33 守ることと救うことは似ているようで違う
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「ねえっ! 聞こえてる? 言葉は通じる?」
大気圏を突破するんじゃないか、と錯覚するほどの勢いで上昇していく私達。
最初から届いていない声は、風の音によって完全に掻き消された。
まるで私を守る盾のように平たく伸びた光球は、相変わらず再転生者の拳と火花を散らしている。
どんどんと離れていく眼下の都市に焦りを覚えながら、再び声を張り上げた。
「おい、聞いてんのか馬鹿ッ!」
魔力不足にも程がある。
今のこいつの姿は、人間というよりも獣だ。
話が進まない現状に苛立ちを覚え、ちらっと一瞬、周囲の光球に目をやる。
十数個同時に扱える光球のうち、防御に使っているのはたった一つ。
ただ垂直ジャンプしている再転生者を余っている光球で葬るのは赤子の手をひねるよりも簡単だった。
「でも、それじゃ意味がないんだよ……」
私の目的は彼を助ける事。
傷つけては本末転倒だ。
「グウウッ……!」
「さっさと墜ちろよ、馬鹿!」
高く高く飛ぶことによって、転生庁の監視から逃れられてるのは間違いない。
しかし、私から彼へ危害を加えられない以上、このまま拮抗が続いているのは良い事ではなかった。
苛立ちは募っていく。
――いや。
冷静になればおかしい。
そもそも垂直にジャンプしたのはかなり前。
もう既にその推進力は失われていてもおかしくない。
「……お前、二段ジャンプでもしてるな?」
私と再転生者を隔てる盾を思い切り前に押し出す。
空中で推進力を得られないのであればこれで、彼は墜ちる。
――そのはずだった。
しかし、彼の勢いは衰えない。
予想に反して、さらに激しくなる火花によって私は確信した。
こいつ飛べんじゃん!
「おい、ふざけんな! 飛べんなら最初から翼生やしとけ馬鹿! 紛らわしいだろ、アホッ!」
おかげで作戦が台無しだ。
私は、空中で無防備になった再転生者を捕獲するつもりだったんだ。
空中で機動力を持ってるなんて話が違う。
「てか、やばっ!」
後方を確認してふと気づく。
――雲が近づいている。
当たり前の話だが、絶えず上昇するということは空へ近づくということだ。
眼下の都市が小さくなっていく時点で気付くべきだった。
変わらない現状に文句を言っている時間は私にはないということを。
「なんか息苦しいなとは、思ってたんだよ……!」
私が焦っているせいかと思ってた。
まさか実際に空気が薄くなっていただなんて思いもしなかった。
「あー、もうっ! これじゃ
言葉も通じず、ただ猛攻を続ける再転生者への苛立ちを口に出す。
再転生者に私を倒すだけの決定打はない。
元よりそんなことは分かっていた。
だが、誤算もあった。私の見立てではこいつに翼はないはずだった。
いや、実際に翼などないのだ。こいつは空気を蹴って跳び上がるという頭の悪いことをしているだけ。
けれど、今の私はそれを止められない。足を負傷させて脚力を失わせるなんて乱暴な手は使いたくはない。
もう一つの案として、リスクを承知で彼の魔力切れを待つ手もあったが――。
「――どうやらタイムリミットが近いのは私みたいだ」
周囲に閃光を展開する。
その後、付近に移動できそうな場所がないか首を回して確認した。
「まあ、仕方ないよね……!」
高度を落とせば危険は増す。
そんなことは百も承知だ。
けれど、彼の治療を空中では出来ない。
危険を承知で、彼を地上に墜とすことが私にできる最善策だった。
「とりあえず大人しくして」
私を守っていた盾を消す。
必然、私の元へ射出される再転生者。
拳を突き出したまま飛び立つ様子が、まるでウルトラマンみたいに見えて笑ってしまった。
しかし、その姿だからこそ良い。
私に届くようにと伸ばされた腕を、避けて掴む。
彼はただ空を蹴っているだけ。
ナチュラルに飛べる私とは馬力が違う。
「ちょっと手荒い護送になるけど許してね!」
先ほど見つけた大きな公園へと直行。
彼の身体能力なら無理やり引っ張っても腕がちぎれる心配はないだろう。
「ごめんね! 暴れないで!」
タイル状の地面に再転生者の頭を擦り付け、体全体を抑える。
依然として暴れ続ける再転生者は地面にうつぶせの状態となった。
「グウウウウッ……!」
力なく吠える再転生者。
その姿からは疲労が見えた。
危害を与える気はないんだ。
ちょっとだけ落ち着いてくれれば治すから。
背中に手を当てる。
伝わってくる鼓動は非常に荒い。
彼の息はもう長くはないということが分かった。
「より調子悪くなったらごめんね。無理やり魔力を供給するよ」
魔力不足に最も効果的な手法は意外かもしれないが、純粋な魔力の供給。
まるで血液が不足した人間に輸血をするように、魔力不足の人間には魔力を渡す。
背中に当てた手に集中する。
魔力が集中し、光りだした手。
先ほどとは違いその手に敵意はない。
「調整難しいな……!」
もっと治す技術を勉強しておくべきだった。
魔力というのはただ供給すればいいもんじゃない。
私の様にあまりに膨大な受け皿がある人間は置いておいて、彼の様な普通の能力者には限界値がある。
それを超えることは許されない。
つまり、こぼさないようにグラスに水を注ぐみたいな感じだ。
だからといって、中途半端に注ぐと理性が返らないまま力だけが戻る可能性がある。
想像以上に繊細さのいる作業だった。
「……どう?」
再転生者を抑え込んだまま恐る恐る質問する。
なんでも守れたが故に、彼の様な負傷者を治した経験がない。
成功の保証も確信もなかった。
人の命を預かるというのはこんなにも緊張感のあるものなのか。
ずっと託されていた命の重みというのを改めて実感する。
絶えず湧き上がる唾を飲み込んで男を見守った。
出来る手は尽くしたつもりだ。
これで治らないなら私にできることはない。
目を瞑って手を合わせ、祈りのポーズを取った。
「……随分と心地の悪い目覚めだな」
聞こえてきたのは男性の声。
反射的に開いた目に入ってきたのは起き上がる男性の姿。
ふうっ、と息を吐く。
それは安堵のため息。
「おはよう……!」
「あぁ、おはよう……?」
心のこもった目覚めの挨拶に面食らった男性。
そこに先ほどまでの凶暴さは感じられなかった。
「やっと起きた。聞きたいことが沢山あるんだ。良いかい?」
やっと見つけた仲間だ。
まずは何から聞こうか。
あまりに多く浮かんでくる疑問に心を躍らせながら、私は一歩彼に近づいた。
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