34 力の弱いものは力の強いものに常に振り回される。

♢1 


 スナイパーライフルを担いだまま錆び切った階段を降りる。

 外気に晒された非常階段からは外の様子が綺麗に見えた。

 

 つい先程息を切らしながら上ったばかりの階段を降りている。

 その事実がなんとも言えない歯痒さを残していた。


 服についた土埃を払い、息を吐く。

 先程まで律儀に伏せていたというのに、その頑張りが報われることはなかった。


『再転生者の誘導を開始します。所定の位置についてください』


 そんな言葉を受けたのが二十分前。

 やっとの思いで所定の位置について俺を待っていたのは訂正の言葉。


『再転生者の誘導に失敗しました。移動を』


 まあ、仕事なんてそんなもんだ。

 上手く行くことの方が珍しい。

 こんなことで一々文句言っていては転生庁なんてやってられない。


「……とはいっても、少し体制に問題があるような気がしてならないな」


 前回の再転生者は理性があった。

 だからこそ、逃亡という今までの再転生者がとってこなかった行動をし、未だそれを続けている。


 これはまあ良しとしよう。

 

 前例がないから対応のしようがない。

 もっともらしい言い訳だ。反論もないよ。


 けれど、今回の再転生者には理性がない。

 だというのに、作戦通り進まないという現状。


「それほど再転生者が異常なのか、それとも我々が至らないのか」


 問題なのは再転生者か。もしくは人類か。

 考えても答えは出ない。

 そりゃそうだ。再転生者の行動原理は再転生者に聞くしかない。

  

「ま、再転生者の知り合いなんていねえんだが」


 そんなものいたら、即クビだ。

 つくづく体制に問題があるような気がしてならない。


 階段もあと数段。

 降り切り最後の一段に腰を掛け、時を待った。

 


『まあ、良いです。とりあえず拾いに行きますね。足がなきゃセンパイと言えども何も出来ないですし』



 そんな言葉を最後に右耳にはめられたオーダーメイドのインカムを触って通信を切ったのはおよそ七分前。


 現在、堀口待ちである。

 堀口が来るまでやることのない俺は、暇つぶしのためにマップを開いた。

  

「明らかに何かを追っている」


 『再転生者が一人ではないかもしれない』という疑念の元は再転生者の行動にあった。


 出現する再転生者の八割は理性がない。

 これは長年の統計から出た確かなデータであり、今回も例に漏れず理性がない個体だった。


「なにかを探している……?」


 しかし、スマートフォンに映し出されているピンには法則が見える。

 再転生者をマークしているピンの動きは一直線。 

 まるで何かを追うかのような動き。


 これはいつもと違う動作だ。

 何か行動原理があるように見えて仕方がない。


 普段通りであれば、こちらに来たばかりの再転生者は訳も分からず、ふらふらと発生場所の付近をうろつく。

 このような動きはしない。


「けれど、何を?」


 問題はそこだった。

 何か追うにしても、その目標が分からない。


 例えば、電波塔などの非常に高い構造物が再転生者の向かう先にあるなら、この行動も理解出来た。

 何かの目印と勘違いしてとりあえず向かっているのだろう。

 しかし、そんなものはここラビランドレにはない。


 だとすれば、再転生者が追っているのは――。


「――いや、流石に考えすぎか」

 

 結局、明確な解答を手にするよりも早く、迎えの車が到着した。

 

「お待たせしましたー! センパーイ!」

 

 にこやかに手を振る堀口。

 お前さっき死にかけたんじゃないのか。


 あまりにご機嫌な堀口の様子に、そう突っ込みたくなる口を閉じ、手を振り返す。


「随分と早かったな」


 堀口の運転する車は、巧みな運転技術で俺の目の前で綺麗に止まった。

 決して良好とはいえない道路の状態で良くやるもんだ。


「そうですか? こんなもん朝飯前っすよ」

「かなり道は荒れてるみたいだが、普通に使えそうか?」


 再転生者の通った道は粉々になる。 

 とすれば、それを追う俺達の道が使い物にならなくなっているというのは子供でも分かる話だ。

  

「任せてください。飛ばしますよ!」


 思い切りアクセルを踏み込む堀口。


 おい、本当に大丈夫か。

 ちょっと不安だぞ。


 しかし、俺の不安とは裏腹に順調に走り続ける堀口。

 こいつの運転技術は俺の思っているよりも凄いものらしい。 


「やつはどこで止まるか予想は出来てるか?」

「いや、正直分かんないですね。大したランドマークはあの方面にはなかったような気がします」


 そもそもここラビランドレの建造物は高い。

 さらに抜きんでて高いランドマークなどない。

 むしろ平地の方が特徴的。


「だよなぁ……」

「これも全部研究科のせいですよ。高い研究費もらってるくせに大した成果を上げない。まともな研究結果なんて『転生震度』くらいのものじゃないですか」


 再転生者についての研究が進んでいないというのは事実だ。

 そのせいで今も動きの読めない再転生者に苦しめられている。


「まあ、向こうも向こうで苦労があるのさ。得体の知れない能力者の解析なんて簡単に出来るもんじゃないだろ」

「そういうもんですかねぇ……」


 まあ、文句を言いたい気持ちは十分理解出来る。

 

 こっちは命を懸けて戦ってるんだから、涼しいところでぬくぬくやっている人間が成果を出さないのはおかしい。

 

 至極当然の論理。

 いや、流石に棘があるか。


 けれど、やつらにはやつらの難しさがあるのだ。

 お互いに譲歩しなければ話は進まない。


「止まった」


 一直線に動いていたピンが突如動きを止める。

 先に気付いて呟いたのはカーナビを凝視し続ける堀口だった。

 呟きで気付いた俺がカーナビに目を向けた瞬間――。

 


 ――閃光!


 

 ピンの場所を精査するよりも早く正面で破裂した光。

 再転生者によるあまりにも強い主張に思わず目を瞑る。

 

「眩しすぎだろ、馬鹿が!」


 しかし、運転席に座る堀口は目を瞑れない。

 ストレスと発散するかのように、届くはずのない文句を喉を枯らしながら、堀口は叫ぶ。

 相変わらずガラの悪い部下だ。


「……中央公園か」

「ラビランドレ中央公園ですよ。きちんと正式名称で呼ばないと。記録するの私達の役目なんですから」


 落ち着きを取り戻した目で、マップを確認する。

 ピンの止まった場所は『ラビランドレ中央公園』。


「近場に止めろ。狙撃準備する」


 ラビランドレ随一の広さを誇る公園。

 油断は出来ないが、これほどまでに狙撃しやすいポジションもない。


 スナイパーライフルを担ぎなおし、車から降りる準備を始めた。

 



 

 

 

 



 

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