31 勝つために条件を付けると、途端にそれは難しくなる

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「骨とか折れてなかったら良いけど……」


 地面が見えたからぶん投げたけど、冷静に考えればあの高さでも紘彰にとっては耐えがたいものだったかもしれない。


 まるで某蜘蛛男のようにビルの壁を縫って、こちらへと向かっていく再転生者を見ながらそんなことを思った。

 まあ、こいつの場合は糸じゃなくて単純な身体能力で壁キックしているだが。


「どちらかというと某配管工か」


 赤色で中央に『M』マークのある帽子がトレードマークの男性。

 再転生者のやっていることはどちらかというとそれだ。


「さて、どうしようか」


 全くの宛がないわけじゃない。男の症状には覚えがある。

 奴は典型的な飢餓状態。俗にいう『魔力不足』だ。


 体内の魔力量が生命活動に影響を及ぼすほど減少し、それによって冷静な判断が出来なくなっている状態。


「懐かしいなぁ」


 能力の使い方に慣れてない時に私もよく魔力不足に陥っていた。

 何度も何度も介抱してもらったものだ。

 

「まあ、とりあえず追ってもらうか」


 まるでパルクールするかのように、ビルの屋上をぴょんぴょんと跳ねながら状況を確認する。


 やつの狙いは私。

 これは間違いない。

  

 車が打ちあがり二手に分かれた際も、紘彰をぶん投げて二手に分かれた際も、再転生者は私を追ってきた。

 

「……まあ、四分の一と言えばそれまでだけど」


 その可能性は限りなく低い。

 ただ殺したいだけなら、一番難易度の高い私を狙うのは理屈に合わない。 

 難易度を優先するなら、地上を歩いている運転手を殺すべきだし、空中で馬鹿みたいにパタパタしてた紘彰を狙うべきだ。

  

「もしかしたら、彼のタイプが私って場合もあるだろうけどその可能性も薄いだろうね」


 私がかわいいのは間違いないが、この速度のチェイスで顔が認識できているとは思えない。


「意外と面倒だな……」


 ただ奴を殺すだけなら造作もない。

 私の横で大人しくしている光球をぶっ放せばいいだけ。

 魔力不足の状態であれば、回避行動も単純だろうし、そもそも実力差がある。


「けど、私は助けたいんだ」


 しかし、改めて考えてみると、あまりにも縛りが多い。

 そもそも対話が不可能。

 さらに、私の存在が周囲にばれるわけにはいかない。


「殺さず、目立たず、救うってか」


 まあ、でも難しくなければ意味がない。


「とりあえず、さっさと開けた場所に移動しようか」


 力ずくで説得するにしても、都市部ではやり辛さが勝つ。

 周囲を高層ビルに囲まれている状況では、どこに危険が潜んでいるのか分かったもんじゃない。


「ガアアアッ……!」


 聞こえてくる咆哮。

 その声から理性は感じられない。


「まあ、でもきっと君の時間制限も結構近いよね……」


 飲まず食わずで無理やり動いている状態。

 しかも、ただ生命活動を続けているわけじゃない。

 私に追いつくために無理やり動いている。

 そんな状態が長く続くわけがなかった。


「来いよ、雑魚。魔力量の調節も出来ない奴に負けはしない」


 これ以上、目立つのは良くない。

 ある程度私の姿をカモフラージュしてはいるが、万能ではないのだ。

 

「アアアッ……!」


 大きな踏み込み。

 壁を走る再転生者にとって、高い位置にいる私に向かって跳躍するための準備を始めた。 


「そのままじゃ頭から突っ込んじゃうでしょ」

 

 屋上から飛び出し、体を空中に投げ出す。

 これで私と再転生者の間を遮るものは何もなくなった。

 高層マンションの間で対峙する二人。


「良いじゃん。程よく熱いね」


 あまりにも懐かしいこの感覚。

 思えば、この世界に来てからきちんとした戦闘はなかった。

 よく分からない強盗を分からせただけ。


「ガアアアアッッ!!」


 まるで人間とは思えない雄叫び。

 これでこそ戦闘。高揚。


「さあ、来い!」


 亀裂。 

 綺麗に舗装された道路が再転生者を射出するために割れる。


 遅れて風。

 一瞬で目の前まで移動した再転生者の拳が、私の光球とぶつかった。

 

 

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