9 役割を全うするためならば殺害も恐れない
いつ何が起こっても対処できるように緊張の糸が張りつめた部屋。
ほとんど全員が食い入るようにモニターを見ている。
せわしなく動き回っているのは、施設の外で風になびかれている旗のみ。
空気の読めていない旗は、けれどこの施設がどういったものかを示していた。
「……イライラする」
声を出すことすらはばかられる状況の中、小声で愚痴を言う女性が一人。
そう、私だ。
明らかに空気を読めていない場違いな女。
それが私だ。
しかし、誰一人として私を注意するものはいない。彼らには彼らの仕事がある。輪を乱す私を注意している暇などないのだ。
じゃあ、私はどうなのかと言われれば全くもって暇をしていた。
自分で言うのもなんだが、私は優秀。
新人の私に割り振られた仕事が少ないのもあり、現在、私はやることがなかった。
「……ねえ、センパイ」
机に突っ伏しながら、口を開く。
隣に座る私の上司は、私を一瞥しただけで返事はなかった。
生意気なセンパイである。
頬を膨らませて不満をアピールするが、センパイは気付かない。
「……ねえ、センパイ」
悔しいのでもう一度呼びかけてみる。
「……なんだ、堀口。分かるだろ、今は忙しいんだ。お前の面倒を見ている暇はない」
諦めず声をかけるときちんとセンパイから返事が返ってきた。
やはり努力というのは大事。
しかし、先ほどから、可愛い優秀な後輩として役割を果たしている私の偉大な名前を嫌そうに呼ぶとは何事か。
「ケチ臭いっすね……」
しかし、また返事はなし。
私の教育係――
モニターへ向く視線がこちらに変わる様子はない。
良いのかな? すねちゃうぞ?
「……」
無言の圧力とやらをかけてみるがやはりこれまた返事はなし。
まあ、実際に声をかけても反応がないのだから、視線だけで返事をさせるというのが無理があった。
いや、それにしてもやることがない。
このままでは気がおかしくなってしまいそうだ。
とりあえずガス抜きをしよう。
「だあああ! 暇です! そもそもこんな全力で待機しても意味なんてないじゃないですか!」
机を叩き立ち上がった私に、周囲の視線が突き刺さる。
しかし、すぐに皆が自身の仕事に戻った。
「うるせえぞ、堀口」
「センパイ、有名な標語があるじゃないですか。『我々は彼らに抵抗するすべを持たない。いかに彼らを避けるかが大事である』。彼らの出現が確認出来るまで、私たちにできることはない。当たり前の事実じゃないですか。この時間に意味なんてない」
机に突っ伏す私を、ため息交じりでセンパイは眺める。
「それは昔の話だろ。今は対策が全くないわけじゃない。出現した転生者は殺せる」
センパイは飲み物を口に含んで、再びモニターへと視線を移す。
さっきからずっと景色の変わらないモニターを眺めて何が面白いのか。
まあ、だからと言って他に見るものもないんだけど。
ため息を吐きながら、私もモニターへと視線を移した。
ここは転生庁本部。
再転生者問題が表面化された際に急ピッチで設置された庁だ。
確か、私が生まれてすぐ出来たような記憶がある。
だから、二十五年くらいの歴史があるはず。
局所的な範囲だけを担う施設だけど、その重要性ゆえに大きな権限を持たされている。
私がつまらないと吐き捨てた目の前の映像も、一般人なら見ることは出来ない代物だ。
まあ、だからと言って面白いわけではない。
私達、転生庁の主な仕事は大きく分けて三つ。
一つ目が、転生者予報や避難指示などの国民接待。
いや、接待は流石に嫌味が入りすぎか。自分たちは働いてますよ、と国民に主張するために
二つ目が、再転生者への対抗。
この世界へと迷い込んだ再転生者を殺害すること。
転生庁において、最も派手な職務内容で、花形といってもいい。
私や、センパイも主にここを担当する。
そして、最後の三つ目。
研究職と言えばいいのだろうか。
再転生者の弱点や特徴、その他大量のことを解き明かすことも私達、転生庁の仕事の一つだ。
まあ、かといって上に挙げた三つのことを並行してやるわけじゃない。ほぼ分業状態。私の様な戦闘員が他の仕事をすることはほぼない。足を引っ張るだけだ。
そうだな……。
一つだけ共通点があるとしたら、皆選ばれぬかれたエリート、ということだろうか。
まあ、私はその中でも突出したエリートなわけだが。
「にしても、暇だなぁ……」
ボールペンを回しながら、呟く。
どこの誰だか分からない人間のプライバシーを覗き見して何が楽しいというのか。
いや、もちろんこれは楽しむために監視しているわけではないのだが。
「ん?」
「……どうした、堀口」
「なんか一つ挙動おかしくないですか? あれちゃんと作動してます?」
所狭しと並べられた映像のーの一つ一つをきちんと見るのは難しいため、明らかな異常がなければすぐに気づくことはない。
しかし、私にかかれば些細な違和感もすぐに見つけることが出来る――と言いたいところだが今回は偶然。
方眼用紙のように並べられた映像の中、一つだけ微動だにしないものがあった。
キイィ――ィィ――ィンン
警報音と共に、皆が眺めていたモニターが赤色に染まる。
私の違和感を肯定するように、警報が鳴り響いた。
「お、来たっ!」
「出るぞ。準備しろ」
「出たくて出たくてうずうずしてたんです。もう準備なんてとっくに出来てますよ!」
警報に対して『喜び』というあまりにも不謹慎な感情を露わにする私。
しかし、これを咎めるものはいない。
あくまで転生庁は現実主義。倫理が欠如していようが、関係ないのだ。
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