もあるのだ。もちろんディルナは一台も持っていないがそんなことは気にしない。


「最近はいろんな便利グッズがあるんだな」


 『最新家電!』と目立つように陳列された何に使うのかすらよく分からない家電を眺める。

 『美容に最適!』というキャッチコピーと共に、マイナスイオンだとか、湿度がどーのこーの、みたいな結局何が言いたいか分からない文言。


 はたまたいつ使うのか全く分からない機能がついている炊飯器や電子レンジ。

 そんなよく分からない機械達を眺めるという、まるで生産性のないことをしていると、聞き覚えのある声が耳に入った。


「ちょっと、置いてかないでよ」

「お、やっと来たか。どうだ? なんかいいもん見つかったか?」

「いんや、見ても何する機械なのさっぱり分かんなかった。デザイン良いなぁくらいしか感想を持ち合わせてないや」


 あまりに浅すぎる感想に何か文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、俺の感想も大して変わらなかったということを思い出してしまったので、口を閉じる。

 そもそもそんなことより大事なものがあるのだ。


「ほれ」

「お、これが噂のやつだね」


 先ほど購入したスマートフォンをディルナに渡す。


「設定とかの基本的なもんは済んでるらしいぞ。良かったな」

「やるじゃーん。最近の電気屋は親切だねぇ」

「丁寧に扱えよ。落としたらすぐ割れるからな」


 買ったその日に液晶を割るなんてシャレにならない。お金を使う機会がほとんどないとは言っても、さすがにスマートフォンは何度も購入できるものではないし。


「りょーかい」

「んじゃ、ケースとか周辺機器そろえるか」


 今時のスマートフォンは周辺機器にも非常にお金がかかる。カバーに液晶保護フィルム。タッチペンに、ワイヤレスイヤホンなど。彼らもお金を稼ぐのに必死なのだ。


 カバーも利便性に振り切ったものや、デザイン性に振り切ったもの、そもそもロゴが入っていてブランド力をゴリ押ししたものなど様々である。


 幸い、ディルナは利便性を優先する人間だったようで死ぬほど高いブランド物や買うのをはばかられるゴテゴテしたものを買うことにならなくて良かった。


 使いづらいカバーを購入して、あとで買いなおすなんてことになったら非効率極まりない。

 結局、最低限必要であろうカバーと液晶保護フィルムを買うことにした。

 

「よし、こんなもんだろ」


 購入する予定だったものを全て手に入れ、帰ろうとした瞬間、急に周囲がざわつきだす。

 警報もなっていないし、なんだろうか? なんて疑問が一瞬浮かんだが、答えはすぐに分かった。

  

「……揺れてる?」

「みたいだな。警報が鳴ってないってことは普通の地震なのか。珍しい」


 売り物として設置してある家電は土台に固定してあるようで、地震が起きたのにもかかわらず、まったく倒れる気配がない。

 そもそも周囲の人々が避難を始めてないのを見るに、そこまで規模が大きいわけでもなさそうだ。


「あ! 見て見て。凄い。テレビが全部地震の話題になってる! 情報はやいねー」


 壁一面に敷き詰められているテレビが全て地震速報に切り替わり、まるで洗脳してくるような情景にディルナは感動している。

 そもそも、先ほどまでも死ぬほど存在するテレビに対し三種類ぐらいしか番組がなかったような気がするが、示し合わせたように突然切り替わったのがディルナには目新しかったのかもしれない。

 

「こんなにいち早くお知らせするってことはもしかして今危険な状態だったりする?」

「昔からの名残みたいなもんだ。この都市は本当に大きな地震じゃない限り崩れることはない。周りも一瞬ざわついただけでもう普通だろ?」

「ほんとだ。もうみんな通常営業じゃん」

「まあ、そもそもの震度が高くないみたいだしな。震度三だろ? 日本じゃ日常茶飯事だよ」


 今では、再転生者が起こした地震の方が警戒される時代だ。通常地震なんて歴史に残るくらい大規模でないと脅威にはならない。


「さて、用事も済んだしさっさと帰るぞ」

「オッケー。待ってね。私の華麗なスマホさばきで家まで案内するから」

「道は覚えてるからさっさとしまえ」


 新しく買い与えられたおもちゃにはしゃぐ様子は本当に子供のようである。これで自称、成人済みなんだから面白いやつだ。

 

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