30 事件が起きる時、その周辺では想像以上に様々なことが起きている
♤1
空高く浮かんだ車内で、俺はパニック状態になっていた。
車窓から外を確認すると、先ほどまで見上げる位置にあったビルの屋上が見えた。
さらにその上に設置してある室外機まで確認したところで、冷静に結論を出す。
――いや、これ死んだだろ。
シートベルトをガチャガチャと、手間取って外した後、本来あるべきガラスが割れて風通しの良くなった車窓から顔を出した。
高すぎる。
落ちれば死ぬ、なんてことは考えなくても理解できた。
「……もう無理だ」
「諦めんな、馬鹿!」
いや、そんなこと言われても……。
俺はお前と違って飛べないし、落下位置にトランポリンがあるわけでもない。
逆にどうすればいいって言うんだ。
「とりあえず、扉ぶっ壊すから横に跳んで!」
叫び声と共に弾ける光球。
これにより、視界は良好になったし、おそらく壊れて開かなかったであろう扉という最大の障害は消えた。
しかし、ただそれだけ。
俺にはここから屋上に飛び移るだけの勇気と身体能力はない。
「簡単に言うな! 跳べるわけないだろこんなの!」
「うるさい! 男でしょ!」
「いや、そういう問題じゃ――」
――瞬間、腕を強く掴まれる。
そのまま空中へと飛び出した。
「腕っ……引きちぎれるって! これっ!」
「つべこべ言わない!」
ディルナは、まるでハンマー投げの様に俺を振り回し、その後ビルの屋上に放り投げた。
「おい、待て! 俺は飛べないんだ!」
両手をバタバタしてみるが、上昇はしない。
ああ、もう。なんなんだよ。
俺のことを超人だとでも勘違いしているのか。
「痛っ!」
直後、痛みと共に地面を感じる。
転がった先でぶつかったものは先ほど見た換気扇。
『生きてる』を一瞬噛み締めた後、視線を前に戻す。
俺を投げた反動で逆向きに飛んでいくディルナがそこにはいた。
「お前はどうするんだ!」
「後で合流! 私はとりあえずチャレンジしてみる!」
「何をだ!」
「話はあとでっ!」
瞬間。
俺の視界からディルナが消えた。
遅れて届いた風が髪をなびかせる。
「……何が起きた?」
目の前で起こったことが理解できず、疑問をただただ呟く。
おそらく瞬間移動に類する何かだとは思うが、予想が正しいのか高める術は俺にはない。
「うまいね、彼女」
俺の悩みを遮るような言葉。
後方から聞こえてくるジャリ、と石と床がこすれる様な足音。
――来訪者だ。
どうやら無人に思えた屋上には先人がいたらしい。
「足手まといである君を隔離しながら、自身の動きを縛っていた転生庁からも距離をとった。ただ強い能力を持っているだけかと思っていたけど、そうではないみたいだ」
ゆっくりと振り返って、声の主を確認する。
しかし、声の主に見覚えはなかった。
「……誰だ?」
「安心して、君の敵じゃない。むしろ僕は君の味方といってもいい。君が死なないように助けに来たんだ」
明らかにサイズの合っていない黒色の服に、深く被ったフード。
声からして男性なのは理解したが、そのほかの情報は異様な格好により全く分からない。
「……何が目的だ?」
「それは言えない」
怪しすぎる。
まるでマルチの勧誘だ。
「それでどう信用しろと?」
「難しい話だね。今日は、そんな込み入った話をしに来たわけじゃないんだ。ただ君を守りに来ただけ」
「意味が分からないな」
うーん、とわざとらしく悩んだフリをするフードの男。
数秒、その態度をつづけた後、これまたわざとらしく手を叩いて閃いたような動作を行った。
「そうだ。例えば君には彼女がどこに行ったのかすら見えなかったはずだ。上を見てみな。眩しいだろ? ちょうどあそこだ」
言われるがまま、視線を上に向ける。
フードの言う通り、確かにそこに大きな光の球体があった。
「……だから?」
そんなもので俺の信用が取れると思っているのか?
