19 誰かが話し始めたらその人が口を閉じるまで黙っていたほうが良い
転生庁の
閉店までにこの店に訪れた客はなんと八人。
堀口以外は先の短そうな老人であったのを考えると、避難指示中に自由に動けるのは老人ばかりみたいだ。
災害に巻き込まれて死んだとしても仕方ない。今を楽しもう、という気概なのだろう。
見習うべきか、見習わないべきか、少し迷いどころだ。
「お疲れ様」
「いえいえ、勉強になった――」
なったよ、と続けようとした言葉が止まる。
目の前に置かれるあまりにもおいしそうな料理。
そこから漂ってくる匂いが私の言葉を止めさせた。
「――これは?」
「社会勉強と言えども、何も出さないのは気が収まらなくてね。君の働きに見合っているかどうかは分からないけれど、ぜひどうぞ」
「え! 良いの!」
見合ってるどころの話じゃない。
そもそも私は接客しかしてないんだ。しかも、それもごく少数。
無理やりお願いしてやらせてもらっているということを考えれば無給でトントン。
まあ、でも貰えるものを貰わないなんて言うのはあり得ない話。
ちょうどお腹もすいてたし。
「ありがたくいただきます!」
「ぜひどうぞ。ゆっくり食べなさい」
いただきます。
両手を合わせて頭を下げた後、箸を手に取る。
待ちに待ったご褒美タイム。
「カチッキーだけずるい!」
「西濱君には給料を払ってるじゃないか」
「……いや、まあそれはそうなんだけど」
賄いが欲しいなぁ……、と訴える目にも酒井は負けない。
十秒ほど酒井を見つめ続けた頭のおかしなニッシーだったが、結局は酒井に根負けした。
「じゃあ、ここにいても羨ましくなるだけだから帰る! カチッキーも今度は正規の手順で働きに来るか、客として来てね!」
言い逃げ、というのはこういうことを言うのかもしれない。
大声で言いたいことだけ言ったニッシーは颯爽と店から出て行った。
どうやら私の返事は必要ないらしい。
てか、あれが負け犬の遠吠えってやつか。あまりにも滑稽だな。初めて見た。
「慌ただしいな……」
「疲労した身には非常に辛いかもしれないが、それでも助かっているよ。わしはもう老いてしまってあんな元気はないからね」
元気な人を見ると元気が出る。
言いたいことは分かるけど、あそこまでエネルギッシュだと逆に疲れることもありそうだなぁ。
「ここに住んで長いの?」
「非常に長いね。四十年になるかな。相当思い入れは強いよ」
「……四十年」
あまりに長い年数。
私の年齢の二倍程度だ。想像も出来ない。
「今おかしいなって思ったかい?」
「え? 何が?」
黙っていた私を不審に思ったのか、酒井は質問を投げた。
「とぼけなくてもいいさ。この都市は二十一年前に一度崩壊してる。四十年住んでるってのは明らかにおかしい」
何を言ってるんだ、この人は。
都市が崩壊する? 規模感が普通じゃない。
「勝木君がこちらに越してきたのはいつぐらいだい?」
「……ほんとに最近かな」
嘘はついていない。隠していることがないわけではないけれど。
「わしらの住むここ『ラビランドレ』は世界で唯一の転生都市だ。これは有名な話だね。だから、ここは首都と呼ばれるほど」
転生都市?
なんだそれ。都市ごとこっちに飛んできたってこと?
いや、そんなことはあり得ない。
人間を飛ばすだけで大量の魔力を消費する。
都市ごと飛ばすなんて不可能。
いや、でももしかしたら……?
浮かんだ疑問は消化しないと気が済まない。
止めるべき言葉はそのまま口から出た。
「……転生都市ってのは?」
「知らないのかい? 意外と勝木君は俗世に疎いみたいだね」
まあ、この世界に来たばっかりなんで。
「転生都市というのは、再転生者による被害を受け、その後復興した都市だよ。そうだな……。成り立ちは被爆都市なんかと似ているかもしれない」
「そんな曖昧な条件なのに一つしかないの?」
「そもそも規模が大きくなければ都市として成立しないからね。例えば、既存の市町村が滅んだのなら、復興してもその名前を変更することはないだろう」
「あ、そうか」
土砂崩れなどで被害が出た都市が復興したからと言って名前が変わるわけじゃない。名前が変わるには、それなりに大規模で、それなりの理由がいる。
「つまり、転生都市として改めて都市が成立するには、被害を受けた範囲が常識では考えられないほど大きい必要がある。それこそ、転生事変級」
何もない空間を眺める酒井。
それは何かを思い出す動作の様だった。
「――少し昔話をしようか。二十一年前の話だ」
黒色のドブみたいな液体を口に含みながら、酒井は一息ついた。
その後、口を開く。
「この都市が壊れた日。私はここで普通に働いていたんだよ」
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