14 あまりにも事がうまく運ぶと裏を感じるのが人間の性である

 公園からゴミ拾いを始めて三十分。

 目的地である『転生博物館』まではあと数分で着くというところまで俺達は足を進めていた。


 結局のところ、やっていることはただのゴミ拾い。

 しかも、俺達は最後尾であるため、メインであるゴミ拾いも大して経験していない。

 けれど、それでもなんだか不思議な満足感があった。


「何度も通った道だが、こうやって風景に集中してみると色んな発見があるな」

「思っても良いけどそれを口に出すと気持ち悪いよ、紘彰」

「……うるせえな」

 

 思っていたよりもゴミは落ちているし、その種類も単一ではない。

 社会問題の一端を覗き見したようで、不思議とテンションが上がる。

 これが、異文化を体験するということなのかもしれない。

 いや、異文化は言い過ぎか。

  

 考え事をしながら、配布されたビニール袋に、これまた配布されたトングでごみを入れていく。

 先頭を歩く老人達があまりにも元気いっぱいなせいで、俺のビニール袋はまだ満杯には程遠かった。


「……凄いな」

「元気だねー。私も相当元気な方だと自負してたけど、まだまだだよ」


 あれが規則正しい生活を送ってきたご褒美とでもいうのだろうか。

 年は俺より一回りも二回りも重ねているはずなのに、彼ら彼女らに疲れは見えない。

 凄まじい体力だ。


「いやー、でもあまりにも効率が悪いね。こうやって集めてその後分別して処理するんでしょ?」

「そりゃそうだろ。むしろそれ以外どうするんだ」

「全部消滅させてしまえば楽なのにな、って思って。いっそのことレーザーで道路の表面だけ焼こうか?」

「馬鹿なことを言うな。そんなのが出来るのはお前だけだ」


 頭の悪いことを言うディルナに呆れていると、先頭集団からゆっくりとこちらに近づいてくる紳士に気が付いた。

 見覚えがある。このボランティアの主催者だ。


「急にすまないね。ちょっと話がしたくなって。混ざっても良いだろうか?」

「もちろんです。こちらの失礼なお願いを聞いてくださったんですから、断る理由はありません」

「堅いね、紘彰。向こうが気さくに話しかけてくれてるんだから、こっちも気さくに話さなきゃ」


 こいつの脳みそには『礼儀』という言葉は入っていないのだろうか。

 いや、逆に気を使わないというのが彼女式の『礼儀』なのかもしれない。


「そうだよ、紘彰君。老人は労わるべきだが、若い者が極端にへりくだる、というのも良い事ではない」

「無礼講だよ、紘彰!」

「……それを言うのはこっちじゃないんだよ」


 やはりこいつに礼儀なんてもんはないのかもしれない。


「良いのさ。わしはただのボランティア主催者。それも形だけ。そんな老人に敬いなどは必要ない」

「ほら、主催者さんもこう言ってるし」

「……社交辞令だよ、馬鹿」


 白髪の紳士――ボランティアの主催者は、にっこりと笑う。

 綺麗に整えられた髭がその笑みをより一層映えさせた。

 おそらく俺が同じように髭を生やしてもこうはならないだろう。これが年季というやつだ。


「それにしても、よくこんなボランティアに参加しようと思ったね。一目瞭然だとは思うが、若者というのは非常に珍しいんだ。ボランティアってのは時間を持て余した老人がやるものでね。何か、目的でもあったのかい?」


 いや、そんなことはないだろ。

 時間を持て余した老人て。


「社会勉強の一環で来てるんだ。出来ればバイトがしたかったんだけど、バイトは飛び入りが難しいからね」


 過ぎた自虐をどう処理しようかと迷っていると、ディルナが既にディルナが会話を始めていた。

 こういう時は、こいつの無礼が役に立つ。


「飛び入りじゃないといけない理由があったのかい?」

「いいや、ないよ。でも思いついたことはすぐにやらなくちゃ。明日にしちゃうと、ずっとやらないかもしれないじゃない?」

「良い心がけだ。君は大成するよ」


 ディルナが、自分は再転生者だ、と白状してしまわないかとハラハラしたが、その心配はないようだ。

 礼儀は持ち合わせていないディルナだが、常識は持ち合わせているらしい。いや、礼儀は常識か。


「うわ、なにあれ! 透明じゃん!」


 ディルナの言葉に呼応するように、前方に目をやると目的地である『転生博物館』が目に入った。

 あの博物館に訪れたのはこの都市に引っ越して以来だろうか。

 改めて見ると、デザイン性に富んだ外観をしている。

 全面ガラス張り、正面玄関前に大きな噴水、博物館を囲うように掲げられた各国の国旗。

 

 見た目からは分からないが、あれは重要な施設。

 あそこには、この都市の歴史の全てが残されているのだ。

 紳士も博物館に気付いたのか、話題を変えた。


「おや、もう目的地に着くみたいだ。残念だがわしは最後に彼らをまとめる必要がある。楽しい話が出来た。では、また」

「ありがとうございました」

 

 にっこりと笑いながら、手を振る紳士。

 そのまま先頭集団に合流するかと思われた瞬間、紳士は振り返った。


「そうだ。君、バイトを探していたんだったね。今日だけで良ければうちで働いてみるかい?」

「え、良いんですか!」

「おい、断ることを覚えろ。明らかに迷惑じゃないか」

「良いんだ。もし迷惑だとわしが思ってるなら、わざわざ誘わない」


 迷惑だと思っているなら、誘うことなどしない。

 確かにその通りだ。理屈は通っている。 

 だが、ここまで親切だと裏を感じてしまうというのも事実だった。

 けれど、そんなことはディルナには関係ない。


「えーじゃあ、ぜひ!」


 ノリノリで応えるディルナ。

 どうやらディルナにないものは礼儀だけじゃないらしい。

 後で『遠慮』というものを教えておこう。

 そう心に誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る