35 常に現実はただそこに在る
♡4
だだっ広い公園のほぼ中央。
放射状に広がる整備された道の中心に存在する大きな噴水。
定期的に噴射する水の形を変えるその噴水の近くに私達はいた。
視線を噴水から正面に戻す。
そこにいたのは地面に座り込んで、息を整える再転生者。
その額には心配になるレベルの汗が流れていた。
今もなお滝のように吹き出ているそれは、先程までの反動だろうか。
光のドームによって外界からの監視を遮りながら、再転生者の体調が安定するのを待つ。
「……疲れた」
心の底からの言葉と共に、再転生者は大きく空気を吐き出した。それに合わせて、胸のあたりが激しく上下している。
「成功して良かった。あなたに聞きたい話がたくさんあったの」
未だ魔力不足の悪影響を受けたままの男は、ゆっくりと口を開く。
これを急かすことは私と言えども流石に出来ない。
彼は病み上がりだ。
体調の悪さは折り紙付きだし、それを軽減する道具は今ここにない。
額の汗を拭うタオルすら存在しないのだ。
「……その前に聞きたいことがある」
「なに? 何でも聞いて」
「……俺達を包んでいるこの光はなんだ? 寝起きの体には少し辛いものがあるんだが」
「私達と外界を隔てる魔法のドームだよ。これが私達を守ってくれてる」
「魔法のドーム……?」
どうやら説明不足だったらしい。
まあ、それもそうか。補足するとしよう。
「この世界は思ってたより変わってるみたいでね。出来るだけここで起きてることは外に知られたくないんだ」
転生庁やら再転生者やらの説明は難しい。
分かりやすく端的に説明するだけならこのくらいの情報量で充分のはず。
「じゃあ、どうしても消すことは出来ない感じか?」
「分かんない……」
どうしてもって言われると、答えに困る。
もう彼に敵意はない。
だから、ここで戦闘になることはないだろう。
そんなことは百も承知。
けれど大きな懸念点があった。
私の能力は光。
能力の副産物として私は視線に敏感になっている。
「何か問題があるのか?」
「ちょっと待ってね」
問題は大アリだ。
私のセンサーがビンビンと告げている。
――見られている、と。
鋭い視線。
この視線はスナイパーだろうか。
明らかに私達を見ている。
「まあ無理ならいいさ。助けてもらった上にお願いを聞いてもらうなんて我儘が過ぎる」
額を流れる汗を手の甲で拭いながらそう話す再転生者。
非常に荒かった息もある程度落ち着きを取り戻してきたようだった。
「それにしても大変無礼を働いてしまった。すまない」
「魔力不足の時なんてみんなそんなもんだよ」
頭が正常でない時の行動を責めたってどうにもならない。
「それにしても、強いんだな君は」
「そう、私は強いんだ」
よく分かってんじゃん。
「ここまで敵対している人間に対して救いの手を出せるなんて、そうそう出来ることじゃない」
「出来るならみんなを助けたいんだ。争いって、良いことないじゃん」
「……まあ、それもそうだな」
「理想論だってのは分かってるけどさ。それでも私は知的好奇心を抑えられないよ」
有り余るだけの力を貰ったのならその力を存分に使ってあげなければ勿体ない。
「それで、聞きたいことっていったい何なんだ? 俺が知ってるとは限らないぞ」
「いやいや、知らなくたっていいのさ。知らないなら知らないで一つの情報じゃん」
無知の知。
多分、本当の意味とは違うけど無知には価値がある。
当事者が知らないというのは意外と重要な情報なのだ。
「じゃあ一つ目ね。君、なんで魔力不足だったの?」
「なぜ魔力不足だったか、か……。難しい質問だな……。実を言うと俺もよく分かっていないんだ。いつの間にか頭は動かなくなっていた」
魔力は生きているだけで勝手に吐き出されていく。
体力みたいなもんだ。ただ生きているだけで腹は減るし、水も欲しくなる。
だが、それだけで魔力不足になるほど転生者は弱くない。
