変わっていく思考

38 災害が記憶に残るかは、その大きさよりも被害によるものが大きい。


 日曜日の朝。

 再転生者によって潰された土曜日に思いを馳せながら、ぼーっとキッチンの方を見る。

 

 ただ服を買いに行っただけのはずだったのに、散々だった。

 せっかく買った服の半数はぼろぼろになった上、ただただ自身の無力感を押し付けられる。


「……はぁ」

「何ため息ついてるの。美味しいごはん食べれてるんだからこれ以上の幸せはないでしょ」


 確かにディルナの作る朝食は美味しいが、だからと言ってそれをただただ堪能する気にはなれなかった。

 

「……うまいな」

 

 確かに美味いよ。

 間違いない。

 けど、あれほどのことがあって平常運転とはいかないだろ。

 

『今日の天気は――』


 しかし、重く受け止めている人間はどうやら俺だけらしい。

 俺とは違い、世界はいつも通りだった。

 変わったことといえば、被害地域が隔離されたことくらい。

 


 ――世界は思ったより再転生者に興味がないのかもしれない。

 そう勘違いしてしまいそうになるが、多分そうではない。



 そもそも『再転生者』は他の災害と変わらないのだ。

 であれば、被害を受けていない人間が一々騒ぐのは非効率。


「……俺がおかしいんだ。それは分かってるさ」


 俺だって、今までは『再転生者』の来訪に一喜一憂なんてしなかった。

 ディルナが来た時だって、「ああ、またか」なんて思ったものだ。


「紘彰がおかしいのなんて今に始まったことじゃないでしょ」

「うるせえな」

 

 悪態をつきながら、ディルナに感謝する。

 こいつのお陰で俺の悩みはちっぽけなものなのかもしれない、と思うことが出来る。


「あんまり難しいこと考えたって意味はない。紘彰みたいな一般人に出来ることなんてたかが知れてるんだから、私に全部任せればいいの」

「だとしても、考えることをやめるのは難しい話だ」

「バーカ」


 まあ、確かに重く受け止めすぎるのは良くない。


 そもそも今回は被害が少なかったのだ。

 死者はゼロ。

 話題にならないのも当然。

 


 ――いや、死者ゼロは嘘か。



 報道では『死者ゼロ』となっていたが、真実はそうではない。

 再転生者は確かに死んだ。

 

「……こんなこと昔なら思わなかったんだけどなぁ」


 これが良い変化なのか、悪い変化なのか俺にはさっぱり分からない。


 ――再転生者も広義で言えば人間。


 こんな馬鹿馬鹿しい思想を持つようになるなんて思いもしなかった。

 俺みたいな葛藤を受けていつの日か慈善団体に入ってしまうのかもしれないな、と自嘲気味に笑う。


 この変化の良し悪しは分からなかったが、ただ一つ確かなことがあった。

 

 ――この変化は俺を暮らしにくくする。


 俺が何をしようと、再転生者は死ぬのだ。

 その都度、こうやって心を痛めるのか? 


「……そんなことはバカのやることだ」

「何が?」


 朝食を口に頬張りながら、俺の独り言に割り込むディルナ。

 リスみたいだな、こいつ。


「いや、こっちの話だ」

「独り言が癖になってる人間は友達ができないらしいよ」


 ディルナの指摘に、俺は「うるさいな」とそっけなく返事をした。

 その後、ディルナを真似するように雑学を続ける。


「独り言言ってる方が作業効率上がるらしいぞ」

「なんか作業してるの?」


 随分と痛いところをつく居候だ。


「……いや、してねえけど」

「なんだそれ」


 呆れてしまったのか、それだけ言って再び食事に戻るディルナ。

 かわいくない奴だ。

 

「そういえば、ディルナってテレパシーみたいなこと出来ないのか? やっぱり連絡が取れないと不便だろ」


 今回は閃光があまりにも目立っていたからいいものの、普段はすぐに合流できるとは限らない。

 そんなことを考えていたら、目の前でポカンとしているディルナが目に入った。


「……なんだよ」

「紘彰って話題変えるの下手だよね」


 ディルナの言葉になんだか恥ずかしくなって、顔を逸らす。

 そして、話を戻した。


「そんなことはどうでもいいだろ。それで、出来るのか?」

「出来ないね。私は強いけど万能じゃない」


 紘彰がどんな幻想を抱いているかは知らないけど、能力ってのは制限が付きものなんだよ、とディルナは言う。


「だから、蘇生とかは出来ないんだ。紘彰が怪我をした時は素直に医療機関に頼るしかない」


 注意してね、とディルナは続けた。

 まあ、そうか。何でも出来るならこんなに苦しくなることはないよな。

 

「よし。じゃあスマホ買いに行くぞ、ディルナ」

「……唐突だね。なんかで見たけどそれ安い買い物じゃないでしょ。良いの?」


 一丁前に遠慮の姿勢を見せるディルナ。

 珍しいことだが、連絡手段は必須である。買わないという選択肢はなかった。


「外に出て気分転換したいんだ。付き合ってくれ」


 いや、それ質問の答えになってないじゃん、と駄々をこねるディルナのことは無視することにした。


 今の俺に必要なのは休息。

 現代の技術を知らない異世界人に、文明の利器を見せて知識マウントを取るしかないのだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る