8 転生先で食べれないものはなんだっておいしく感じる

 ふんふふーん、とご機嫌な鼻歌が耳に入る。

 鼻歌の主はディルナ。

 銀行で無茶苦茶やらかしたとは思えないご機嫌具合。

 呑気なやつである。俺はまだ心臓が激しく鼓動をうっているというのに。

 

 宝物を見つけたかのように目を輝かせているディルナではあったが、手に持っているのはお宝とは程遠い。

 極めて庶民的なものだった。


「どれもおいしそうだね、これ」

「そりゃ、おいしくないと売れないからな。イラストだって購買意欲を刺激するために工夫が凝らされてるだろうし」

「でも、たまに誰がオッケー出したんだってくらいまずいのもあるけどね」


 ディルナが手にしているのはただのカップ麺。非常に便利で、保存がきく代わりに体に悪い、という様々な側面を持った食物である。

 ディルナに「パーティーの品は何が良い?」と質問したところせっかくだからカップ麺を食べてみたい、との強い希望があったのだ。

 そうでもなければ初対面の人間にカップ麺をふるまうなんて狂人にはならない。


 というか、カップ麺でパーティーは成立するのか?

 疑問はあったが、ディルナが喜んでいるならそれより良いことはない。


「ちなみにおすすめはどーれ?」


 手のひらに収まるサイズのカップ麺を二つ持ってジャグリングするディルナ。

 中に入っている麺が容器とぶつかってコンコンと軽い音が鳴っている。


「ほれ。これとかおいしいぞ」


 おすすめのカップ麺をディルナの方へ放り投げた。ディルナは新たに増えたカップ麺もジャグリングしようとしたが三つはやはり難しいようであたふたしている。

 カップ麺をジャグリングするなんて行儀が悪いことこの上ないのだが、一生懸命やっているのを見るとなんだか微笑ましくなった。

 二分くらい試行錯誤した後、結局諦めて俺がおすすめした以外のカップ麺を袋に戻した。


「それじゃ、せっかくだしそれ食べようかな」


 お湯を沸かすためにキッチンの方へ向かうディルナ。


「やかんはどこ?」

 

 湯沸かしポットの前で首をかしげるディルナ。やかんではなく、目の前の機械でお湯を沸かすんだ、と思わずつっこみたくなったが、確かに初見だと分からないかもしれない。


「まあ、見ときな」


 一人暮らしを始めるにあたって確実にインスタント食品に世話になると確信していた俺に死角はない。レンジも湯沸かしポットもきちんと常備してある。

 「料理できる?」、なんて聞かれた日には「チャーハンにラーメンに唐揚げまで作れる」と回答する準備まで出来ていた。

 もちろん全部冷凍食品だ。


「これが現代のやかんだ。死ぬほど便利だぞ」


 言いながら、ポットを持ち上げて水を入れる。その後、セットした。

 電源を入れてその場から離れると、ポットの中身を興味深そうにディルナが見つめている。


「こんなのでお湯が沸くの?」

「見てれば分かるさ」

「……ふーん」


 納得いってなさそうな声を出すディルナ。確かに、見た感じ熱を発しそうにないポットで水が沸騰するというのは信じられないことかもしれない。

 けれど、見た目はやかんをリスペクトしているのだ。お湯を沸かす用途で使うものだ、と説明されてもさほど違和感はない気がする。

 

 少し待っていると、ポットの中の水が明らかに沸騰し始めた。泡がぽつぽつと浮かび上がっているのが分かる。

 ずっと眺めていたディルナが驚いているのが見てとれる。「おぉ……」と感嘆の声を漏らしている様子は子供のようだ。


「すごいね、これ! このまま注いでいいの?」

「水を沸騰しているだけだからな。遠慮なく使ってくれ」


 カップ麺の蓋を開いて今沸かしたばかりのお湯を注ぐ。じょぼぼぼぼとお湯が注がれる音は聞いててなんだか気持ちが良い。


「たいまー!」

「おっけ、まかせろ」


 のほほんとした呼びかけに応じて手元のスマートフォンでタイマーをセットする。

 机の上でカウントダウンするスマートフォンすらじっと見つめるディルナ。なんでも見つめるなこいつ、と一瞬不思議に思ったが、この世界に転生してきたばかりのディルナには全てが目新しく見えるのかもしれないな、と一人で納得した。


 るんるんと鼻歌を歌いながらアラームを待つ。

 まるで子供のような振る舞いになんだか親の気持ちになってしまう。

 自分にも子供がいれば、こんな感じだったのかな。なんて考えて首を振った。


「……まだそんな年齢じゃないっての」


 そもそも目の前にいるディルナはどっからどう考えても高校生以上である。そんな大きな子供がいるはずがない。

 俺はまだ社会人四年目だ。そんなやつが子持ちであってたまるか。

 自分を納得させる理由を探し求めていると、タイマーが鳴った。

 

「うわー、超おいしそーじゃん! ほんと久しぶりだなぁ」


 まるで雪山で遭難した時の様な感動を見せるディルナ。

 家にいるのだからカップ麺など腐るほど食えるし、むしろ俺なんか毎日カップ麺なんだけどなぁ、と思いはするがここでつっこむのは野暮というものだ。


 そんなことを考えながら、蓋を心底楽しそうに開けるディルナを眺める。

 ほどなくしてずずー、という麺をすする音が聞こえてきた。


「さいこー……! 染み渡るわ、これ」

「染み渡らせんな、体に悪いぞ」


 カップ麺をスープまで飲むのは明らかに体に悪い。

 

「おいしいんだから仕方ないよね」

「若いからって無茶してると後でツケが来るぞ」

「なに? 紘彰って私のお父さんなの? というか、そんなに変わんないでしょ」


 まあ、カップ麺のスープまで飲みたくなる気持ちは分からんでもない。俺もかなりの頻度で飲んでいた記憶がある。

 そもそも、カップ麺自体が体に悪いのだから今更気にするな、という話かもしれない。


「いやあ、おいしかった。やっぱカップ麺は最高だね」

「全部飲み干してんじゃねえか」


 机に置かれた空のカップを見てため息をつく。


「片づけが楽でいいじゃん。こういうのって実はそのまま流しちゃダメだったりするんでしょ?」

「言いたいことは分からなくもないけどな……」

「じゃあ、スープ飲むのは正義ってことで」


 ニコっといたずらっ子のような笑顔を浮かべながら、カップ麺の容器を洗うディルナ。


「まあ、自分で洗いものするならいっか」


 なんか文句を言ってやろうと口を開いたが、とりあえず今日は不問にすることにした。

 

 

 

 


 

 



 

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