16 知らない言葉の意味はきちんと調べたほうが良い

 避難指示中、という話は紘彰から聞いていたけど、その影響は意外と大きいみたい。

 え? どうしてそんなことを思ったかって?


 簡単な話だ。客が来ない。

 俗にいう閑古鳥が鳴いているってやつだ。

 言葉を選ばなければ、閉店間近のゴミ店。

 

 いや、流石に言いすぎた。

 いわゆる過疎だ。この店は過疎っている。

 となれば、必然――。


「――暇だね」


 最後の客が退店してから一時間。

 あまりにも暇だ。


「暇なほうが良いんだよ、カチッキー。売り上げを気にするのはてんちょーだけ。バイトのうちらは人がいない方が仕事が楽で良いの」


 まあ、確かにそうだ。

 労働してる人間なんてほとんどが働きたくない存在。

 暇なことに文句を言うなんて有り得ない。

 けれど、私はこのギャルと同じ境遇ではないのだ。


「でも、勝木君は職業体験に来たんだろう? 客が来なかったら困るんじゃないのかい?」

「そう! そうなんだよね。私は社会勉強したいの。人が来ないと困るんだよ!」


 手本見せて―、なんて発言したのが間違いだった。

 手本分の客しか来ないじゃないか。


「いつもは盛況なんだけどね。実はここ無茶苦茶有名なんだよ。わざわざここのコーヒーを飲みに来る人だっているんだから! ただやっぱり避難指示中はみんな外出しないからなぁ……」


 私と向き合っているニッシーの視線が玄関へと動いている。

 その視線を追って私も玄関の方へ首を回すと、人影が目に入った。

 

「お!」


 カランコロンとベルの音が耳に入る。

 来客だ!

 

「いらっしゃいませ!」


 入ってきたのは二十五歳くらいの女性。

 まるで軍服を思わせるような格好をした女性は気だるげに、店内に入ってきた。

 

「やってます?」

「ぜひぜひ!」


 近寄って、手招きをする。

 せっかくの客だ。逃がすわけにはいかない。


「あれ、堀口さんじゃん」


 ぼそっと呟くニッシー。

 どうやら知り合いらしい。


「今日は小森さんいないの?」

「センパイは仕事につきっきりだね。やっぱ期待値高い人は忙しいよ」


 カウンターの方へ足を進めながら仲良さそうに話す二人。

 まあ、でも私が先に話しかけた客だ。 

 たとえ知り合いであろうとも接客権は渡さない。


「ご注文は何にされますか?」

「うーん何にしようかな」


 迷うそぶりを見せるお客さんだったが、その時間は非常に短かった。流石常連だ。

 一人しか客のいない店内では、店員を呼ぶまでもない。

 こちらから駆け寄っていく。


「何に決まりました?」

「んじゃ、これとこれで」


 指差されたメニューをスマートフォンにメモっていく。

 あ、この人もコーヒー頼んでる。

 ここのコーヒーは有名というのは本当なのかもしれない。


「注文こんな感じです、どうぞ」


 注文が書かれたスマートフォンを酒井に渡す。

 手持無沙汰になり、どうしようかなときょろきょろしていると、お客さんが話しかけてきた。


「愚痴を聞いてよ、店員さん」

「なんでしょう?」

「敬語はなくていいよ、その方が私も話しやすいし」

「なるほど。話してみなよ、お客さん」


 流石に崩しすぎかな、なんて思ったがそんなことはないらしい。

 お客さんは楽しそうににこりと笑って、話し始めた。


「良いね。丁度いい距離感だよ。じゃあ、料理が出来るまで愚痴でも聞いてってよ」

「おっけ、任せて」


 どんな悩みであっても解決してみせよう。


「私の職業って分かる?」


 図々しい質問だな……。

 年より難しいじゃん、それ。見た目から分からないし。

 あ、そういえばこの人軍服みたいなの着てるな。

 首にドッグタグぶら下げてるし。


「……軍人かなぁ。分からないけど――」

「――え? カチッキー知らないの? 堀口さんは転生庁の人だよ!」


 ……テンセイチョウ?

 なんだそれ。初めて聞く単語だ。

 珍しい蝶の名前かな?

 でも、職業の話してるしなぁ?



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