37 何かを推し量る時、その尺度は無数に存在する


 もう既に陽もその姿を半分ほど隠した夕刻。

 オレンジ色に染まった空の下。

 道路の中央で立ち尽くす少女が一人。


 悲し気な表情を浮かべたその少女は俺の良く知る人物だった。

 サイレンが鳴り響く中、その少女の名を呼ぶ。


「……ディルナ」


 振り返ったその顔で確信する。

 

 ――もう既に全ては終わった後である、と。


 再転生者が殺害された公園は隔離。

 ようやく見つけたディルナは放心状態。


 絶望的な状況にため息が出る。

 

 自分の不甲斐無さを嘆く時間が欲しい。

 心の底からそう願ったが、ここに長居するわけにはいかない。

 

「帰るぞ」


 言葉はなくただコクリと頷くディルナ。

 その姿を見て、家へと歩みを進めた。


 普段の数倍重い雰囲気が流れる帰路。

 随分と居心地が悪かった。

 

「……」


 何か言おうとして、口を開くが、掛けるべき言葉が見つからず、ただ閉じる。


 ――果たして何の事情も知らない俺に彼女を慰める権利はあるのだろうか?


 悲しいことに、俺にとって再転生者の死は大きな問題ではなかった。

 俺達にとって、新しく現れた再転生者が死ぬということは至極当然のこと。

 こちらの被害に一喜一憂することはあれど、結果自体を疑問視することはない。



「……せっかく会話出来たのに。なんでかな?」



 だからこそ、ディルナの独り言に十分に共感できない自分がいた。 

 そもそも彼が俺達の都市を壊したという事実は消えてない。

 それが俺の中でずっともやを残していた。


「きっと優しい人だったんだ。何か理由があったんだよ。そうに違いないんだ……。そうに違いないのに……!」


 こぶしを強く握りしめるディルナ。

 あまりに強く握りしめるので、手のひらに自分の爪で傷をつけてしまうんじゃないか、と心配になってしまう。

 

「……そんなに」


 ――思い悩む必要はないんじゃないか? と続けようとしてやめた。

 きっとこれは彼女にとって必要な時間。


「……いやなんでもない」

 

 歯切れの悪い俺を見て、ディルナは悲しそうに笑う。

 瞳は少し潤んでいたように見えた。


 そんな顔をするなよ……。

 そうは思うが、ディルナを笑顔にする言葉は思いつかなかった。



「ねえ、紘彰。私は化け物?」



 そんな俺を見かねてか、ディルナはくるくると可愛らしく回りながら、可愛らしくない質問をする。 

 

 あぁ、なんて難しい質問なんだ。

 ここで、君は人間だよ、と即答出来ない自分に嫌気が差した。



「……ディルナが化け物なら、俺はここに立ってはいないさ」



 目の前の少女は、相変わらずはっきりとしない俺を、今度は楽しそうに笑う。

 くるくると回り続けた後、満足したように頷いた。


「だよね!」


 親指をグッと立てて、天真爛漫に言い放つ。

 

「私は最強なんだから、思い悩む必要なんてない。今度は全員救うんだ」


 ディルナは手を後ろでつなぎ、目線を空に向けて、高い目標を掲げる。

 あまりにも高い目標だったが、彼女なら叶えてしまうかもしれない、なんて思った。


「さあ、さっさとおいしい飯を食べよっ! 帰るよ!」


 俺の方へ振り返って、いきなり話を変えるディルナ。

 気持ちの切り替えが済んだのかもしれなかったが、俺の口から出掛かっていた言葉は止まらなかった。


「……いいのか?」


 苦い顔をするディルナ。

 そりゃそうだ。わざわざディルナが話題を変えたのにも関わらず、俺が再び蒸し返したのだから。

 けれど、このまま疑念を残したままでは先に進めない。


「……そりゃ思うとこはたくさんあるけどさ。でも、だからって誰が悪いってわけじゃないでしょ? 転生庁の人は自分達の役目を果たしたわけで、私は彼を助けたかった。その目的が一致しなかっただけ」


 転生庁の役目は再転生者を殺すこと。

 ディルナと目的が一致することはない。


「でも、私は諦めない。とある人が言ってたんだ。私たち再転生者と人間は共存出来るって。だから、私はそれを信じてる」


 その小さな背中にきっと俺では経験したことないような重い重い何かを背負っているんだろうな、ということを漠然と理解した。

 きっと俺とそこまで変わらない年齢だろうに、彼女はしっかりとした信念を持っている。


 それがただただ、羨ましかった。

 

「……強いんだな」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりにディルナは笑った。


「そうだよ。言ったじゃん。私は強いって」


 ディルナは自信満々にふふん、と鼻を高くする。


「いや――」


 そういう強さじゃないだろ、これは。

 と思いはしたが口にはしなかった。

 

 きっと、今の彼女に水を差すのは野暮だ。



 

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