10 悪さをすればすぐにそれは公となる。

 十分後、銀行に辿り着いた私達は現場検証を始めていた。

 本来、銀行強盗など『転生庁』の管轄ではない。

 しかし、再転生者が来訪したその日は別。

 再転生者の痕跡を転生庁に集めるため、様々な争いごとを転生庁が解決する。

 

「常に光ってて監視カメラは使い物になりません。二時間前くらいからずっと真っ白の画面です」


 真っ先に確認した監視カメラに有用な情報は無し。

 何かしらの荒事が起きたというのは確定したが、それ以外は何も分からない。

 というか壊れてたからエラーで映像が動いていなかったのか。


「まず間違いなく再転生者の仕業しわざだが、どういった能力なんだろうな。まさか監視カメラだけを狙って攻撃するわけじゃないだろうし」


 人類側は常に受動。

 再転生者が能力を発現させてから、目の前の対象が再転生者であることをようやく確信するし、相手の能力が何なのかを理解する。

 

 再転生者が来訪した大まかな場所や大まかな強さは分かっても、それがいったいどのような容姿なのか、どんな能力を使うのかは分からない。

 研究部門は何をやっているのか。さっさと特定能力を向上させてくれ。


「周辺の監視カメラ調べてみれば全部わかるんじゃないですか? それか――」


 私は、下に視線を落とし


「――ここで寝てる彼らに質問してみるとか」

 

 転がるフルフェイスを見下しながら、センパイに提案してみる。

 てか、こいつらなんでフル装備なのに這いつくばってるんだろ。


「彼らに事情聴取するのは確定事項。だが、どうせ大した情報は得られないだろう」


 彼らは自身に利があるように証言を行う。

 監視カメラが完全に使い物にならない、となれば彼らの証言の審議は判断出来ないだろう。

 そもそも彼らは罪人だ。その証言に信憑しんぴょう性はないといっても過言ではない。

 なんと使えない人間か。私を見習ってくれ。


「にしても、なんで再転生者は銀行に来たんでしょうね。こいつらに追われてきた、とか?」


 苦しそうにうめき声をあげるフルフェイスを私は足で蹴った。

 うるさい。思考の邪魔になるから少し黙ってて。


「おいやめろ。俺しかいないからと言って、そういう行動は慎め」

「はーい」


 返事はしたが、別に反省するつもりはない。

 確かに、私のやっていることは越権行為。

 いくらこいつらが罪人であろうとも、暴力を働くことは許されていない。

 

「まあ、でも通報する人がいなきゃね」


 私のこの悪行を明らかにする人間がいなければこの行動はすべて正当化されるというもの。

 幸いなことに、今は監視カメラも壊れている。

 やりたい放題だ。


「女のガキだった……!」

「ん?」


 悪巧みをしていた私の耳に入ったのは絞り出すような男の声。

 その声が足元から発されているというのに気づいたのは少し経ってからだった。


「……再転生者だよ。一瞬過ぎて分からなかったが、おそらく光を扱う能力者だ」

「興味深い話ですね。貴方たちは実際に再転生者と戦闘したってことですか?」


 再転生者と戦闘し、生還した。

 それが本当であれば、あまりに貴重なサンプル。

 無駄にするわけにはいかない。


「……そうだ」

「良く生きてたね。やっぱりある程度の銃器があれば再転生者も退けられるってことかな」


 ふむふむ、と頷く私。

 あまりに理解力が高くてやっぱ私って優秀だなあ、なんて思っているとセンパイが口を挟んできた。


「本当に再転生者は退けられたのか? やつが自主的に逃げたんじゃないのか?」

「どうなの?」


 しゃがんで顔を覗き込む。

 だが、その顔は黒いフルフェイスマスクによって保護され、見ることは出来ない。


「……分からない。俺達はやつの初撃でダウンしたんだ。それ以上のことは……」

「……使えな」

 

