第6話 彼岸花 再会
“彼女のその姿を見て、僕は一瞬で恋に落ちた。綺麗な後ろ姿。彼女の事など何も知らないのに、ただそれだけで恋に落ちてしまった。その瞬間から僕の世界は貴方だけになった”
“綺麗な名前。それが彼の第一印象。その名の通り、菫の花言葉の通り、誠実で謙虚で控えめで奥ゆかしい。実際に話してみて、印象通りの人だと思って、そして彼の気持ちが私に向いていると思った瞬間、私は堪らなく幸せな気分に浸れた。貴方の顔を、声を、仕草を思いだす度に心が躍る”
「菖蒲さん、知ってますか? 彼岸花の花言葉」
「確か……再会、そして貴方を想い続ける……でしたっけ」
「そうです。あの小説を書いた作者、得に意味は無いって言ってたらしいですけど……」
「意味、あったんですね。たぶん今、ドヤ顔でふんぞり返ってますね」
「再会……僕らは高校に入って初対面でしたけど……ある意味では再会ですね」
「というと?」
「戦国時代から……時と世界を超えて……二人は出会ったんです」
「あぁ、菫君、やっぱり詩人ですね」
「……ありがうございます。あの時、レンが言えなかった事を……もう一度……」
「お願いします、菫君」
「……好きです」
「私も……」
僕と菖蒲さんは舞台袖で自分達の出番を待っている。あれから一か月間、菖蒲さんと演劇の練習を沢山した。メソッド演技というわけではないけれど、今なら僕らは演じれる気がする。あの二人の物語を。
私と菫君で二人の物語を紡ぐ。今なら分かる。決して主人公は悲劇のヒロインなんかじゃない。戦場でレンと再会した時、嬉しかったに違いない。たとえ今から殺し合う、そんな状況でも、愛しい人と出会えたのだから。これは傲慢が過ぎるだろうか。でもそう思わざるを得ない。だって私が今、そうなのだから。
月夜に照らされる彼女に恋をしたレン。一瞬で恋に落ちた。僕もそうだ。僕もそうなんだよ。彼女の後姿を見ただけで、一瞬で、一目で、もう自分でもどうかと思うくらい恋をした。もう彼女の事しか考えられないようになっていた。彼女と関わりたい、その一心で演劇部に入った。戦場に行けば彼女と会えるかもしれない。きっとレンもそう思ったに違いない。
「待て、待て、待て! 貴様、俺を謀るつもりか!」
「一体何を喋っている! 不埒な犬め!」
菫君と鍔迫り合いになる。この一か月間、私は剣道を菫君に教えようとしたけど、公隆が妙に張り切っていて、菫君を鍛え上げてしまった。私は嫉妬してしまった。私の菫君が公隆に取られてしまった。今私が抱いている憎しみは公隆への嫉妬。だからそれを菫君に向けるのは違うかもしれない。でも今はこれでいい。この憎しみを私は菫君にぶつける。菫君になら、安心してぶつけられる。
「……下らん、くそ、下らん……!」
僕はそのセリフを、あの地獄を思い出しながら吐いた。折角菖蒲さんと二人きりで剣道の練習が出来ると思ったのに、いきなり現れた執事にコテンパンにされた。せめて防具を着ろ、何故執事服のままなんだ。僕は本気で打ち込むぞ。でも結局僕はその執事服に一度も触れる事が出来ずに終わった。いつか必ず貫いてやる。その執事服を貫いて、膝をつかせてやる。
そして私は、宗は違和感を覚えた。レンの顔が頭から離れない。いつかの私のように。それは恋なんだよって教えてあげたい。でも、それは自分で気づくまでが幸せなんだ。それまでも、それからも、ずっとずっと相手を想って、幸せな気持ちに浸れる。私も宗も、いい人に巡り合えてよかった。菫君とレンに出会えてよかった。
「名は……お前の名は何と言うのだ」
レンを想う主人公。僕も、レンも同じ気持ちだった。もう一度会いたくて会いたくて仕方なかった。抑えきれない気持ちを月へと訴えかけるように、レンも主人公と同じように月を眺めたに違いない。小説にその部分は描写されていなかったけど、きっとそうだ。狼のような目をした男は、月を眺めて想い続けていたにちがいない。彼岸花、その花言葉のように。
「また会えたな」
そしてついに二人は再会した。血塗られた戦場で、殺し合いの場で。宗は、その時には既に自分の気持ちが何なのか気付いていた。でも殺し合った。二人で逃げる事も出来た筈なのに。あぁ、でもそれは出来ないか。だってこんなにも感情が高ぶっているんだから。私は戦い方しか知らない。それはレンも同じ。だったら、二人で一番得意とする方法で気持ちをぶつけ合いたいじゃないか。
「瀬々 宗汰!」
「レン!」
お互いにお互いの名前を呼び合いながら、刀を打ち合う。僕は小説でこの部分を読み返す時、何故か恥ずかしくて直視出来なかった。だって、二人はちちくりあってるようにしか見えなかったから。お互いの愛を確かめ合いながら、お互いの持つ技で自分をアピールして。どうか私だけを見てくれ。そうお互いに言ってるような気がして。
