32 自らの非を報告するのはかなり勇気がいる。

 ♧3


 はるか上空へと跳んだ再転生者を見送る。

 殺されるかもしれない、と意気込んだ気持ちは一ミリも消化されなくて少し不満だった。


「……眩し」

 

 手のひらをサンバイザーのように広げて目の上で構える。

 再転生者の出す閃光はその程度で遮れるレベルの代物では到底なかったが、ないよりはマシだ。


「……遅かったかなぁ」


 私の「降りて」というコールは確かに咄嗟とっさだった。

 だが、許してほしい。

 そもそも『今から車が浮き上がる』ということを予測し、車から飛び降りるなんて一般人の技ではない。

 ……ないよね?

 

「てか、多分もっと早くても間に合わなかっただろうし」


 そもそも浮き上がった車が飛び降りを許さない位置に到達するのはあまりにも早い。

 それこそ、保護対象が私の言葉の意味を理解するよりはずっと。


 だから、私に非はないはずだ。

 そもそも元を辿れば避難してない彼らが悪いんだし。


『こちら堀口。保護対象二人を見失いました』


 ため息をつきながら連絡を入れる。

 仕方ない、と自分の中で正当化しても無力感は消えない。

 私は彼女らを助けることが出来なかったというのは確固たる事実として残るのだ。

 

『珍しいな。お前がミスを認めて連絡を入れてくるなんて』

『まあ、もう取返しつきそうにないんで』


 ただ見失っただけならば連絡は入れない。

 けれど、今回は違う。

 打ち上げ花火となった保護対象を再び救うのは不可能。


 報告を入れずに後で責任問題になるなんて御免だ。

 それならば私はすぐに怒られる方を選ぶ。


『それほど事態は深刻ってことか?』

『保護に関しては、絶望的ですね。まあ、ただそっちは本題じゃないですから』


 周囲の惨状はひどいものだった。

 いかにも発展してますと自慢げにそびえ立っていたガラス張りの建造物。

 

 そのどれもが再転生者の足跡を記録するかのように中階層に大きな傷跡を残している。

 地面にはガラスが散らばり、まるで『ここは再転生者が通りました』という生産者表示のようだった。


 あまりの荒れ具合に頭を抱えざるを得ない。


『本題についてはどうなんだ? ぱっと見再転生者と座標が被っているように見えるんだがこれは間違いか?』

『高さがずれてますね。それに、その座標多分あてになんないですよ。あいつ早すぎます』


 私達、転生庁の人間と違って『保護対象』と『再転生者』には常に終えるGPSがついているわけではない。

 あくまで目視。

 誤差も出るし、見失うことも多い。

 

『じゃあ、狙撃は出来そうか?』

『そりゃもちろん。じゃなきゃわざわざ回線つないでませんよ』

『簡潔にまとめろ』


 周囲を見回すと、再転生者の跳躍に耐えきれなかった道路が吹き飛んで積み重なっているのが見えた。


 話は長くなる。

 座らない手はない。

 

 座り心地悪いな、これ……。

 即席の椅子に文句を垂れながら、私は再び通信を入れた。


『まず、今回の再転生者の能力は単純な身体強化の延長線上です。原理不明の閃光を放つこと以外は超ド級のアスリートと考えてもらっていいですね』


 壁キックを行う際に、壁に張り付く何かしらの力が働いていてもおかしくはないが、私の知るところではない。


 私に出来るのは事実をもとにした解析。

 過度な情報を与えて、混乱させるのは褒められたことではない。


『狙撃するタイミングですが、議論の余地もなく着地の瞬間です。衝撃を吸収する力は持っていないのでしょう。着地の瞬間に、私たちですら観測することの出来るレベルの硬直があります。そこが狙い目ですね』


 そもそも衝撃を吸収する力があったところで関係ない。

 やつの着地に道路が耐えない。

 地面が壊れる以上、着地が崩れるのは必然。


『奴は高い跳躍力を持ちますが、実際に飛行出来るわけではありません。いつか確実に着地します。その時を待ちましょう』

『なるほど。他に何か補足情報は?』


 難しいところだ。

 再転生者の能力についてはこれで終わり。

 より詳しい情報は持ち合わせていない。

 

 ――が、補足情報がないわけではなかった。

 ずっと引っかかっていることがある。


 しかし、それは何の根拠もデータもないもの。

 果たして話すべきかどうか。


『なんだ? 何を黙っている』

『すいません。少し考え事をしてまして』

『悩むぐらいなら話せ。こっちできちんと咀嚼する』


 まあ、それもそうか。

 混乱させるぐらいなら……、なんて考えるのは烏滸おこがましい。センパイは私より優秀なのだ。

 

『……これはただの妄言と思って構わないんですけど、保護対象の二人普通じゃないかもしれません』

『理由を話せ』

『再転生者が明らかに彼らに執着してます。何か煽ったにしても普通あそこまで追いますかね? 何か秘密があるように思えてなりません』


 大きなものを追う習性があったといえば、それまで。

 けれど、それだけでは説明できないレベルの疑念が私にはあった。 


『でも、ただの妄言の可能性もあります。やつらは私たちの理解の範疇を余裕で越えてきますから』

『いや、俺も大体同意見だ。むしろ、より強い疑念を抱いている』

『……強い疑念?』

 

 センパイの発言の意図が分からず、思わず聞き返す。


『再転生者が一人、保護対象が二人というのは誤報かもしれない』


 何を言い出してるんだこの上司は。

 頭でもおかしくなったか?

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