5 陰謀論なんて信じるやつはバカだ

 じゃあ、君が匿ってよ。


 目の前の少女が放った言葉の意味を俺は理解出来なかった。

 彼女は再転生者。人類の敵。

 俺はずっとそう教えられてきたんだ。


 俺が住むこの都市も、昔、再転生者によって破壊されたモノ。

 映像も残っているし、俺はそれを見たことがある。

 彼女は間違いなく化け物であり、人類の敵。


 人類の敵を匿うなんて有り得ない。

 それは疑いようのない事実であるはずだった。


 けれど、目の前の少女にその面影は見えない。


「どうしたの? 黙ってちゃ何も分かんないよ。私そんなにおかしなこと言った?」

「……ああ、おかしなことを言っている。言っただろ。お前は指名手配犯だ。俺が匿うメリットがない。そもそも――」


 ――お前は対話できる存在だったのか。


 そう続けようとして言葉を止める。

 こいつにそれを聞いてどうするんだ。こうやって会話が出来ることが何よりの証明。

 彼女とは対話ができる。これは間違いない。


「陰謀論なんて信じたくないんだけどな……」


 実は、人間は宇宙に行ったことがない、だとか。

 すべてを握っている裏の組織がある、だとか。


 馬鹿みたいな陰謀論はたくさんある。

 そんなものを信じてる馬鹿みたいな人間もたくさんいる。


 もちろんそれが悪いってわけじゃない。そういうオカルトだって立派な趣味だ。

 だが、俺はそういうのを馬鹿にしてきた側。

 現実を見ろよ、と冷や水をかけた側。


「何の話?」

 

 目の前で首を傾げる少女に再び目をやる。

 見た目は、ほとんど人間と同じ。周囲に能力らしきものの痕跡がなければ、俺には区別がつかなかっただろう。

 こんなの聞いてない。俺は再転生者ってのを化け物だって聞いて生きてきたんだ。


 目の前の再転生者を匿うということは大罪。

 分かっている。そんなことは分かっている。

 それでも。 


「――でも、気になるよ。君とこうやって真正面から話せるのならきっと何かあるんだ」 


 世界がこいつらを悪にしなければならない理由。

 こいつらが世界に悪影響を及ぼす理由。

 そして、こいつみたいな例外がいる理由。

 陰謀論じみたが、きっとある。 


 いや、もしかしたらこいつが普通で、災害とされている再転生者が例外なのかもしれない。まあ、でもそんなことはどうでもいい。

 俺はこいつのことが気になってしまったんだ。理由はそれだけで十分。

 

「君を匿うよ。殺すなら殺せ。どうせ命を懸けてまでやりたいことなんてない」


 直後、耳に入ってきたのは大きな笑い声。

 顔を上げると、目の前の少女が体を揺らして激しく笑っていた。


「殺すわけないじゃん。だって、私無一文だよ? それに常識だって知らない。私は、誰かと一緒じゃなきゃ生きていけないくらいか弱い存在」

「…………それもそうか」


 もっと話を単純に考えよう。

 目の前の少女はただ能力を使えるだけの人間。

 そして、俺はそれを養うただの一般人だ。

 前提知識なんて無視してしまおう。


「よし、そうと決まれば歓迎会だ。買出しに出かけようぜ」

「良いの? 警報ずっと鳴りっぱなしだけど」

「言っただろ。君が警報の原因なんだ。隣にいるなら何も怖がることなんてない」


 もちろん体調はすこぶる悪い。

 けれど、そんなことなんて気にならないほど、俺の好奇心は刺激されていた。

 とりあえず難しい問題は後回しにしよう。もし少女が噂通りの災害であったとしても、俺に出来ることは何もない。

 はなから俺に選択肢なんてないのだ。

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