第2章 帝都へ発つ

第14話 今日、彼女の人生が動き出す

 森での事件があってから、2年と数か月が経過した春のこと。トーラス村のサラは森で自分が生きていくために必要な1週間分の木の実や山菜を集めていた。村長家に預けてある自分の家の畑から分けられる食料は、成長して実質9か月分の量になっており、明らかに足りなくなっている。だから、彼女はこうして毎週、森で採集することを余儀なくされていた。


「別に畑耕せって言われても、今更なんでいいんだけど」


 晴耕雨読は普通の人が送る生活として理想的だが、あまり自分に合っているとは思わなかった。サラは1個のことに集中して、没頭してしまうタイプだったからだ。魔王であったころはいくつかの事務作業を並行して行うこともあったが、その必要もない今は安心して修行だったり瞑想に没頭していた。それで忙しいわけでもないが、畑の世話で精一杯になりたくもなかった。


「そういえば、『アカデミー』の就学可能時期って…」


 ほとんど3年前、『戦士ギルド』調査クラン所属のフレッドとマリアから渡された推薦状を紐解く。7月7日の『帝国神聖節』の3日後が入学試験日らしい。サラに渡された推薦状は、その日に魔法学教授のスクワート師へ渡されれば効力を発揮するとのこと。


「今年、もう3か月後かあ。別に15歳の年からならいつでもいいらしいけど」


 もはや、この村で生きていく意味もない。祖母も両親も死に、友人の1人もいない。魔法1つ使うにも入念な確認と偽装が必要な、不自由なこんな村には。


「お墓を残していくことだけが心残りだけど」


 祖母の墓は両親が、両親の墓は10歳のサラ自身が埋葬して作った。隣家のエイミーとその家族の墓も同時期に彼女が作ったものだ。今でも早朝に行う毎日の墓参りは欠かしていない。


「報告に行こう」


 サラは推薦状をしまい込み、墓地の方へと歩いて行った。




 墓地へ行ったその足で、サラは村長が詰めているはずの協議会所を訪れた。


「おや、サラちゃん。どうしたの?」


「こんにちは、おばさん。村長はいますか?」


 この会所受付のおばちゃんは温厚な人物で、サラの中では村の役職を持つ人物の中で一番まともな人間だと認識していた。あの時、ムーンベアに捧げられたサラのために絹を織ろうと呼びかけ、みんなから集めて服に仕立ててくれた人でもある。


「村長は今、協議会で話をしているよ。あと1時間ほどで終わるだろうから、お茶でも飲んで待ってなさい」


「はい、いただきます!」


 普通は家に帰されるところだろうが、受付のおばちゃんは懐が深い人だ。特に、サラに対しては甘いところがある。ムーンベアの騒ぎの時、『体格のある15歳以下の子供』と言えば彼女の息子だった。遅くに授かった大事な長男を取られそうになった彼女の心中は錯乱せんばかりだったが、それをサラが代わりを買って出てくれた。しかもどうしてか退治までしてきてくれたというので、それも仕方なかった。


「でも、どうしたんだい?村長に用事?」


「ええ」


 ハーブなど、薬草を煎じたお茶は『帝国』中に製法が広く知られた普及品だ。猫舌に苦労しつつ、サラはお茶を飲みながらおばちゃんとの世間話で時間をつぶす。

 やがて、会所で一番大きな部屋の扉が開かれ、中から10人程度の協議員たちが出てくる中に、村長も混じっていた。


「村長だ。おばちゃん、ごちそうさまでした」


「ああ、話が上手く行くといいね」


 サラは少々くたびれた様子のある村長に話しかける。


「村長、今、時間ありますか?」


「おお、サラ?あるが…」


 村長は外の様子を少し気にしている。太陽の位置から、日没までの時間を測っていた。


「うん、まあいい。どうしたのかね?」


「ええ、この村を出たいと思いまして」


 サラは率直に切り出した。村長はそう驚く様子も見せず、むしろ待ち構えていたかのように受け取る。むしろ、周りが色めきだっていた。


「なっ!サラお前、脱村しようとこともあろうに村長に!?」


「お前はこの村で子供を産んで育てるのが役目だぞ!」


 協議員たちがそれはそれは勝手な言い分をまくしたてている。だが、一般的な人類側の論理では、一部の都会に住んでいる市民以外、人は生まれた時点でその役目をある程度、定められている。それを抜け出すことは許されないことだ。農村ともなればそれはさらに厳しい、宿命のようなものだ。


「あなたたちの意見は聞いていません。『戦士ギルド』のフレッドさんと国教会の支部長でもあるシスターマリアから推薦は受けています。あとは、村を離れる許可を村長からいただくだけです」


「そうなのか、いつの間にだね?」


「ムーンベアの調査を切り上げて帰る日にです」


「そうか、そのころからか…」


 村長の脳裏に、サラの祖母を抱えて村にたどり着いた凛々しい青年―――サラの祖父グレッグの姿がよみがえる。当時10歳にもならなかった村長は協議会で村の大人が喧々諤々の議論をしていたことを覚えていた。駆け落ちのカップルを受け入れるのは難しいという声を、3代前の村長だった彼の父が覆し、受け入れたのだ。近隣の教会から神父を招き、ささやかな結婚式を開いてやったのもその父だった。


「お前の父方の祖父母は、どこから来たとも知れぬ。わしはかなりの身分だったと見立てておるが、それも捨ててこられては、仕方あるまい」


「そうだ!お前、村が受け入れてやったのにそれを無下にしようと…!」


「ここまで育ててやった恩を!」


「ちょっと黙っててくれ」


 村長はギロリと協議員たちを睨み、黙らせる。


「今こそ、わしはお前さんの一家に問わなければいけない。君たちは、いったい何者なんだね?」

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