36 俯瞰の視点を持てば様々なことが分かる


♧4


 風通しのいい屋上。

 そこには伏せている人間が二人。


 私とセンパイだ。

 前方に捉えているのは、『ラビランドレ中央公園』。

 先程まで鎮座していた光のドームが消えたことでその全貌が露わとなっている。


 それもそのはず。

 能力を行使していた再転生者は、先程の狙撃により瀕死状態。

 再びドームを使うことは叶わないだろう。


 スコープから立ち昇る煙を眺めながら、ずっと胸の内に秘めていた質問を口から吐いた。


「センパイ、なんで分かったんですか?」


 狙撃中に話しかけるのはご法度。

 本当に重大なことに気付いた時以外はセンパイの集中を遮ることは許されない。


 しかし、狙撃が終われば別だ。

 質問の嵐をぶつけても私が咎められることはない。


「……何の話だ?」

 

 疑問点はただ一つ。センパイの異様な行動だ。


 狙撃位置に到達したセンパイは最初にスコープを覗きこんだ後、ずっとスコープから目を外していた。

 それどころか目を瞑っていた。

 

 意味が分からない。

 敵を目の前にして目を瞑るなんて愚行も愚行。


 ――それは何のためのスコープなんだ。


 そう突っ込みたくなる口を抑え、センパイの射撃が終わるのを待っていた。

 

「ずっと目瞑ってたじゃないですか。目標を目の前にそんなことするだなんて普通じゃない」

 

 見失ったらどうする気なんだ。

 まるで未来が見えているとしか思えない。


 かなりクリティカルな質問を投げかけたつもりだったが、センパイに動揺した様子はない。

 

「相手が光を使うのなら、選択肢の一つにスコープを覗いている目を焼く、というのがあっても不思議ではない。だから、一度光るまで待ったまで」


 まあ冷静に考えれば分からないこともない。

 けれど、その予測に命を預けるなんてどうにかしてる。


「にしたって、スコープ目の前にして目を瞑るなんて普通の考えじゃないですよ」


 そもそも相手の能力すら私の予想に過ぎないのだ。

 瞬間移動に類する能力を持っている可能性だってあった。

 それなのに、自身の予想を完全に信じ切るだなんて無理がある。


「ん? でもおかしくないですか? あいつがドームを解く保証なんてなかったですよね?」


 ドームを解いてさらにこちらの目を潰しに来るなんて、思考の飛躍が過ぎる。無茶苦茶だ。

 

 やっぱり未来が見えてるんじゃないのか、という疑いの目を向けてみるが、反応はなかった。


「再転生者は無尽蔵に能力を使えるわけじゃないんだよ、堀口」


 言われてみれば、それもそうだ。

 あんな大掛かりな能力を維持するにはそれなりに骨が折れる。

 解除するのも時間の問題だったというわけか。


「てか、いつまで構えてるんですか、センパイ。あれは流石に死んでますよ」


 任務は完了したというのに、未だ態勢を崩さないセンパイ。

 伏せるの好きなんですか?



♢2



「てか、いつまで構えてるんですか、センパイ。あれは流石に死んでますよ」


 的を射ている堀口の助言を聞き流しながら、俺はスコープを覗きこんでいた。

 


 確かにあの再転生者は死んでいる。

 今はまだ死んでいなくとも、すぐにその一生を終えるであろうことは出血量から予想出来た。

 

 もし、あれほどの出血で死なないのだとしたら、そもそもあれは我々に殺せるものではなかったということ。


 堀口の言う通り、構えをやめるのが正解。

 このまま集中力を浪費するのは良いことだとは言えなかった。 


 だというのに、引き金にかかったままの指は離れようとしない。

 もう既に目的は果たしたというのに、不思議な違和感がずっと胸に残っていた。

 

 冷静に考えれば、彼は死んだとするのが合理的。

 死んでいないにしても、あれだけの傷だ。

 流石に転生庁が見失うことはないだろう。


 しかし、それでも心の奥に残ったわだかまりは消えない。



 ――撃て。



 直観はずっと俺にそう告げている。

 それでも銃口から弾丸が飛び出さないのは、理性のお陰。

 かろうじて残った俺の理性が、引き金にかかった指をその場に留めていた。


「……越権行為、か」


 そもそも彼女を撃っていい理由はなかった。

 どれだけ転生庁が偉くとも、怪しさだけで人を殺していいはずがない。


「何がですか?」

「こっちの話だ」


 力が入ったままの指先に意識を向ける。

 

 ――撃て。


 未だそう告げる指先を無理やり引き金から離しため息をついた。

 耳にフィットするインカムに手をあて通信を繋げる。


『……目標排除完了。帰投する』


 死体が再転生者かどうか確かめる術はない。

 疑念に従って殺したとしても俺のわだかまりは消えないだろうし、行動の正当化も出来ない。

 

「降りるぞ、堀口」

「りょーかい!」


 もし彼女が再転生者であるなら、今度こそ責任を取って殺すとしよう。

 ゆっくりと立ち上がりながらそんなことを心に決めた。




♡5


 地面のタイルが赤色に変わっていく。

 想像よりも大量に流れだしたそれは、私達を中心に勢いよく広がっていった。


 ――何を間違えた?


