18 転生庁は蝶ではない。もっと崇高な何かである。
目の前にいるのはテンセイチョウの職員。
詳しいことは分からないが、おそらく表記は『転生庁』。私の様な再転生者のための対策機関と考えるのが妥当。
制限時間は酒井が料理を作り終わるまで。
肉の焼ける音が聞こえてくるので、何も始まってないということはないはず。てか、美味しそうだな。
いや、待て待て。
そんなこと今はどうでもいい。
大事なのは目の前。
「そっちの店員さんは怪しい少女に心当たりある?」
客にとってはおそらく何気ない質問。
けれど、私にとってはそうではない。
「……いや、ないなぁ。てか、怪しい少女って相当曖昧じゃない? それじゃ見かけても忘れてそうだなぁ」
誤魔化せてるだろうか。
少し言葉に突っかかりながらお客さんの質問に答える。
「まあ、確かにそうかぁ。身長とかの情報欲しいよね……」
どうやら目の前の客の頭はあんまり働いてないらしい。
冷静に考えてみれば、現在彼女は休憩中。
まるで教室で寝る生徒の様に机の上でだらーっとしているだけで、鋭いことを言い出す様子はない。
「はあ、鬱だ。始末書描きたくない……」
「公務員ってのは大変だねー。うちみたいなただのバイトは考えること少なくて楽だよ」
「まあ、その分大量の給料もらってるからね。仕方ないところではあるよね」
「えー、いいなー。うちもお金欲しい」
一ミリも遠慮しない西濱の発言。
それを聞いていたのか、キッチン方面から酒井の笑い声がした。
「そういや見かけても忘れてるかも、って言ってたね、そっちの店員さん」
私の方を見て、話題を掘り返すお客さん。
「そうだね。何かおかしかった?」
「んじゃ、避難指示中に外に出たってことだよね? 何処に行ったの?」
――なるほど?
さっきの見解は訂正する必要があるかもしれない。
こいつは平気で鋭い事を言う。
「……ちょっと待ってね。思い出すから」
「ゆっくりどーぞー」
どれが正解?
銀行は間違いなく言わないほうが良い。
なら、ボランティアだけ? それとも、昨日もどこかに出かけてたことにしたほうが良いの?
呼吸が荒れないように心を落ち着かせる。
ここに私の正体を知る者はいない。
もう既にこの客が私の正体に気付いていて通報を入れている可能性もあるが、それならばそれで良い。
そんな思考を巡らせていると、なかなか話しださない私に違和感を持ったのか、お客さんがからかうように言葉を始めた。
「あらー? 怪しいなぁ。もしかして、犯人だったりする?」
「……そんなまさか。私が犯人なら今頃あなたたちに捕まってる」
心臓の鼓動がはやくなっているのが分かる。
大丈夫。落ち着け。私は強い。
この客がどれだけ強かったとしてもまず間違いなく負けない。
増援が来たところで同じ。
けれど、酒井には感謝している。彼に迷惑をかけるのは避けたい。
「あはは、それもそうだね。もし君が再転生者だったら今頃私は死んでるだろうし、こんなとこでバイトしてるわけない」
「でしょ」
「まあ、でもそんなに若いのに、昨日のことすら覚えてないのはちょっと危険信号だよ? ちゃんと頭動かしなー」
「あはは……。情けない」
こいつが休憩モードで良かった。
仕事中ならきっと私の動揺は見抜かれていただろう。
だが、時間切れ。
「わしと一緒にボランティア活動に励んでたんだよ」
料理を運びながらこちらへと向かってくる酒井。
確認するまでもなく、客の注目は私ではなく料理に変わったのが分かった。
「お、来たね。もっと話を聞きたいところだけど、食事中は食事に集中するのが私のポリシー。愚痴を聞かせてごめんね。ちょっと仕事中はいらいらしちゃうんだ」
「いや、こっちこそ普段は聞けない話ばかりで面白かったよ。ね、カチッキー」
「だね。勉強になった」
私達を討伐する人間は、普通の人間と変わらないらしい。
あくまで等身大の人間。
もっと頭のネジが外れているのかと思っていた。
料理を目の前ににこやかに笑うお客さんはポケットから小さな紙を取りだしてこちらに差し出した。
「じゃ、話を聞いてくれた君達には名刺を渡しておこう。なんか異変あったらそこに連絡してきて。有用な情報ならそれなりの対価を払うよ」
渡された名刺に記載されていたのは『氏名』『身分』『連絡先』だけという簡易なもの。
けれど、これだけで十分。
テンセイチョウは転生庁であったことが分かったし、その立ち位置も肌で感じることが出来た。
あまりにも良い経験。
目の前で客が両手を合わせているのを眺めながらしみじみと思う。ここで社会勉強して良かった、と。
「んじゃ、いただきます」
それにしてもおいしそうだな、酒井の料理。
あとで作ってくれないかな……。
今日、給料もらわないわけだし。
……まあ、ほとんど働いてないけど。
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