転生都市と転生事変

15 店内から見る景色と店外から見る景色は逆である

 ボランティアが終わり、二時間後。

 家で休息を取った私は、白髪の老人(酒井という名前らしい)のカフェでそれはもう凄まじい才能を遺憾なく発揮していた。

 家主である紘彰は、「疲れた」と弱音を吐いていたので今ここにはいない。なんと軟弱な奴だ。


「覚えが良いね、勝木君」


 今は電子マネーとやらの仕組みを教えてもらっている最中。

 なんかよく分からないが、お金がなくても支払いができるらしい。

 意味は分からないけどとにかく便利。


「そりゃ天才だからね」

「自信があるのは良いことだ」


 四角い画面のついた通信機械(確かスマートフォンという名前だったはず)を使って支払いを済ませる酒井。

 良く分からん。

 でもすごい。

 

「これが電子払い……!?」

「なにその原始人みたいな反応。ギャグセンスあるね、カチッキー」


 私と同じ立場であるバイトの西濱にしはまが隣で笑う。

 出会うなりあだ名を名付けてきたフレンドリーな女だ。

 多分、頭は悪い。間違いないね。


 ぱっと見はギャル。

 金髪にピアスに気崩した服というあまりにも見本みたいな格好だが、今のところ仕事ぶりは良い。

 生意気だ。


「……どうなってるんだろ」


 まあ、そんな女のことはどうでもいいのだ。

 今は電子払い。

 こんな便利なものが今は存在してるのか。

 魔力もないのにどうやって……?


「この機能がどうやって動いているかなんてのは、技術者に任せればいいんだ。理解する必要はないよ」

「……まあ、確かに」


 不満がないわけじゃないけど、多分ここにシステムを説明できる人はいないし、説明されたところで理解出来ないだろう。


「よし、とりあえずレジ関連で教えることはこれくらいだ。後は頼んだよ、西濱にしはま君」

「任せて、てんちょー」


 とりあえず、ここでは私の名前は『勝木』で通すこととなった。これは紘彰の入れ知恵だ。

 確かに『ディルナ』という名前は流石に怪しい。この名前がこの世界にそぐわないのは私でも分かる。

 そもそも兄妹という設定だし、紘彰から名前を借りるのは合理的。

 

「んじゃ、カチッキーこっち来て」

「おっけー」


 カチッキーというのも私の名前である。

 勝木という名前を伝えるなり、「じゃあカチッキーね!」という距離激近ムーブをかまされた。

 なんだこいつ。

 礼儀はどうした、礼儀は。


 失礼な小娘だが、カチッキーという呼び名は意外と悪くない。

 むしろ勝木という明らかに自分の名前じゃない呼び名より、カチッキーの方が親しみ深いくらいだ。


「んじゃ、説明するよ、カチッキー」

 

 以降の説明は距離の近い女がしてくれるらしい。

 名前は西濱……、なんだったっけ。

 最初に自己紹介を受けた気がするが下の名前は忘れてしまった。

 ニッシーと呼んでほしいらしいが、呼ぶかどうかは私の勝手。

 まあ、多分呼ぶだろう。


「さて、カチッキーに覚えてもらうのは洗い物。って言っても、食洗器に入れるだけだから食洗器の使い方くらいかな。使ったことはある?」

「いや、初めて見た」

「初めて見た!? 結構前からみんな使ってるけどなぁ。もしかして本当に原始人?」


 待て待て。違う、私は紘彰の妹。常識人。

 設定を守らなくては。


「いやっ! 違う違う。ちょっとこういう雑用とは縁遠い生活をしててね。あんま詳しいことは知らないんだ」

 

 やっぱり全部を正直に話すのは良くないのかもしれない。

 でも、どれが一般的で、どれが珍しいのか判断つかないんだよね……。


「じゃあ、どれをどこに入れるべきかってのだけを教えるね。見たらわかると思うけど――」




 



 一日だけの体験であるため、覚えることは意外と少なかった。そもそも私が非常に優秀であるというのもあるが、飲食店であるため基本的に技術を伴うお仕事が多い。

 酒井がやる仕事は酒井にしか出来ないため、私が代わることは出来ないというわけだ。


「んじゃ、開けますか」


 白黒でマス目の様な床。

 この床ならオセロやチェス盤として利用しても違和感ないだろう。

 ビンテージって言ったっけ。なんかそんな感じの古めのBGMが小さくかかった店内。

 完成された店内の雰囲気を堪能していると、カランコロンという音と共に玄関にかけられた『open』という文字が『close』に変わったのが確認できた。


 え? 閉まった?

 あ、店内から見てるから逆か。



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