 何の役にも立たないじゃないか。

 銃器にフル装備のくせに何の情報も得られなかった、と。全く、何のために調達したんだ、その銃器。

 表向きには禁止されているこの国で調達するのは安くはなかっただろうに。


「にしても違和感がありますね」

「何がだ」

「だって、こいつらを撃退する際には能力を使ったんでしょう? それなのに逃亡の際には能力を使わなかった。再転生者マニュアルの前提が崩れてます」


 再転生者対策の基礎が載った本――再転生者マニュアル。

 様々な状況に対応出来るようにと作られたマニュアルにはこういった記述がある。


『再転生者は基本的に能力を出し惜しみしない。派手な能力であればあるほどその目撃情報は増大する。誰にも見られず逃げ続ける再転生者は存在しない』


 これは何も希望的観測を綴った文章ではない。

 きちんとした理論がある。


 実は、再転生者と我々人類の差は能力を使える事だけではない。

 知識の差が存在する。

 そして、これは別に『最新の技術について知らない』というようなクソどうでもいい話ではない。


「目標はわざわざ逃亡の際に能力を禁じた、と考えるのが普通です」

「……異常だな」


 そもそも我々は最初からこの世界に住んでいるからこそ『奴らは帰ってきた転生者』というのが確信出来る。

 しかし、転生者にとっては『もともと住んでいた世界に限りなく似ている世界』と区別することが出来ない。


 使


 だからこそ、楽をするためなら平気で能力を使う。

 直線で移動するために平気で浮くし、平気で明かりの代わりに炎を手のひらから出す。

 これによって、再転生者の目撃情報は尽きることがなかった。

 人類が受動的であってもなんとかなっていたのはこのためだ。


「この世界の知識を手に入れてた場合は厄介ですね。ほぼ百パーセント協力者がいます」

「……面倒なことになったな」

 

 協力者がいれば、再転生者にとってネックである衣食住が簡単に確保できる。衣食住、金銭があるのとないのとでは天地の差。


「ついに現れたんですかね。恐れてた洗脳能力者が」

「それだと目の前の惨状が説明つかない。こいつらも洗脳してしまえばよかった」

「何か条件があるとか?」

「かもしれない」


 目を合わせる、だとか、信頼を勝ち取る必要があるだとか、様々な条件があってこのフルフェイス軍団には洗脳が通用しなかった、と考えるのが普通。


 メンタリストとかも心が読み辛い性格の人間がいるって言うし、こいつらが運よくそうだったのかも。

 悪人だし。

 

「そういや、そんな例は見たことないですけど、ちなみに本人が自主的に再転生者に協力していた場合ってどうなるんでしたっけ?」


 わざわざ殺人鬼を家に招く人間はいない。

 自分が殺されるリスクを二十四時間受け入れるなんて常人の頭では耐えられないからだ。

 しかし、前例がないだけでそういった人間がいないとは限らない。 


「そいつが操られて協力していたか、それとも正気の状態にあったのか、ってのを判断するのは非常に難しいと思うが、もし本当に正気のまま再転生者に協力していたのだとしたら――」


 考え込むようなしぐさを見せるセンパイ。

 そんなセンパイから飛び出した言葉は私のテンションをありえないほどぶち上げるものだった。

 


「――国家転覆罪。確実に死刑だ」



 口笛を吹きたくなる衝動を何とか抑える。 

 確定死刑?

 なんだそれ。馬鹿なことをするやつもいたもんだ。


「良いっすね。転生震度八――過去最強の再転生者が協力者も手に入れた、と。早くそいつの顔を見てみたいものです」


 再転生者の能力を大まかに測る転生震度。

 零から十までの十一段階が存在するこれは、数字が高くなればなるほどその再転生者の能力が強力になっていくことを示す。

 

 過去最大は『第三転生事変』の六(第一転生事変、第二転生事変は転生震度実用化前なので記録なし)。

 そして今回は八。


 あれほど転生庁に緊張の糸が張り詰めていたのも納得の数値。

 そんな化け物が協力者まで手に入れている。


「そんなもんテンション上がらずにはいられないでしょ」


 世界が壊れようが知ったことはない。

 私は私が楽しむためにこの仕事をしているのだ。

 


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