第16話 手続きいろいろ、その1
サラと村長はフレッドのBクラスクラン『赤の9213連隊』に護衛され、子爵領本部の領主館へと出頭した。約2日、朝日が上る前に出発し、次の日の夕方前に到着という旅とも呼べないものだが、サラはクランの軍旅というものを目の当たりにした。
「思ったより、良いものが食べられるんですね♪」
「Bクラス以上は『帝国』全土で1000組程度ですから。田舎の『ギルド』にいても、収入はあるんですよ」
つまり、サラにとってのご馳走は、あくまでクランの経済的余裕に従った常の食事ということだった。
「いいなあ…」
「本気でやりたいなら、俺は歓迎するんだけどな?」
口を挟んでフレッドが勧誘してくる。この食事が味わえるなら、クランの生活も悪くはない…
「いや、『アカデミー』に行きますから!」
慌てて否定する。育ち盛りの食欲には負けそうになるが、それでも彼女の実力はBランクでも過ぎたもの。持て余されるのは目に見える。魔王として以外に人生経験のない小娘が上手くやれる保証は皆無。
「そうだな、そうした方が良い。君の力なら『アカデミー』にいて、『帝都』の任務でも楽々こなせるさ」
辺境よりも『帝都』周辺地域の方が楽な案件も、張り合いの出る案件も多い。それだけ事件事故の母数が大きいことから、競合も多いが、
「間違いなく、クラン1個に対しての任務数なら『帝都』はダントツだな」
そうこうしている内に、代官への面会希望が通ったという知らせが届き、サラはフレッドらに礼を述べた。担当代官とて、村の管理だけが仕事でないことが多い。時間を作らせるために、子爵領の有力者たるフレッドたちが目を光らせていたのだ。
サラは村長に連れられ、立派な内装が施された執務室に足を踏み入れた。村長自身、この部屋に入るのは20年近い村長生活で片手で数えるほどとのことで、緊張していた。
「面を上げい」
少し上ずった感のある声に促され、礼のために下げていた頭を上げると、細面の神経質そうな男が2人を睨み付けていた。
「娘。その方、退村を希望しておるとか」
やけに古めかしい言葉を使う人だと思ったが、サラは取り敢えず答えた。
「はい、『帝都』に行きたいと」
「身元保証人は騎士フレッドにシスターマリア。何だ、あの2人に賄賂でも贈ったのか?」
「賄賂ですか…?」
なぜいきなりそんな話になるのか、わからない。
「あの高潔を気取った戦士どもでも、贈賄の魅力には抗えんか、滑稽だな!」
何がおかしいのか、笑い始める。ひとしきり笑いこけた後、ひどく気分が良さそうに、書類に決裁印を捺して言った。
「まあ、いいだろう。何かあれば彼奴らの罪になる。私は悪くない。ああ、村は大丈夫なのだろうな?」
決裁された後なのに、いきなり話を向けられた村長は明らかに緊張の面持ちで答えた。
「も、問題ありません。元々、村からすれば余剰気味の人員でしたので。土地は村が買い求めたため、税収には…」
「違うだろ!ちーがーうーだーろ!」
代官は狂ったように喚き始めた。
「私が言っているのは、この娘1人を欠いて、村が今後どう変わるかなの!税収など、たかが知れてるものじゃなくて!」
良くわからないが、この代官なりに村のことは考えているらしかった。
「娘がいなくなれば、村の男に嫁の当てが減る!これきりならまだしも、続くようなら村は消滅ぞ!」
…いや、かなり、真剣に考えている。
「だ、大丈夫です!報告通り、未婚で適齢期男女の割合はこのサラを除きまして12と13!娘の方が多く、余る1人も薬師か産婆として身を立てさせます!」
「真だな?嘘はないか?」
「ありません!ないです!」
村長も必死に代官を宥め、どうにか納得させた。
どうにか話をつけて執務室を出た村長は、一気に老け込んでいた。
「なんか…ごめんなさい」
自分は何も悪くないと信じるサラも、ここまで気の毒な姿を見れば良心から謝ってしまわない訳にはいかなかった。
「うん…まあ、ああなるのは、予想はしておったよ…」
いつも村を気にかけてくれているのは良い。しかし、その表現方法が過激だった。
「大変でしたね、村長…」
念には念をで待機していたフレッドもあまりの悲惨さに思わず慰める。『仕事には熱心だが、感情のコントロールが下手過ぎる』というのが、周囲からあの代官に与えられた評価だった。
「でも、これであなたは何処へでも移住できるわ。あの人、割りと話が分かる方だったのですね」
「決して駄目じゃないけど、うーん」
イマイチ納得行かない。とんでもない上司とろくでもない下の突き上げ。村長も大変だと、残り少しの時間でも優しくしようと、決意するサラであった。
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