その光球は偶然出来たもので、ディルナは関係ないのかもしれないし、関係あったとしてもそこにはいないかもしれない。
そもそもフードの男は何の情報も持ち合わせていない可能性だってある。
交渉になっていない。
俺は彼の言葉の真偽を確認出来ないのだ。
「まあ、それはそうだ。こんなことで君を納得させられるなんて思っていない。だからこそ、ここまでわざわざ歩いてきたんだよ」
「どういう意味だ?」
「君、どうやってここから降りる気だったんだい? 避難は始まっていて、この屋上を開けてくれる管理人はここにはもういない。まさかこの高さから飛び降りるわけじゃないだろう?」
フードの男に煽られ、屋上から下を見る。
先ほどよりは少し低くなったがやはり高い。
「……まあ、それは確かに」
どう考えても常用されているとは思えない屋上。
換気扇が固めて置いてあるだけで、それ以外には何もない。
掃除も全くと言っていいほどされておらず、非常に汚かった。
「どうやって降りるんだ」
「非常階段だよ。きちんと僕が全部開けてきた。いわば君の案内人さ」
フードの男は、不用心にも全開になった非常階段への扉を指さした。
「実はお前が管理人ってことか?」
「まさか。僕は鍵を借りてきただけさ」
まあ、そうだろうな。
わざわざ屋上まで確認しに来る管理人なんて意味が分からない。
というか、こんな怪しそうな管理人がいてたまるか。
「さて、じゃあ地上まで案内しようか」
「……妙なことはするなよ」
「妙なことはしないさ。そのかわり少しの忠告をさせてもらおう」
扉を閉めようとすると、ギイィ、と嫌な音が鳴る。
鉄の擦れる音はどれだけ聞いても慣れない。
「少しの忠告?」
「別に何かを求めてるわけじゃないさ。ただ、問題提起をしたいだけ」
例に漏れずあまりにも風通しの良い非常階段。
扉の音からも察することは出来たが、非常階段の整備が整っているとは言い難かった。
「さっきから何の話をしている」
「君は自分の置かれている状況をもっと重く見るべきだ、という話だよ」
鉄製の階段だと足音がよく響く。
ヒールのような特に足裏が尖った靴を履いているわけでもないのに、カツンカツンと良い音を鳴らすのは非常階段の常なのだろうか。
にしても、不可解なのはフードの言動。
明らかに見知らぬ誰かに話しかけるそれではない。
こいつは俺のことを知っている。
「……なんでそんな質問が出てくる? ただの偶然? いや――」
そもそもこいつがここにいること自体がおかしいんだ。
何故、こいつは避難していない?
さっき管理人が避難しているから扉を開ける人間はいないって言ったばかりじゃないか。
ディルナのせいで避難が遅れた俺や、仕事として戦場に来ている転生庁の人間とは違う。
「……お前、何者だ?」
「難しい質問だね。何を答えるのが正解なんだろう? 例えば職業? 性別? 年齢? 君は何が聞きたいのかな?」
明らかにからかいを含んだ質問を投げるフードの男。
しかし、こんな単純な挑発に乗るほど子供ではない。
「そういえば、最初能力がどうとか言ってたな? どういう意味だ」
「それは答えられない。言っただろう。込み入った話をしに来たわけじゃないと」
言いながら、再び現れた非常階段の扉を今度はフードの男が開いた。
出口側のも建付けは悪いようでギイイと嫌な音を鳴らした。
「ほら、もう地上だ。さっさと行ってあげるといい。相手は転生震度3だ。この程度の再転生者であれば、小森ならそろそろ仕留める頃合いだぞ」
「どういう意味だ。というか、そもそもなんでそんなことが分かって――」
「――秘密だよ」
フードの男は人差し指を口元に寄せる。
それは『静かに』のジェスチャー。
その後、フードはいまだその場にとどまって質問を続けようとする俺の背中を押した。
「行ってこい。そして、もう一度深く考え直すんだ。彼女と行動を共にするということを。この平穏は長くは続かないのだから」
「何を根拠に――」
続けて、「そんなことを言っているんだ」、と言おうとしたが、その言葉が発せられることはなかった。
振り返った時、もう既にフードの姿が見えなかったからだ。
「……どこいった? クッソ、意味分かんねえ。結局誰だったんだよ」
視線を外したのは本当に一瞬。
その間にどこかへ消えるなんて普通じゃない。
「……訳が分からん」
手持無沙汰になり、愚痴をこぼす。
その直後、タイミングを見計らっていたかのように、視界の先で主張の強い閃光が出現したのが見えた。
「……派手にやってんな」
十中八九あの閃光はディルナの発したモノ。
一抹の苛立ちを抱いたまま、誘われるように閃光へと走り出した。
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