21 人類は度々合理的でない決断を下す
再び、立ち上がってコーヒーを淹れ始めた酒井。
私と酒井しかいない店内にトポポポポ、とコーヒーの注がれる音だけが響いていた。
匂いだけなら美味しそうなんだけどなぁ。
実際、飲むと意味分からないくらい苦いんだよね。
「すまないね。待たせた」
湯気の立ち昇るカップをカウンターの上に置き、酒井は椅子に座った。
「結局、あなたを助けたのは再転生者だったの?」
「言っただろう? あくまで予想だよ。それが本当に正しいかどうかはわしには分からなかった」
「でも、あなたは確信してそうだったよ」
「そうかい? それじゃあ、わしは自分が思っているよりも自分の考えに自信があったのかもしれないね」
酒井は、カップを手に持ったまま笑う。
怖いな……。こぼれない? それ今注いだばっかだから熱いよ?
「まあ、わしの考えがこの予想を元に構成されていることは間違いがないさ。わしは再転生者と人間は共存できると信じているよ」
この考えが正しいかどうかは知らないけどね、と酒井は笑って付け加える。
「例えば『駅周辺で再転生者を殺すのはおかしい』なんてデモをしている団体がいるだろう? たいていの人間はあれを馬鹿にしているだろうが、わしは彼らの考えも間違ってはいないと思っている」
「……でも、デモ団体っていうのは自分達の主張を通したいだけで周りの事なんて考えてないでしょ」
「うがった考えだね」
ディルナの言葉に老人は苦笑する。
「……それでもさ。彼らがたとえ、再転生者と闘う人間の苦労なんて一つも理解しようとしていなかったとしても、彼らの主張は間違ってはないんじゃないかって思うよ。彼らの願いはかなわないだろうけどね」
「どうして?」
酒井は、まだ湯気が目に見えるくらいしっかりと温まっているコーヒーをすする。
特にやることもないディルナはおとなしく質問の答えを待った。
「簡単な話さ。人間は醜いからね。デモに参加している人間の幾人かが本当に共存を願っていたとしても先導している人間がそれを望んでいないかもしれない。君の言う通り、デモ団体なんていうのは人間の悪いところが詰まったものだ」
ふーっと息を吐いて、コーヒーの温度を下げる酒井。
熱いんかい。
「そんなものが世界を変えようだなんてありえないとは思わないかい?」
「……そうかもね」
そんなもの、か。
確かに醜いことは間違いないが、そこまでしっかり避難する言葉が酒井から飛び出すとは思っていなかった。
「それに、わしらは共存方法が分からなかったんだ。本当に最初、第一転生事変が起きるよりも前、わしらは再転生者と共存を考えた。けれど、それは結局成り立たなかった」
カップから立ち昇っていた湯気はもうほとんど見えなくなっている。
酒井はもう息を吐いて温度を下げることはない。
「対話は出来るはずなのに、分かり合えない。いや、分かり合おうとしなかったんだろうな。結局人間は、新たな力を持つ人間を対等な存在としなかった」
まあ、そうだろうね。
無尽蔵に電気を生み出せる人間なんてものを見つけたら、他に利用したい、と思ってしまうのは私ですら理解出来る。
だからとって、再転生者も大人しくその立ち位置を受け入れることはしないだろう。
誰だって人権は欲しい。
「隙があればその力を利用しようとしたし、利用出来ないとなれば、恐怖を覚えその存在を良しとしなかった。当たり前だ。そもそもこっちが劣ってるんだ。存在が対等じゃない」
能力を持っている人間と、普通の人間。
対等ではないというのは普通に考えれば分かる。どちらかが譲歩する必要があるのは明らかだ。
「そのツケが今の軋轢だよ。世界は再転生者を良しとしないし、存在を許されない再転生者は暴れざるを得ない」
負の悪循環だよ、と笑う酒井には哀愁が漂っていた。
「怖くないの?」
「再転生者のことかい?」
私は小さくうなずいた。
「まあ、そりゃ怖くないといえば嘘になる。明らかにリスクとリターンがあっていない。きちんと制御出来ない原子力発電を続けるみたいなものだろう」
「なら、共存なんて――」
「――それでもだよ。わしの言っていることは理想論だ。まるで現実を見ていないし、だからといって、大きなメリットがあるわけでもない」
馬鹿だ。
けれど耳心地の良い言葉。
「それでも、わしは再転生者と共存したいと考えているんだ。随分と無責任な話だがね」
にっこりと笑う酒井の表情からは随分と老いを感じたが、なんだか魅了された。
「良いんじゃない? 少しくらい無責任でも」
再転生者も一筋縄ではない。
転生事変を起こすような化け物もいれば、私みたいなものもいる。
はたまた酒井を救ったものもいる。
「もしかしたら、勝木君みたいな人がこの世界を変えるキーマンになるのかもしれないな」
何言ってるんだこいつは。
考え事していた私に、あまりにも買い被りな台詞が降ってきた。
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