29 偶然難を逃れることは意外と多い。

♧2


『再転生者に追われている一般人がいます。出来れば保護してください』


 意気揚々と出撃した私達のもとに届いたのはそんな報告だった。

 別にそのこと自体に不満はなかったが、『なんで避難してないんだよ、馬鹿』と思ったのは間違いない。

 

「さっさと避難しろよ……」


 まあでも、そんなに難しい仕事でもない。

 保護対象の位置は転生庁が常にモニタリングしているし、再転生者ほどの凶暴さもないのだ。


 ただの迷子の保護なんて、私でなくても出来る。そう考えていた。 

 しかし、それは間違いだったらしい。


「やっば……」


 あまりにも激しい閃光が再転生者から放たれたと思えば、一瞬にして保護対象を見失うという圧倒的失態。

 これでは、死んだかどうかの確認も出来ない。


「は? どこ行った?」


 慌ててナビを確認したが、保護対象のピンは動いていない。

 ……なるほど。

 

 少しばかりの希望をもって周囲を見回すがそこに保護対象は見えない。

 つまり、転生庁は保護対象を見失ったというわけだ。


「いやだ……。始末書嫌だ……」


 私が悪いわけじゃないじゃん、これ。

 現場の人間に責任を押し付けるの良くないことだと思うんだよね、私。


 摩天楼の中に残された私と車。

 少しばかりの孤独と、あまりにも大きな現実に押しつぶされそうになりながら、運転席に乗り込んだ。


 


 ◇



 ここまで語れば私に策などなかったことはお分かりだろう。

 私がその場に居合わせたのは偶然だった。


 保護対象を見かけたわけでも、保護対象の場所に当てがあったわけでもない。

 ただ、がむしゃらに車を走らせていたら偶然そこに保護対象がいただけ。


「乗って!」 


 そんな言葉を叫んだのが二分前。

 圧倒的幸運により、保護対象を発見したのだ。

 この幸運を受け取らないわけにはいかない。


(どうしよ……)


 保護対象二人を乗せたところまでは完璧だった。しかし、問題の根本は残念ながら解決していない。


「これ追いつかれるの時間の問題だよ! なんか良い案でもあるの?」


 そう。

 後ろの保護対象の言う通り、ビルの壁を飛び移る再転生者から車で逃げ切ることは不可能。

 私の運転する車にたどり着くのは時間の問題であった。


「ちょっと待って! 今、それを考えてるとこなの!」


 ギャギャ、とタイヤが擦り減っていく音が街中に響く。

 ドリフト走行で、近くの路地に入り込みながら私は叫んだ。


「私たちのエースが構えてるとこまで誘導してる。安全運転は保証出来ない。ちゃんとシートベルトしててよ!」

「どこかで降ろしてくれたりしないの?」

 

 後部座席から身を乗り出す少女。

 なんだこいつ⁉ 命が惜しくないのか?

 

「シートベルトしろって言ったでしょ! ちゃんと座れ、馬鹿!」

「じゃあ、降ろして! 避難場所だってあるでしょ!」


 ただでさえ危険なのに、シートベルトをしないなんてイかれてる。

 いや、そもそも避難してない時点で頭のネジが外れてるのは間違いないのか。


「安全なところに届けたいのは私も同じ! でも、に追われてる状態で避難場所に近づくわけにはいかない。避難場所の意味を失っちゃうでしょ!」


 再転生者に気付かれていないから、避難場所は避難場所としての効力を発揮する。

 敵に追われている状況で、安全地帯に逃げ込むなんて言うのはバカのやることだ。


 後ろの少女もそのことは理解しているのか、口を尖らせただけで再び馬鹿みたいな文句が私に届くことはなかった。


 ――にしても、危険な状況であるというのは確かだ。


「保護対象を確保しました。出来るだけ早く逃走経路を示してください」

『了解』


 連絡を入れながら、バックミラーを確認する。

 目に入ったのは、小声で相談を始める二人の保護対象と、高く跳ねた再転生者。


 こいつら呑気だな……。

 死ぬかもしれないのに何を相談してるんだ。


「ねえ、お姉さん!」

「何?」

「次の跳躍で奴は追いつくよ! それでも、このまま走るの?」

「分かってる! だからと言ってこれより速い移動手段は現状存在しない!」


 彼女の言うことはおおよそ正しい。

 次の跳躍かどうかは知らないが、明らかに再転生者との距離が縮まっている。

 

「いや、降ろしてもらえば――は? ちょ、何⁉ んー! んー!」


 言葉の途中で男に口を塞がれ、うめきだす少女。

 なにやってんだこいつら……。

 

 明らかに場違いな行動に、呆れて言葉も出ない。

 

「どこかで降ろしてもらえないか? 車酔いしてしまったみたいで――」


 男の言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

 彼の言葉を遮る大きな大きな破裂音。

 


 ド――オ――ォォン。



 これは、真横に着地した再転生者のもの。

 道路が再転生者を中心に割れ、てこの原理のように浮き上がった道路が私達の乗る自動車を宙へ浮かした。

 

 ――という解釈であってるはずだ。

 てか、これ前もあったな。

 

「どう考えたって規模感おかしいだろ……!」

 

 車体が浮くのを頭で理解した瞬間、ハンドルから手を離し車から飛び降りる。

 二度も同じてつを踏むほど馬鹿じゃない。


「あ」

  

 上空へ飛んでいく車から届く悲鳴を聞いて思い出す。

 ああ、そういえばあいつら乗ったままだわ。


「……シートベルトしない方がよかったか」

 

 シートベルトをしたせいで、彼らは咄嗟に降りることが出来なかったわけだ。

 だから現在、ガラス張りの超高層ビルに届きうるくらいの高さまで打ち上げられている。

 まるで安全装置のないアトラクションだ。 


 ……うん、まあ、でも私悪くないか。

 

「シートベルトしてなかったらその前に死んでたかもしれないし」


 保護対象を見捨てて、自分だけ逃げるという行動は褒められたものではない。

 それは確かだ。


 けれど、とっさの判断で降りなければ、次の瞬間地面にたたきつけられていたというのも事実だった。


「まあ、きっと生きてるでしょ」


 ほとんど丸腰の状態で、再転生者を目の前にしているのだ。

 今死にそうなのは私も同じ。

 

「さて、どうしようか」


 幸い、再転生者の目標は私ではないようだ。まだ猶予はある。

 腰にぶら下げた拳銃に手をあてながら、深呼吸を始めた。



 

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