12 現代世界は意外と迷い人に厳しい

 良く分からない言葉が聞こえた俺はさっさと寝転ぶことにした。

 こういう馬鹿に付き合うとろくなことにならない。

 突飛なことを言い出すやつはどうせ大して何も考えていないのだ。時間を置けば、すぐに忘れる。

 

 そう考えて、ネットニュースでも見ようとスマホを取り出したところだった。


「バイトがしたい!!!!!」


 再び耳に入ってくる騒音。

 さっきまでテレビを見ていただけだった無害の馬鹿が、急に牙をむいてきた。


「うるさい、休ませろ」


 あいにくこいつの面倒を見る余裕はない。

 俺はせっかくの休日を楽しむのに必死なのだ。

 これが災害か、なんて思いながらスマホを眺めていると一層声が大きくなった。


「バイトがしたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「……うるせえ」


 何処からそんな元気が出てくるのか。

 L字型ソファーの長い方に寝転ぶ俺を上から覗くディルナ。

 改めて見ると整った顔立ちをしている。

 しかし、だからといって譲りはしない。今日は休むのだ。

 

「ねえ」

 

 視界が揺れている。スマホを眺めている手が俺の意思に関係なく震えている。

 どうやら駄々をこねる子供の様に、ディルナが俺を揺らしているらしい。


「ねえー!」


 騒がしい同居人のせいで、集中力がどんどんと削がれていく。

 だが、所詮は朝のスマホチェック。大した意味もないし、そもそも集中力もほとんど使っていない。

 全く問題ないはずだった。


「聞いてる?」

「……聞いてない」

「聞いてんじゃん」


 しかし、全く意味のない朝のネットサーフィンだとしても邪魔されるのは意外と頭にくるものだ。

 放っておいてもこいつは諦めないだろうし、こっちが折れるとしよう。

 

「……当てはあるのか?」

「お、やっと聞く気になった? 良いじゃん」


 何様だこいつ、なんて思いながら体をゆっくりと起こす。


「……それで、当てはあるのか?」

「いや、ないよ。あるわけないじゃん。だからおすすめを教えてほしいんだよね」


 あまりの無計画さに開いた口が塞がらない。

 なんなんだこいつ。

 思考と口がリンクしてるのか。

 思いついたことは言葉に出さないと気が済まない性分なのか。


「……そもそもなんでバイトしたいんだ?」

「社会勉強だよ。さっきからニュース見てて思ったけど、私ってこの世界の知識が少ないでしょ? それに、時間が有り余ってるでしょ? じゃあ、バイトするしかないよ」

「適当な奴だな」


 別に選択肢がバイトしかないことはないだろう。

 選択肢がバイトしかないのは、お前の視野が狭いからだよ。


 そう思っても口にはしない。

 やる気があるやつに対して、やる気を削ぐ様なことを言うのは良いことではない。それくらいの常識は持ち合わせている。


 だが、手伝うかどうかは別の話だ。

 さっさと案だけ出して黙らせよう。


「難しくてもいいならコンビニが一番色々なことを知れるかもしれない」

「コンビニ!」

「何が琴線に触れたんだよ……」


 コンビニという単語にそこまで興奮する要素はないだろ。


「そりゃバイトといえばコンビニみたいなとこあるしね。テンション上がらざるを得ないでしょ」

「……いや、その気持ちは分かんないけど」


 確かにコンビニがバイトの王道というのは分からないでもない。

 けれど、だからといって共感できるかどうかは別。コンビニという言葉で興奮するというのは、やはり意味が分からなった。


「どうせコンビニは万年人員不足だ。やばいことをしない限りは、採用してくれるだろう。さっさと申し込んで来い」


 一見、ディルナがバイトを始めるのに何の障害もないように思えた。

 強いて言えばディルナの頭がおかしいということくらい。

 だが、問題はそこではなかった。最大の問題がディルナにはあった。



「でも、私戸籍的なのないよ?」

「…………あ、確かに」



 再転生者は別の世界から来た人間。

 そんな特殊な生い立ちの人間にきちんとした身分があるわけがない。

 

「身分証とか偽造できたりしない?」


 またアホなことを言い出したディルナに俺は頭を抱えた。

 


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