第2話 サラの身の上話

 この世界には、女神と男神、2人の主神が存在するとされていた。女神は自らの庇護下に、人間や野生動物、草花などそれほど魔力を有さないものを生み出し、男神は魔族や魔獣、魔力にあふれた存在を野に増やした。しかし、そもそも女神と男神の間に対立はなく、人類と魔族の縄張り争いに端を発する戦役、暗黒戦争時代が始まっても、人間側では男神を祀ることは禁止されず、男神に魔族の翻意を促す祈祷をする神官も多かった。

 そんな間柄だったために、女神と男神の間では常に事態の打開策が探り続けられていた。その中で採られた和解のための案の一つが―――


「我を人類にする。魔族を率いるべき魔王に人としての生活を送らせ、敵対心を無くす…」


 魔王サライの魂を女神の管轄に移し、女神の祝福を与えること。そして、神たちの本気を魔王に伝えるための方法として採られたのが、


「魔王に勇者の血が流れる肉体を与える、か…」


 魂は魔王サライそのもの、肉体は勇者サイラスの子孫。勇者の息子がさる貴族令嬢と惹かれあい、手を取り合って出奔し、トーラス村に流れ着いた結果がサラの家系だった。


「女神の加護。こうなるとわかっていれば断るべきではなかった」


 魔王は人間として転生させられる際にいくつかの条件を付けた。その一つに、女神が特に選んだ人間に対して与えられる加護の拒否がある。いついかなる時でも女神がその人生を見守り、なおかつ必要な手当てを受け取ることのできる権利を拒否したのである。彼には必要に思えなかったからだ。でも、


「こんなことなら、受けていればよかった…」


 後悔先に立たずという言葉はあるが、魔王はその意味を今まで体感してこなかった。いつも入念な準備の末に行動を起こし、必ず成功させてきた彼には後悔などする必要がなかった。しかし、それはその時間と余裕が与えられていたからできたことだったのだと、今になって痛感する。


「ううっうっ…」


 誰一人慰める者のいない家の中、サラは後悔にその身を押しつぶされそうになりながら、その日その日を暮らしていた。




 ある日のサラは、自身の内に秘められた魔力をコントロールする修行に精を出していた。魔王サライの魂を持つ彼女は、その魂に刻まれた『魔力回路』を引き継いでいる。魔力回路とはつまるところ、その魂が魔力を生み出すのに使われるモーターであり、エンジンである。その有無が魔力を扱えるか否かにつながっており、多寡は魔力量の絶対値につながる。そして、魔王サライの魂とは魔力回路であるといっても差し支えないもので、彼がデーモン族の中でも抜群の魔力を有したのは、代々魔王に伝わった魔力回路を受け継いだからだ。

 つまり、魔王として有する魔力回路こそが魔王の王冠である。それを引き継ぐサラは、他に魔王を名乗れる適任者がいない限り、今もなお魔王なのだ。とは言っても、彼女が出力できる魔力量は魔王サライ全盛期の4割程度。それでも通常の魔術師100人が一生をかけても貯めきれる量ではなく、人の身に余る力の扱いに苦労していた。

 さらに、もう一つ、彼女を悩ます魔力回路由来の問題があった。魔力回路には血族累代の魔法が込められていることが多い。魔力ある限り常時魔法防壁を発動する、魔道書や高位精霊の補助が必要な大規模魔法について魔力を通すだけで発動できるよう術式が込められているなど、様々な恩恵があるが、彼女の魔力回路には爆弾が隠されていた。


「『魅力』、『誘惑』…祖母由来の魔力…」


 ここでいう『祖母』とはサラの血縁ではなく、魔王サライの祖母である。サライが生まれた300年前ですでに絶滅寸前のサキュバス種族であった彼女は魔力回路に多くの催眠・幻惑系魔法の術式が含まれており、それがサライの魔力回路にも受け継がれ、サラもその力を扱える。ただ、現状では術式は常時発動し、本人が望むと望まぬとにかかわらず、他人を『誘惑』する力が垂れ流しになる。そのことを自覚したのが7才の年で、魔力回路を閉じて魔力を徹底的に絶つことでそれに対応できるようになったのが8才の年。今生の祖母が死ぬ2日前だったのはよく覚えていた。

 そんな状態なので、彼女の魔力回路は未発達だった。魔力回路は使えば使うほど魂になじみ、魔力の使用がスムーズになる。何も使っていない状態で魔力回路から魔力を取り出そうとしても、初級魔法も満足に扱えないことが多い。今、サラが行おうとしている修行は魔力を体に貯めた状態でも『誘惑』を使わないでいられるように、魔力回路の起動と記録された術式の起動を分けるものだ。


「体中を巡る生体エネルギー。魂が持つ精神エネルギーと掛け合わせて魔力は生まれる…」


 一概に魔力と呼ばれる力は、魂(人格)が生み出す世界に働きかける力、空想力が、実際にこの世で形となっている、人体の持つ力(体力など)と合わさって生み出される。そのため、体力があればあるほど魔力の許容量は多いが、その一方で魂の空想力が無いようでは、魔力は生まれない。その逆も然りで、魂と体の持つ力を合わせることでのみ、魔力回路が発動し、魔法を行使できる。


「ふう…」


 息を吸い込み、酸素が身体中を駆け巡るのを感じながら、サラは魔力を構築し始めた。

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