各々が語る正義は常に正しく常に間違っている
25 ファッションは尖りすぎると誰にも理解されなくなる
ディルナが来てからもう一週間が経とうとしている。
時間が経つのは早いものだ。恐ろしい。
しかし、恐ろしいものは時間だけではない。
人間の適応力も同様に末恐ろしい。
家に同居人がいるという状況にも慣れた俺は、会社から帰った際には「ただいま」なんて言うようになった。
「……まあ、良くはないよなぁ」
こいつをずっと匿っているわけにはいかない。
居心地がいいことは必ずしもいいとは言えなかった。
「何が?」
「いや、こっちの話だ」
ディルナの作った料理を食べながら呟く。
うまいな、これ。
時間を持て余したディルナは料理の勉強も始めたようで最近はうちの食卓に並ぶ食事はディルナが作っている。時間を持て余した人間のやることは本当に底知れない。
「独り言はやめといたほうが良いんじゃない? 変人だと思われるよ」
「……まあ、それはそうだな」
たいして目新しい事のなかった俺とは反対に、ディルナは散歩を日課にしながら家に置いてあるテレビで情報を収集していたようで、前とは比べものにならないくらいこの世界の情勢について詳しくなっている。
もう既に一般人と遜色のない常識を持ち合わせているようだった。
「うまいな」
「でしょ。自信作なの」
全く使われてなかったうちのキッチンでご機嫌に洗い物をする少女が一人。
明らかにサイズのあっていない部屋着を身にまとって料理をする姿は、まるで泊まりに来た彼女である。
「やっぱ服買ってあげなきゃな」
「別に困ってないからそんな気にしてなくてもいいよ」
「ディルナが困ってなくてもその恰好は目立つだろ」
常にサイズのあっていない服を着ている人間なんて目立つに決まっている。
もしディルナが普通の人間なら目立ってもさほど問題はないのだが、こいつは絶賛指名手配中だ。目立つわけにはいかない。
しかも、ディルナは結構アクティブだ。
散歩に出るのならそれ相応の服は必要。
「でも、私最近のファッションなんて全く知らないよ?」
「奇遇だな、俺もだ」
「じゃあ、ダメじゃん」
「間違いない」
しかし、買わないという選択肢は毛頭ない。ずっと俺の服を再利用させているのもなんだか申し訳ない気持ちになるし。
「とりあえず出かけるか」
「おっけー」
外に出てみればきっと何か良いものでも見つかるだろう。
◇
散歩を日課にしていたおかげか、ディルナの土地勘は俺と変わらない程度になっていた。俺より先にお目当ての洋服店へと向かっていく。
自分では一切買うことはなかっただろうにいつ場所を知ったのだろうか。
そんな疑問が浮かんだが、わざわざ口にすることはなかった。
「楽しいね!」
「なんでそんなに上機嫌なんだ……」
スキップしながら洋服店に向かう姿はまるで休みの日に遊園地へ向かう小学生である。そこまで、若いわけじゃないだろうに。なんて思ってそういえばディルナの年齢を知らなかったことに気付いた。
「そういえばディルナは何歳なんだ?」
「唐突だね、紘彰。質問してくれたところ申し訳ないけど、実をいうとね分からないんだ。向こうの世界に行ってから年齢を数えてなくてね。だからたぶん二十歳いくかいかないかくらいだと思うんだけど正確な数値は分かんないや」
「複雑だな……」
「でも、お酒とかも飲んでみたいから二十歳ってことにしとこうかな」
適当な奴だ。
ただ、ディルナが法で裁かれることなんてないのだから、そんなこと気にする必要はないのかもしれない。
なんたって彼女は再転生者なのだ。まず間違いなくそっちで捕獲されるに違いない。未成年飲酒なんてただのおまけである。
しかし、こうやって散歩すると改めて感じるが、再開発都市なだけあってラビランドレはどこもかしこも都会だ。ただ、それが必ずしもいいとは限らない。都会であるということは様々な洋服店が立ち並んでしまっているということでもある。
「さて、どこにすべきか」
俺みたいなファッション素人にはどの店が良いのか、なんて見当もつかない。全て同じに見えてしまう。
そんな俺を見てか、それともただ面倒になったのか、ディルナが率先して店を探し始めた。
「こういうのはインスピレーションが大事だよ。迷ってちゃ話になんないね」
さあ、ここだよ! とテンション高く叫びながら店に向かう。
ご機嫌だなぁ……。
まあ、彼女にとってはこの世界のいろいろが非常に新鮮に感じているはずだから、実際は当然のことなのかもしれない。
ディルナがインスピレーションで選んだ店は、おしゃれな店内BGMのかかっていた。そもそもすべてのアパレルショップには、おしゃれなBGMがかかっているのかもしれない。
真偽を確かめるために、記憶をあさってみたが、ほとんど行ったことがないから欠片も引っかからなかった。
悲しい。
「なんか気になる服あったか?」
「うーん、難しいねぇ。ちなみに予算とか決まってるの?」
難しい質問だ。そういえば服というのがどれくらいするのか調べていなかった。
けれど、答えは決まっている。
「ずっと使うんだろ。それが良いと思うならいくらでも出すさ」
「太っ腹だね」
「崇めろ崇めろ」
どうせ一人暮らしで趣味もない俺には、お金を使う機会なんてない。
こういう時に使わなければ腐ってしまう。
ディルナが服を選んでいる間、特にあてもなく店の中をうろうろとする。全く縁がなかったおかげか、様々な気付きがあった。
都市伝説かと思っていたすぐに話しかけてくる店員も存在したし、いつ着るんだと突っ込まずにはいられないぐらい奇抜な服も存在した。
ラピュタは本当にあったんだ、と思わず叫びそうになる気持ちを抑え近づいてくる店員に会釈で話しかけるなオーラを出す。
「これとかどうよ」
見繕った服を試着してきたのか自信満々にくるくると回っている少女が一人。
これだけを見ると先ほどまで成人を主張していた人間とは思えない。明らかに子供のそれである。
「……似合ってるんじゃないか?」
「反応が悪いなぁ」
「もともとの顔がいいから何着ても似合うだろ。そもそもお互いセンスなんてないんだからそれこそインスピレーションで決めな」
「適当だなぁ」
「ディルナが先にいったんだろ。インスピレーションが大事だって」
「まあ、それはそうだけど」
ぶつぶつと文句言いながらディルナは試着室に戻っていく。
その間にも獲物を狙う目をした店員が今か今かとこちらの方を見ていた。
とりあえず、今度洋服店に来る際は店員とエンカウントしない方法を調べておこう。
結局、ディルナが選んだのは入口付近にいたマネキンの服装そのままだった。あれほどインスピレーションを推していたくせに、いざとなったら安直な行動をしやがってとは思ったが、代わりにセンスのいい服を選んであげられるわけでもないので言葉にはしない。
「時間もあるしどっか寄って帰るか?」
「そういうのを女性側にゆだねちゃうから紘彰はモテないんだよ」
「……俺の何を知ってるって言うんだ」
あまりの侮辱具合に大声で言い返したい気分になったが、口から出たのはそんな言葉だった。弱気な俺を見て満足したのか、ディルナはすぐに話題を変える。
「それで、どこか行きたい場所でもあるの?」
「むしろディルナはないのか? 散歩するばかりで実際に買い物することはなかっただろ?」
「まあ、それは確かに」
雑談をしながらあてもなく歩行を続ける。
これが散歩か、なんて感慨深くなったが、耳に入ってくる大きな音で現実に引き戻された。
――ウゥ―――ゥゥンン――
「――サイレン」
ディルナが呟くのとほぼ同時に今なっている大きな音が何かを理解する。
「……パトロールしてるってこと?」
ディルナの質問にすぐには答えず、耳を澄ませた。聞き馴染みのあるサイレンではあるが違和感がある。
「……いや、違う」
「ホントだ。ちょっと音が高いね。これはどういう意味? パトロールとは違うの?」
疑問に答えようと口を開いたが、その口から言葉が発されることはなかった。
代わりに、歩道の脇に電灯と同じように並んで設置してあるスピーカーから、大音量で答えが返ってくる。
『再転生者襲来。直ちに避難指示に従って避難してください。繰り返します。再転生者襲来。直ちに避難指示に従って避難してください』
先ほどまで買い物をしていたアパレルショップから最低限の荷物を持った店員が、飛び出してきたのが視界の端にうつった。
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