「なんか大魔法でも使ったの? 単純な運動能力増強で転生者が魔力不足になるとは思えないけど」
空中を蹴るにしたって、それほど大量の魔力を必要とするとは思えない。
そもそも私との対戦よりも魔力を必要とする行動なんてほとんどないはずだ。
大魔法ぐらい使っていないと、
「いや、恥ずかしながらそんな大層な魔法は使えない」
「えー、謙遜しなくてもいいよ? それとも身の丈に合わない能力を使ったから恥ずかしがってるとか?」
「歯に衣着せぬ物言いをするんだな……」
何か引かれてるような気がするけど気にしない。
私も昔調子に乗って、ぶっ倒れた記憶がある。誰しもが通る道だ。
「それで、ホントに使ってないの?」
「心当たりはないよ。役に立てなくて申し訳ない」
「無いのかぁ」
ここまで言い切るのなら本当に心当たりはないのだろう。
しかし、そうなると迷宮入りだ。
彼が魔力不足になった原因が分からない。
「噴水の水はきれいだと思うか?」
「どうしたの、いきなり」
体力が戻ってきたのか、再転生者はゆっくりと立ち上がって中央の噴水へと足を進める。
「流石にここまで汗をかいていると気分が悪くてな」
「あー、噴水で泳ぐってこと?」
「流石にそこまでマナーの悪いことはしない。顔でも洗おうかと思ってるだけだ」
「それくらいなら良いんじゃない?」
「いや、全く心当たりが――」
――プツン、と糸が切れたように。
目の前の再転生者が背中からゆっくりと倒れた。
ダン。
再転生者の体は、地面にぶつかり鈍い音を周囲に響かせた。
「大丈夫⁉」
急いで駆け寄り体を抱える。
体に力を入れるのすらしんどいのか、彼の体重は先ほどより重く感じた。
「我慢してたんだが、思ってたより体調は悪いらしい……」
このドームは外界からの監視を逃れるだけの代物じゃない。
中にも少なからず影響を与えている。
他人の魔力は受けてて気持ちいいものじゃないはずだ。
「すまないが、やっぱりドーム消してもらえないか……?」
「ちょっと待ってね!」
考えろ、私。
依然私達は見られている。
このドームを切るというのはその監視の下に晒されるということだ。
私はともかく、彼は確実に『再転生者』であるとばれている。
白日の下に晒すというのは得策ではない。
――けれど、このままだと彼の容体は悪化する
「目を瞑って一瞬だけ、耐えてほしい」
思いついた解決策は単純なもの。
私の能力は光。
ならそれを利用するほかないんだ。
そもそも敵は近くない。
見られてはいるが、それはかなりの距離。
声すら届かないレベルだ。
であれば、スコープなどの補助装置を使っているのは明白。
――なら、そいつを無効化してやればいい。
「じゃあ、切るよ」
心の決まった私は再転生者に声をかける。
返答はないが頷いたのは確かに確認出来た。
手のひらをドームの頂点に向け、命じる。
その瞬間、呼応するように頂点から放射状に
まるで果物の中身を守っていた皮が剥かれていくように、私達と外界を隔てていたものがなくなっていく。
「後ろを向いて!」
ドームの消失と同時に叫ぶ。
再転生者がきちんと私から視線を外したのを確認した後、体全体に魔力を行き渡らせる。
直後、閃光。
目を瞑ってないと耐えられないほどの光が一瞬、私を包み、流星のように輝いた。
「……よし。これで大丈夫」
虫眼鏡で太陽を見た時の様に、監視役の目は使い物にならなくなっているはず。
どれだけ鍛えていたってこの光量には耐えられない。
「わざわざすまないな……」
「いや、大丈夫! そんな大変なことでもないから!」
私の言葉に再転生者はにっこりと笑った。
無事で何よりだ。
再転生者の容体が安定したのを確認し、再び質問するために口を開く。
「それで、二つ目の質問なんだけど――」
――瞬間。
狙いすましたかのような轟音が鳴り響く。
それは、私の目の前にいた再転生者が撃ち抜かれた音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます