出会いと別れ
毎朝の道程に横たわって
「待ってくれ……。お前の父親は、俺たちを更生させようと、わざと生かしてーー」
父が仕留め損ねたであろう男たちを、殺虫剤で死に絶える虫けらの如く、
それから雨の日に注意を
「そんな……!」
しかし、ぼくが居間へ辿り着いた頃には手遅れで、事切れる寸前の父が腰を下ろして、
決死の覚悟をしていたのだろう。父は悪びれる様子もなく、結果として死を受け入れようとしている。健全に「チクショウ」とか「くそったれ」くらい言ってほしいものだ。
「よう、寝坊助」
ぼくに気付いて、いつものセリフを吐く。
それも最後だと思うと、胸がはち切れそうになり、あの頃のぼくは
「ちょっと、こっちに来てくれ。思うように身体が動かない」
ぼくは年相応らしく、父に抱きついた。
これは後で聞かされたことだが、父はニューヨーク市警の
単なる強盗殺人を装って、プロの殺し屋ではなくアマチュアに依頼し、このような中途半端な現場が生まれたというわけだ。
「ごめんな……」
「ぼく! お父さんみたく、悪いやつらと戦うよ!」
自分なりに精一杯考えた慰めの言葉。
父の意思を引き継ぐという、親子の宿命的な誓い。だが、結論から言って「ぼくはお父さんみたく」はならなかった。
大人になるにつれ、戦士として大義名分を司るも、少しばかり用途の異なる職業。つまり、法務行官ではなく平和維持の兵士に就き、世界を渡り歩いていた。
これには家族との
母は人殺しをさせてしまったと、ぼくに関して悔いるばかりか、良き夫を失って精神的に病んでいた。
ずっとそばに寄り添っても、過去の行いを悔いられていては、明るい未来がないと考えた。だから、あの日の出来事によって現在があるというやり方で、荒治療だが母には立ち直ってもらうことにしたのだ。
「おーい、アーロン」
この日の出来事は、よく覚えている。
二十歳の頃のものだ。軍のキャンプから離れ、人知れない木陰で一人読書をしていると、チャールズが駆け寄って来た。
その振りかざす
ぼくらのような特殊部隊に属する兵士はスマートフォンの持参が、
「やあ、チャック」
「ほれ、お前さん宛てに」
「わざわざありがとう」
「お袋さんの容態は、もう大丈夫なのか?」
「確か順調に回復へ向かってるって」
「よかった。俺も親父を癌で亡くしたから、自分のことのように心配なんだ」
アイサムを追っていて知り得なかったが、ぼくが去ってから母はストレスによって、過剰な飲酒や喫煙に苦しんでいた。その結果、確率的に肺癌を患い、だんだんと転移しているのにも気付かず、仕舞いには余命宣告を受けていた。
しかし、ぼくには余命宣告という部分は頑なに伏せられ、手紙にも癌を患っているけれど、先生が大丈夫だと言っていると記されていた。
当時の医学ではよっぽどのことがなければ、癌は致死を迎えるような病ではなくなっており、ぼくもそのような話を
それからも顔を合わせられない時が続き、やがて帰国した頃には、母はもう亡くなっていた。
ぼくに心配をかけまいとする。母の執念というか、精神的な強さには恐れ入った。父と言い、何故これほど死を
本音の話をすれば、人間らしく
それらを見れば、ぼくも死を
例え四肢が失くなろうとも、虫の息であろうとも、生き永らえれば未来はあったはずだ。
「何ボサーっとしてんだよ。読ませろ」
チャールズに手紙を奪われ、勝手に読み上げられる。これもちゃんと覚えている。
あなたを心より愛しています。
しかし、この手紙はあなたの元へと、本当に送り届けられているのでしょうか。
あなたは愛してると返事をしてくれません。
あなたの帰りとまで高望みはしなくとも、その言葉だけを待ち望んで、気づけば二年ほどの月日が流れました。なんだか、ごめんなさい。
こんな風に責めたくはないのだけれど、あなたの顔も見えず、声すら聴こえない世の中で、愛情を感じるには文字しか有り得ないのです。
どうか、私を愛してると書いてください。
私はそれ以外の言葉を望みません。
アシェリー・ノーベル。
「古風なラブレターだが、随分と哀しいね。なんだって、彼女を安心させてやらないんだ」
チャールズに問われ、ぼくは率直に答える。
「そんな気休めを言って、どうするのさ」
「おいおい」
「ぼくは世界的なテロリストを追っている。それがどれだけ危険なことか、彼女を巻き込んでしまう恐れだってあるんだぞ」
「そんなことは相手だって百も承知さ。あまり、妻所帯持ちを舐めるなよ。お前よりか、本質的に愛がなんであるのか知っている」
ぼくは、ぐうの音も出なかった。
「もっと正直になれ。個人的な人間らしく、我がままで幸せになろうとしろ。自分を
「幸せか……」
「彼女の信頼を裏切るな」
「ぼくにとって愛してるは、精神的に重くのしかかる。男性的なプレッシャーなんだよ」
ぼくは愛してるに続く、夫婦の関係を想像した。しかも自らの両親に重ねて、アシュリーを母と看做し、子どもにも悪影響を与える存在として、父である自分を思い描いてしまった。要するに臆病な玉なし野郎だってことだ。
「
ぼくの代わりに涙を流し、アシュリーからの手紙を折り畳みながら、チャールズは言った。
「本当に可哀想なのは、アシェリーだ」
「当たり前だよ。馬鹿野郎」
「それでもぼくを叱らないんだな」
「俺たちは親友だからな」
「ありがとう。チャック」
ぼくのような偏屈な人間は、社会で孤立して当たり前だ。なのに彼は寄り添って、適度な距離感で接してくれる。すごく良いヤツだった。
そういえば、ジェシー・ウィリアムズも、ぼくの表情を読み取るのが上手かったな。
もしかしたら、友人になれたかもしれない。
一度でも死んでみると、よく人生について考えさせられる。さてと、もう眠りに入ろうか。
この先は血で血を洗う。後味の悪い戦いしか起こらない。父さん。母さん。今行きます。
永遠の眠りに就くことを決めて、ぼくは考えるのをやめた。
アーロン おれれお @ore_enjoy
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