27 危険というのは気付かないうちにそこにある

 どいつもこいつもふざけやがって。

 隣のこいつは俺の家に居候してる身だっていうのに全くいうことを聞かないし。

 逃げようって言ってたのに、目の前の災害は向こうからやってきやがる。

 

 こいつら説教してやらなきゃ気が済まねぇ。

 なんて思って息を大きく吸ったところだった。


「……いや、待てよ」

「何を待つのさ、紘彰。こんなに幸運なことはない。話しかけよう」


 周囲の住民はほぼ避難し終わっていて、ここに残るのは俺と再転生者二人。

 冷静に考えたら、今一番危険なのは俺だ。


「ねえ、違う世界から来たんだよね。雑談でもしようよ」


 目の前の再転生者は唸るばかりでディルナに返事をする様子はない。

 けれど、そんなものはどうでもよかった。どうにかして、この窮地を脱する必要がある。


「なあ、ディルナ。とりあえず、俺を安全なところに――」


 ――爆音。

 鼓膜が破けるんじゃないか、と錯覚してしまうほどの轟音に思わず目を閉じた。

 

「随分と乱暴な挨拶だね……! 礼儀は君の世界じゃ習わなかったかな?」

 

 再転生者の渾身の蹴りを右手で受け止めるディルナ。

 つばぜり合いになっているのか、それともそもそもそういう能力なのかは分からなかったが、二人の間には激しく火花が散っている。


 ここまで近づいて初めて、ああ目の前の再転生者は男だったのか、なんてどうでもいい事に気が付いた。


 苦い顔をしたディルナは大きく右腕を振り払って、再転生者を吹き飛ばす。

 その後、周囲にふわふわと浮かばせていた光球からレーザーのように光線で追撃した。

 

「ねえ、紘彰。こいつ話通じないんだけど!」

「お前も大して変わんねえ! さっさと安全地帯に俺を連れてってくれ!」


 お互いに叫んで意思を伝えあう。

 こうでもしないと周囲の音がうるさすぎて、何を言っているか分からない。


「でも私まだ可能性を模索したいんだけど!」

「うるせえ! 保護者が死ぬぞ!」


 お前らみたいに強くないんだ。

 ここにいるとすぐに死んでしまう。


「じゃあ、紘彰だけ逃げて!」

「世間知らずを残してはいけない!」


 確かにディルナは強い。

 実際にこの目で、戦うところだって見た。

 だが、こいつには圧倒的に知識が足りない。


「強情だなぁ!」

「うるせえ! こっからどうするんだ! 早くしてくれないと俺は死ぬ!」


 今にも再び攻撃をしようと目の前の再転生者が雄たけびを上げている。

 まるで獣のようにこちらを威嚇する様子は理性を強く持っている人間には思えなかった。


「話通じないみたいだし、とりあえず退避で!」


 叫びながらディルナは俺をお姫様抱っこのように抱え、大きく飛びはねた。 



 ◇



「いやあ、困ったね」


 まるで、遊園地のアトラクションのような上下運動を繰り返され、すっかり酔ってしまった俺の横で、ディルナは呟く。


「多分、あれだよね。私の魔力に引き寄せられてるよね」


 何か言葉を発する気力もない俺はただうなずいた。


「でも、明らかに弱ってそうだった」

「……そんなことが分かるのか?」


 搾りかすのような声を出す俺にディルナは目を丸くした。

 思わぬ質問だったのだろう。


「そりゃ分かるよ。人間だって体つきを見れば運動出来そうか、出来なさそうかっての大体分かるでしょ? それと同じ」


 言いたいことは分からないでもなかったが、俺にはさっぱりディルナとさっきの再転生者の違いは分からなかった。


「……それで、これからどうするんだ?」

「難しい話だね。当初の予想通り、真正面から戦闘すれば私が負けることはない。でも、紘彰も気づいたと思うけど彼の様子は明らかに変だった。この理由を突き止めない限り撤退はないね」

 

 ディルナには珍しく方針を言い切る。

 しかし、こちらとしてはさっさと帰りたいのが本音だ。

 

「あまり目立てないってのはお前も分かってるだろ? それでも撤退しないのか」

「それは確かに紘彰の言うとおりだね。私たちは目立てない。それは事実だ」



 ――けどね、とディルナは続ける。

 再び、嫌な予感がする。さっきも味わった感覚だ。

 何が起きているかすぐに理解した。


「逃げられないというのも事実だよ、紘彰」


 爆音。

 目の前のビルの壁に、再転生者がまるで蜘蛛のように着地する。


 着地した地点はおおよそ五階程度だろうか。意味が分からない。一体どういう運動神経してるんだ。

 再び跳躍。

 着地していた地点を中心にビルのガラスが弾け飛ぶ。


 ――そして、俺たちの目の前に再び着地した。


「グウウウッ……!」


 獣のように吠える再転生者。

 ああ、もう本当にくそったれな世界だ。

 あまりの理不尽に絶望したところだった。


「乗って!」


 こちらに向かって叫ぶ女性の声。

 俺とディルナが同時に声のした方向へ顔を向ける。 


「……誰?」


 全く訳が分からず首をかしげるディルナ。しかし、俺は違う。

 俺は女性の乗っている車両に見覚えがあった。

 

「転生庁……⁉」


 もう一度言おう。

 ああ、もう本当にくそったれな世界だ。

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