 明らかに目は潰したはず。 

 だというのに、ここまで正確な狙撃。

 

 ――ありえない。

 

 目を鍛えるといったって限界がある。

 まさか、そもそも私達のことを見ていなかった?

 いや、そんな馬鹿な。

 あれほど大規模な能力を行使していたんだ。

 そもそも――。


 ――なんだ?

 

 自問自答を繰り返し、何処か遠くへ行ってしまった私の意識は、衣服の違和感によって引き戻された。

 明らかに引っ張られている。

 

 違和感の元に視線を移すとそこにあったのは再転生者の手。

 意識が飛ばないようにか、その手は私の服を強く強く掴んでいた。


「……ッ!」


 あまりに弱弱しい手になんだか涙が出そうになる。

 自分のことながら、感受性豊かだなやつだ。

 さっき知り合ったばかりの人間にここまで感情移入出来るなんて。


「……こいつは死んだなぁ」


 そう呟く再転生者の声は途切れ途切れだった。

 魔力不足で死にかけていたところに、狙撃。


 元気である方がおかしいが、そんなことは関係ない。

 ただ彼が死にかけているという事実が、私に重くのしかかっていた。


「一応聞くけど、不死身じゃないよね?」

「……転生するってことはそういうことさ。不死身ならここにいない」

「じゃあ、私が何とか――」


 再び治療をしようとする私を、再転生者は手で制した。

 

「……やめときな。能力を使うってのはこの世界じゃご法度なんだろ」

「どうしてそれを?」


 私との鬼ごっこに精一杯で、この世界のことを整理する時間はなかったはず。


「……状況を整理すれば分かるさ。そんなに難しい話じゃない」 

「というと?」

「……警告もなく撃ってくるのにはそれなりの理由がある。いくら俺が危険な存在だからっていきなり殺しはしないさ」


 長く話すもの辛いのか、次の言葉を話すために、再転生者はゆっくりと息を吸った。


「それに君の保護も随分と過剰だった。俺のいない間に、ここは能力者に優しくない世界になってたみたいだな」

「……読みが良いね」

「サイレンも聞こえてくる。危険性を失った俺を回収するつもりだろう。近くにいるのは不味いんじゃないのか?」


 だから、俺を無理に助けようとするのはやめろ。

 

 再転生者は諭す様に語る。

 確かに、リスクとリターンは見合っていない。


 先程出合ったばかりの人間を助けて何になるって言うんだ。

 冷静に考えれば私には何のメリットもない。リスクだけだ。


 転生庁の接近を知らせるサイレンの音も鳴っている。

 彼らが到着した時に、私がここにいるわけにはいかない。


 だが、それでも。


「それでも、私は貴方を助けたい」


 私の言葉に再転生者はにっこりと笑った。

 もう既に息絶えようとしているからか、その姿は非常に神々しく見えた。


 そんな綺麗な笑顔のまま、ゆっくりと手を挙げ私の胸あたりに手を当てる。

 再転生者が口を開くのとほぼ同時に、添えられた手が光を帯びていった。



「……また今度な」



 最期に最高の笑顔を浮かべながら、再転生者はゆっくりと手を突き出す。

 それに対して、私から出たのは非常に間抜けな声だった。


「え?」 


 それが吹き飛ばすための能力だと気付いたころにはもう遅かった。

 私の体は宙に浮いており、公園の中心から弾き出されるような軌跡を描いていた。


「ちょっ! 待って! ふざけんなお前、勝手に死ぬなッ!」


 空中で軌道を変えることは言うまでもなく可能。

 けれど、それには能力が必須。

 彼が瀕死である以上、能力は使えない。誤魔化せない。

 

「……綺麗な顔で死ぬなよ、馬鹿」


 冷静になってようやく、タイムリミットを告げるサイレンの音が大きくなっていることに気付く。

 その大きさは、もう既に公園には戻れないことを暗に私に告げていた。

 


 

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