7 物事を簡単に捉えすぎるのは良い事ではない

 銀行強盗。

 文字列としてはなぜか結構馴染み深いし、見覚えもかなりある。

 が、それを実際に体験したことがあるかと聞かれれば、そのほとんどは首を横に振るはずだ。


「なんだお前ら」


 開かれたガラスの扉から入ってくるフルフェイスの集団。

 彼らの手中に物騒なものが握られているのが遠くからでも分かる。

 きちんと扉から入ってくるんだな、なんて感心している暇はないようだった。


「君達こそなんなのさ。私たちはただ銀行を利用しているだけ。なにもおかしなことはしてない」

「……おい馬鹿。事を大きくするな。さっさと出るぞ」


 少女の袖を引っ張って、外に出ようとするが、動く気配がない。

 少女は俺を掴んでいる方の腕を振り、こちらを睨んだ。


「馬鹿は君だよ。なんで私達が正しいのに譲らなきゃならないの?」

「正しいことをするってのがいつだって正しいとは限らないからだ」

「……難しいことを言うね」

 

 正論はタイミングを選ぶ。常に使い続けていい代物じゃないんだ。

 少女と話している間にも、フルフェイスの集団は俺達を囲うように足を進めている。

 もう既に、ただでは帰してもらえそうにない雰囲気が漂っていた。


「お前ら自分達の立場分かってんのか? これが見えてないわけじゃないだろ」


 ハンドガン、だろうか。

 残念ながら銃器についての知識がないため、本物かどうかの判断はつかない。

 けれど、たとえモデルガンであったとしてもその力は絶大だった。

 本物かもしれない。そう思わせるだけで俺の足は止まる。


「分かってます。こちらとしては邪魔しないうちにこの銀行を出たいのですが、大丈夫ですか?」

「なんで私たちが遠慮しなきゃいけないの? 意味分かんない」


 先ほどから態度を変えない少女。

 威勢が良いのは良いことだが、TPOをわきまえた方が良い。


(おい、馬鹿。こういう時は、大人しくするんだよ。死にたくなければ俺の後ろに下がってろ)


 小声で語り掛けるが返事はない。

 少女は既に、意思を固めているようだった。


「まず、両手をあげろ。そして、その状態のままそこで待機だ」


 銃をこちらに向けたまま命令を出すフルフェイス。

 大人しく両手をあげて、その場で待機すると、頭が冷えてくる。


 拳銃を恐れて、詳しく見ていなかったが、やることがなくなるときちんと観察することが出来た。

 改めて数を数えると、フルフェイス軍団は合わせて八人。

 

「おい、手をあげろ。さっきから状況が理解できてねえのかガキ」


 フルフェイスであるにも関わらず、背丈や体格が違うのが分かる。

 顔と服装が同じでも、意外と区別がつくもんなんだな。

 こういった機会に恵まれないから知らなかった。


「うるさいな。そっちこそ立場分かってるの? 私が銃なんかでビビると思ってるならそれこそ思い違い。そんなもの脅しにすらならないよ」

「口が減らねえな。今すぐにでもその口をぐちゃぐちゃにしてやってもいいんだぞ!」


 どこかに飛んでいってしまった俺の意識は、男の怒号によって戻された。

 こいつを連れてきたのは間違いかもしれない。明らかに常識が欠けている。


「おい、待て! 抵抗するな! あいつらもう作業を始めてるだろ。終わるまでじっと――」

「――両手をあげろ!」


 怒号で再び両手をあげる。

 少女を抑えるために俺が冷静さを欠いてしまっていた。

 あげていたはずの両手はいつの間にかジャスチャーを始めており、視線もフルフェイスから少女へと移っている。


「……申し訳ない」


 分かるはずもないというのに、フルフェイスの顔色をうかがいながら謝罪をした。

 しかし、彼らはもう既に作業に移っているようで、両手を挙げて静止を続ける俺には興味がないらしい。


「お前もだ! さっさと両手を挙げろ!」


 ――爆音。

 聞いたこともないような大きな音と共に、床が抉れる。

 

「今度はお前に撃つぞ。これは偽物じゃない」


 言いながら、床に向けていた拳銃を少女に向ける。

 引き金に指はかかったままだ。

 

 なんでこんなことになってしまったんだ。

 ふざけやがって。長い物には巻かれろって言葉を知らないのか。


 こいつを囮にして逃げようか。

 そんなことを考えてしまうくらいには進まない現状に苛立ちを覚えてきたところだった。


「あー、もうめんどくさい!」

 

 瞬間、耳に入ってくる少女の叫び声。

 苛立っているのは私もだ、と言わんばかりの咆哮。


「おい、大人しく――」

「――目を瞑って!」


 閃光。

 目を焼く様な光が少女から放たれる。

 未だに従わない少女をなだめようとした口は最後まで言葉を紡げなかった。

 少女の忠告を理解するよりも早く、反射で目が閉じる。


「おい、まさかお前――」


 目を閉じて最初に耳に入ったのはフルフェイスの声。

 緊張が銀行内に走ったのが目を閉じたままでも分かった。

 

「自己紹介は必要ないみたいだね。なんか私この世界だと恐れられてるらしいし」

 

 先ほどとは違う、明らかに機嫌の良い少女の口調。

 目を開くと、まるで縛りから解き放たれたかのような笑顔の少女がそこにはいた。



「――再転生者か!」



 今度は、きちんと少女の方へと照準が合わさった拳銃。だが、引き金にかかった指は俺でも分かるくらいに震えていた。


「言ったでしょ。銃なんか脅しにならないって」

「強がってんじゃねえぞ!」


 発砲。

 きちんと少女を狙った弾丸は、しかしそれでも少女には届かない。

 少女の周囲に浮遊する光球が少女を守る。



「悪いことしようって奴が、偉そうにすんな!」



 少女の咆哮。

 直後、再び閃光。

 きちんと目を開いて、状況を把握しようとした俺の意思は一瞬で折れた。


「なんなんだよ、お前っ!」


 耳を割く様な乱射音。

 しかし、その全てが俺と少女に届く前に塵と化す。

 

「――あ?」


 カチ、カチと銀行中に鳴り響く哀しい音が間抜けなフルフェイスの声と重なる。

 それは、やつらの残弾が尽きたことを表していた。


「反省しろ、馬鹿!」


 再びの少女の咆哮、爆音。

 閉じた目を開くころには、フルフェイスは全員倒れていた。



 ◇


 

 うめき声が聞こえてくる。

 何が起きてこの結果になったのか全く理解出来なかった。

 確かなことは、目の前の少女が汗一つかいていないことと、先程まで威勢の良かったフルフェイスの軍団は一人残らずダウンしているということ、くらい。


「帰ってパーティーしよー」


 死んだように倒れるフルフェイスには目もくれずルンルンとご機嫌な少女。


「あ、そうだ。自己紹介してなかったね」


 少女は、俺の方を向き、握手を促すように右手を差し出した。


「私はディルナ。これからよろしくね」

「……ああ、よろしく」


 握り返しながら思う。


「……勝木紘彰。これからよろしく頼む」


 ――俺はやばいものを匿ってしまったのかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 




 

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