20 老人の昔話は脚色されていたりするが基本的には役に立つので話半分にでも聞いておいたほうが良い

「転生事変は知っているだろう?」


 酒井の話はそんな言葉から始まった。

 感慨深く話すその様子に「いや、知らないけど」なんて返していいのだろうか、なんて思ってしまい、口を閉じた。


「わしが体験したのは第二転生事変。第一転生事変の存在もあって、世間全体が再転生者の危険性を認識し始めたところだった」


 後から聞いた話だけど、『転生事変』ってのは私達、再転生者の起こした未曽有の大災害のことを指すらしい。


「第一転生事変が二十七年前。第二転生事変が二十一年前だろうか。六年間の間に再転生者の対策はしっかりととられるようになった。それこそ転生庁が設置されたのもその頃だ」

「それ以降起きてないの?」


 私達再転生者の歴史は思ってたより長いらしい。


「十五年前に起きた第三転生事変が最後。それ以降は起きていないね」

「へー、意外と少ないんだ」

「そんなに頻繁に起こってもらっても困るよ。わしらは未だ、転生事変級の再転生者に対する明確な回答を持ち合わせていない。いつも後手後手だ」


 そう語る酒井の顔は少しだけ悲しそうだった。

 

「話の腰を折ってすまなかった。昔話に戻るとしよう」 


 いや、折ったのは私だ。


「あの日は本当に突然だった。それこそ転生事変なんていう大袈裟な名前に負けないくらいにね」

 

 これまた後で知ったことだが、『第二転生事変』は念力使いがビルをなぎ倒した災害のことを指すらしい。


「もちろんわしも再転生者の恐怖というものは理解しているつもりだった。ニュースを見て情報は手に入れていたし、第一転生事変が起きた発電所でどのようなことがあったのか、というのもきちんと頭に入れていた」


 酒井は黒ずんだ液体の入ったカップを口につけた。

 あれはコーヒーだ。


「だが、どこか、別の世界の話だと考えていたんだろうなぁ。まさか、それをわし自身が享受することになるとは思っていなかった」


 言い終わりと共に、再びコーヒーを口に含む酒井。その後、大きく息を吐いた。

 しっかりと味わうその様子は、コーヒーを美味しいと思えない私にすら飲みたいと思わせるほど。


「最初に街が崩壊していく大きな音が聞こえてね、その直後聞いたこともないような声が耳に入ったよ。目の前で起きていることは全く理解できなかったが、死が近づいているということは誰から教えられることもなく理解したんだ」


 酒井が手に持ったカップをゆらゆらと傾けると、重力に従って中の液体が同じくゆらゆらと揺れた。


「でも、今生きてるってことは――」

「――そう、その通りさ。わしは運が良かった。もし、この都市に住んでいなかったら宝くじを当てていたかもしれないな」


 自嘲気味に笑う酒井。

 酒井が笑うたびに、カウンターの上に置かれたカップから立ち上る湯気が揺れる。

 視界の中でちょくちょく動かれると意外とイライラするな……。


「危険を感じたわしは、すぐにこの店から出て、近くの公園を目指した。今となっては頭のおかしな話だが、コーヒーカップだけをもって外に出かけたんだ。せめて商売道具を、との気持ちだったんだが今思えば意味が分からないな」



「なんせこんなものを持って出ても何の意味もないんだ」


 酒井の視線の先には棚に飾られた何の変哲もないコーヒーカップがあった。あまりにも代わり映えしない普通のコーヒーカップであるにも関わらず、厳重に守られている。

 

「そんなに大事なものなの?」

「いいや、まったく。けれど、今では大事なものだ。生死を共にした大事なカップ。もう実際に使うことはないだろうね」


 立ち上がって棚に歩み寄る酒井。

 その後、フィギュアのように一つだけ別のケースへと保管されているカップを取り出した。


「今見てもなんでこんなものを命からがら持ち運ぶなんて、考えられない」

「それで、結局なんで生き残ったの?」

「ああ、そうだった。また話の腰を折ってすまないね」


 一通りカップを眺めた後、棚に戻して扉を閉めた。もう建付けの悪くなった棚は一筋縄では閉まらない。ガタガタと木のきしむ音が少しなった後、棚は元の姿に戻った。


「公園に着くと先に避難していたのが――。そうだな、十人くらいだったか。彼らは避難は終えていたが、別になにをするでもなくそこに佇んでいた。もちろん、わしも例外ではない」

「やることがなかったってこと?」


 いいや違う、と酒井は首を横に振った。

 半分以上飲んで、もう湯気の見えなくなったカップを手に取りながら、酒井は口を開く。


「そういう人間も中にはいたのかもしれないな。けど、大半は何をすればいいのか分からなかったんだろう。ただ、自分に被害が及ばないように両手を合わせて祈るだけ」


 両手を合わせて、話と同じように祈りのジャスチャーをする酒井。


「つい先ほどまで無宗教だったやつらが急に祈りだす。笑いものだよ。神様がいたのなら空の上で爆笑していただろうね」


 それほどわしらは何かに縋りたかったんだ、と酒井は続けた。

 

「傍から見れば滑稽に見えたことだろう」

「でも、その祈りが届いたってことでしょ?」


 神のお陰かどうかは分からないけれど、今ここにいるということは危険な場所から生還できたということ。

 祈った意味はあったんじゃないかな。

 

 そんな私の考えを見透かしたのか、そうかもしれないね、と酒井は相槌をうった。


「永遠にも思えるような長い時間を公園ですごしたところだったか。瓦礫が公園をめがけて降ってきたんだ」


 今から大事なことを話すぞ、と言わんばかりに少しだけ中身が入ったコーヒーカップを前に突き出す。

 勢いよく突き出されたせいで、カップの中身が激しく揺れたが、その中身は溢れなかった。


「間違いなく死んだと思ったよ。けれど、死ななかった」

「逸れたってこと?」


 差し出したカップを手元に戻し最後まで飲み干す酒井。

 体に染み渡ったのか、大きく息を吐いた。

 やっぱおいしいのかな……。 


「その通りだが、少し違う。降ってくるのは瓦礫だろう? 普通に考えれば軌道が直前に変わるはずがないんだ。だというのにわしらから離れるように横に曲がった」

「……つまりどういう?」


 再びコーヒーを口に入れようとして、中身がないの気付く酒井。残念そうに、カップを机に置き、背もたれに体重をかけた。


「ここからはあくまでわしの予想だ。誰も答え合わせなどしてくれなかったからね」


 体重をかけたまま心地よさそうに眼を閉じる。照明を遮るように掌を天井に向けて、口を開いた。


「きっとね、わしらを助けてくれたのは、わしらを脅かしていたものと、そう変わらない存在だろう」


 つまりね、と酒井は続ける。


「助けたのも襲ったのも再転生者だったんじゃないかってわしは思うんだよ」


 

 







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