私も宗も同じだ。殺し合い、それ自体は恐ろしい行為だけど、今なら分かる。自分を殺そうとする相手は私しか見ていない。全力で、私を殺そうとしてくるレン。それは全力で私を、宗を見ていてくれる。嬉しい、これ程までに嬉しく、楽しい事があるだろうか。恋する相手に全力で見られながら、自分をアピールできる。もう本当に、ずっと、このまま時間が止まればいいのに。
「……終わりだ」
でも楽しい時ほど時間は早く過ぎる。僕はレン。この時、レンは何を思っていたんだろう。決まってる、好きな相手、恋した相手を斬る。それは覚悟していた事、むしろそのためにここに立っている。でも躊躇った。レンは躊躇った。いつまでも愛しい人の姿を見ていたくて。彼女には悪いけれど、その姿を目に焼き付けたまま死ぬことが出来たなら、どんなに幸せだろう。
私は、宗はレンを見つめる。その顔を、表情を。そのままのレンを目に焼き付けたまま、死を選んだんだ。もう反撃する気なんて無い。だって、今とてつもなく幸せなんだから。愛しい人の顔を見ながら、愛しい人に見つめられながら、愛しい人に殺される。それが幸せなんて、普段なら絶対に思わない。本当なら二人で逃げ出して、静かに余生を過ごすとか出来た筈なんだから。でもそれをしてしまったら、そう、勿体ない。勿体ないんだ。私達はこの瞬間のために、この道をひたすら歩んできたのだから。
「あぁ……俺はどこまで……」
レンは彼女の仲間に、事切れた筈の村井に後ろから心臓を貫かれた。セリフは中途半端な所で切れているけど、きっとレンはこう言いたかったに違いない。あぁ、俺はどこまで幸せ者なんだって。だって彼女の顔を焼きつけながら死ねたんだから。彼女には悪いけれど、一足先に退場するよ。僕を殺してくれた誰かさんには感謝しかない。そして本当に今更だけど、彼女には、生きていてほしい。
私は、宗は生き延びた。レンとの別れを超えて、いや、超えてなんかない。宗はずっとレンを想い続ける。小刀を大事に抱えているのがいい証拠だ。縁談の相手の武将が可哀想。でもきっと、私はレンに恥じない生き方を選ぶ。偉そうに言ってるけれど、今はそう思える。宗の心はレンの物だけど、それはあくまで男として生きていた頃の宗の心。あの時、男の宗は死んだんだ。レンが殺してくれた。小刀でお腹を刺して。今日から私は、鈴との約束通り女として生きていく。
そして、時と世界を超えて
僕は、私は、貴方を想い続ける。
※
「えー……では結果を発表する。ちなみに今回……選んだのは一組だけだ。じゃあ恨みっこなしだぞ。言うぞー」
一年全員の演技が終わり、私と菫君は部長の結果発表をドキドキしながら待つ。
まあ、結果なんてどうでもいい。私は菫君と、こうして……
「また……二人でしたいですね……」
小声でそう菫君が言ってきた。
う、うん! したいしたい! ちょ、部長はよ! 勿論私達だよね?!
「えー…………安藤と森永ペア」
「ふぉおおおおおお!! やったでござる!! よっしゃー! でござる!」
「おっしゃぁぁああ!! やったね安藤君! 女装した上で男装して、更に女の役とか難度高かったけど!」
……はい?
ちょ、安藤と森永って……二人共男やん!!
ござる男と女の子みたいな男! 第二話で名前すら出てこなかったモブに負けた!
「えー、二人とも演技はドヘタクソだった」
えー。
なのに合格なん?
「ただ、二人のメイクがかなり高レベルだ。お前等男子二人、メイク担当な」
「……はい? でござるか?」
「えっ、メイク担当?」
キョトン、とする男子二人。
女子を差し置いて男子二人がメイク担当とか釈然としないが、それは二人も同じようだ。
「誰もお前等が選抜試合で勝ちぬいたなんて言って無いだろ?」
「い、言った! 言ったでござるよ!」
「やかますぃ! では真の合格者を発表する」
真のって。
「……選抜試合、合格者は……」
そっと、隣に座る菫君が私の手に手を重ねてくる。
私はその手を、握り返した。
結果がどうなっても……私達はずっとこのままだ。
このまま……ずっと一緒に……
「花花コンビ。花京院、花瀬ペア」
この日、私は人生で初めて、心から、お腹の底から、喜びの声を上げた。
宗とレン、二人が私達を見守ってくれているような気がした。
菖蒲と菫 Lika @Lika-strike
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