第15話 親身になれない他人同士
当時少年だった村長の目に、その夫婦はとても眩く映った。それほど体格がいいわけでもないのに村のどの男よりも力が強い旦那さんに、抜けるように色の白い美人な若奥さん。どこの国の騎士様とお姫様の夫婦なのだろうと思ったこともある。
この若夫婦は、村に多くのものをもたらした。薬草茶の煎じ方は、元はと言えばサラの祖母が村に広めたものだし、祖父は村の倉庫番を買って出て、当時の村の備蓄状況を当時最新の簿記技能でしっかり明確にした。村長にという声もあったが、余所者だからと辞退しているうちに、早死にしている。
「グレッグさんからは、何も聞けなかった。お前さんは聞いているのではないかな?」
当時は2人の事情を慮って深くは聞かれなかった。犯罪行為を犯している風でないことは暮らしぶりを見ればわかったし、それなら深く追及することでもないと判断された。50年も経っていれば全て時効だ。だから、今こそ教えてほしいと村長は思っていた。
「私は…何も聞いていません。祖母が死んだときは8歳で、両親が死んだときでさえ、10歳だったんだから…」
「何か、昔話でもなんでも、聞いてはいないか?なんでもいいんだ…!」
村長は知りたかった。グレッグがどこから来たか。なぜこの村に来たのか。
「…村のみんながよく話しているようなおとぎ話と詳細が違うものなら聞いたことがあります。けど、それの由来も、私は知らないんです」
教えてもらっていれば、どんなによかったか。祖父母や両親のことをしっかりと聞く前に、みんな逝ってしまった。そんなサラの声が聞こえたのか、村長も言葉に詰まり、それ以上は何も聞かなかった。
「…本当に、この村を出るのか」
「はい」
「この村に不満…は当然あるだろうな。だが、それ以上にお前さんはこの村に収まるものじゃない。収まっていいものではないだろう」
村長だって、サラのことを何も心配していなかったわけではなかった。あの夜、彼女の両親が死んだときは是非、我が家に引き取りたかったし、畑の収穫物だって、もっと引き渡したかった。だが、家を空けたくないというサラ自身の意見もあったし、みんなが被害を受けたという村民全体の意見を無視できなかった。サラだけを特別扱いはできなかった。そんな中でも、サラがたまに示す実力は、村だけでは持て余すものだと見抜いていたのだ。
「『ギルド』の方々が推薦したということは、サラにはそれだけの力があるということだ。我々は見向きもしなかったが…輝くものを、サラは持っている」
村長はサラの目を探るように見て、また協議員たちを見まわして言った。
「我々の役目…このトーラス村の存在意義は、このサラを送り出すことだったのだと、後の世に言わせるぐらいの活躍を祈ろうぞ。若鳥が村を出て大きくはばたくのだ。翼も持たぬ我々だが、せめて寿ぐぐらいはしよう」
「村長…」
「だがなサラ、『帝都』までの道のりを知っているか?かなり遠いぞ?」
「あっ…」
そうだ、それがあったとばかりに、サラは言いよどんだ。家には両親の遺した幾ばくかの金銭があるが、それで足りるだろうか…?
「そうだろうな。ならば、畑を売りなさい。村長の権限として、競売にかける。ただし、帰ってきたとき、何も残ってはいない」
村長はサラを試すように見た。サラは何も臆してはいなかった。
「それで足りますか?」
「マートン、お前さんがサラの家の畑を変えるとなったら、いくら出す?」
突然、水を向けられた協議員の1人マートンは、自分なりに一生懸命、見積もりを出した。
「そ、そうですね…金貨1枚でもいいなら、ウチでもなんとか…」
「金貨1枚あれば、人1人が1年暮らすには十分だ。この村の者ですら、それくらいは出せるのだ。無理があるが、貴族の荘園にできれば…」
この会話の中で、サラは村長を見直していた。いつも協議会の状況だけに意識を向けていた気弱な村長。そんな人が、あまつさえ村を出ると言っている人間に対し理解を示し、建設的な意見を出せている。サラが知らなかった人としての様々な知識を持っている。
「村長って、すごかったんですね」
思わず口を突いて出た一言に、村長は苦笑して答えた。
「今更、何を言っておるか」
その日から、サラの毎日は途端に忙しくなった。まず、彼女はトリコロイド子爵の領民であるのでその筋を通さねばいけなかった。退村の手続きだ。トーラス村など数か村を束ねる代官は子爵領本部とされる領主館に詰めているため、そこにサラが村長を伴って書類を持っていく必要がある。正直、サラ1人で何とかなるが道中護衛のために雇われたのが―――
「3年か、随分と経ったな」
フレッドの『クラン』だった。すでにA~Fと6階級から構成される『ギルド内ランク』の上から2番目、Bランクに属し、子爵領内では押しも押されぬ実力者となっていたが、トーラス村からの依頼が子爵館に出た時点でその任務を買って出ていた。
「随分と…きれいになりましたね」
「え、そうですか?」
サラを見たマリアは、驚きと羨望を兼ね備えた声を漏らした。サラ本人は家からも中々出てこないため知らないが、村の適齢期男性たちの間では美人かつ土地付きのサラに対する嫁取り競争がかなり熾烈だった。
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