第5話 あなたを思い続ける

 部活の途中で、菫君が突然帰ってしまった。

 突然どうしたんだろうか、もしかしたらお腹が痛かったのだろうか、子熊をモフりたかったんだろうかと色々と考えてはみたけど、結局あの質問が頭の中で堂々巡りしている。


『好きな人、居ますか?』


 超赤面しながら私に尋ねてくる彼。

 そのあと、私がどういう意味かと聞き返すと彼は逃げるように帰っていった。


 もう、これは決定では……?

 自意識過剰とか、そういうのすっ飛ばして、もう決定では?


 菫君は……




 ※




 自宅マンションへと戻ってきて、部屋の中へと。すると玄関に見慣れた靴がある事に気が付いた。

 この靴は……


「……姉さん?」


 どうやって部屋の中に……このマンションは私のフェイスIDとロックコードの二重の施錠がしてあるののに。いくら双子だからと言って、フェイスIDが……いや、双子だから解除出来てしまうのだろうか。


 リビングへと足を向けると、そこにはソファーでお嬢様学校の制服を着たまま眠る女の子の姿。

 私と瓜二つの、双子の姉。花京院 なつめ


「姉さん、姉さん、こんな所で寝ないで……風邪ひいちゃう……」


 私は姉の肩をゆすって起こそうとするが、なんだか夢の中で余程楽しい事をしているのかニヤついた顔で起きない。


「姉さんってば」

「んー……菖蒲……いっしょに……おふろ……」


 寝言で姉がそんな事を言いだした。

 そういえば私が家を出るとき、姉と大喧嘩してそれっきりだ。もしかして心配してきてくれたのだろうか。


「……姉さん、お風呂はいる?」

「……はいりゅ……」


 もしかして起きてるのか? と思うくらいに、夢の中の姉とコミュニケーションが取れる。

 私はレスリング仕込みのキントレよろしくの如く、姉をお姫様抱っこ。

 そのままお風呂……ではなく自分のベッドの上へと。


「子供じゃないんだから……」


 そのまま制服も脱がしに……って、なんだこの制服。一見教会のシスターっぽいワンピース型の制服かと思いきや……上下同色のセーラー服だったのか。おら、とっとと脱げ! 下着姿拝んでくれる!


「……いや、えろえろだな、この人……」


 思わず素で喋ってしまった。

 この小説がR18指定なら詳しく説明するが、残念ながらそれは出来ないので、とりあえずえろえろな下着とだけ伝えておこう。妄想力豊な皆様なら分かるはずだ。ちなみに色はピンク。


「はぁ……なんで私が姉の着替えを……パジャマパジャマ……」


 そのままタンスから自分のパジャマを。双子なんだから着れる筈……むしろ私の方が身長高いくらいだし。


「あやめ……?」


 その時、姉が目覚め私の名前を呼んできた。

 ベッドの上で可愛く目を擦る姉。まるで鏡を見ているかのような……いや、自画自賛したみたいだ。姉を可愛いと言うと自分のことも可愛いと言ってるようなものだし……


「姉さん、おはよう」

「おはよう……ってー! 遅い! あやめ遅い!」


 あぁ、うるせえ……


「姉さん、遅い遅いって、私は定時帰宅ですよ」


 ちなみに現在の時刻は午後七時。部活が終わるのが午後六時で、そこからなんやかんやして帰宅するのに一時間程要する。


「遅い、遅すぎる! 門限は午後五時半のはずよ!」

「それは中学生の時の話でしょう? もう高校生なんですから……部活だってあるし……」

「部活? あやめ、部活とかやってるの?」

「……? 姉さんはやってないんですか? 折角の高校生活なんですから、部活くらい……」


 と、その時……なんか姉が泣きだした!!


「って、ええええ! 姉さんどうしたんですか!」

「うぅぅぅぅぅ! あやめばっかりずるい……私だってもっといろいろしたい……」

「すればいいじゃないですか。姉さんの学校だって部活くらい……」

「ダメって言われるもん……お父様が……。寮でみんなと寝泊まりするのもダメって……」


 そうだったのか。

 まあ、私はそんな父をフっとばして今の高校に来たからな。まあ、我ながらその判断は正しかった。しかし変わりに姉が生贄となってしまったのか。きっと父は私が居ない代わりに姉を鳥籠の中に閉じ込めるが如く拘束しまくっているのだろう。


 そうなると……今ここに姉が居るのが気になる。


「姉さん、じゃあここに居ていいんですか?」


 フルフルと首をフル姉。

 駄目じゃん。


「戻らなくてもいいんですか?」

「いい……あやめと一緒にここで暮らす……」


 いやいやいやいや、んな事したらパパ殿が攻め込んでくるって。

 ついでに私も連れ戻されるかもしれない。姉には悪いが生贄を捧げ直すしか……。


「あやめばっかりずるい……私も一人暮らししたいぃぃぃ」

「無茶言わないで下さい。姉さん……バナナの皮も剥けない超不器用じゃないですか。炊事洗濯出来るんですか?」

「あやめにまかせる……」


 おいこら。


「今だって……いつまで下着姿で居るんですか。ここに泊まるつもりなら、せめて着替えくらい……」

「あとで公隆きみたかがもってくる……」


 公隆?! あの超うぜえ執事?!

 あいつ来んの?! というか、そういえばまだ最初に抱いた疑問が解決されてない。


「姉さん……どうやってこのマンションに入ったんですか?」

「入口で困ってたら……大家さんがあけてくれた。あやめだと思ったみたい」


 大家ぁ! ちゃんと身分証明しろ! ま、まあマジでクリソツな双子だから仕方ないかもしれないけど……。と言う事はマジでフェイスIDはクリアしたのか。パスコードもバレただろうし……もう姉はここに入りたい放題……まあ、別に構わんのだが。


 しかし執事が来るのは避けたい。

 仕方ない、ここは全力で気まずい空気を作ろう。


「……? あやめ、なんで脱いでるの?」

「姉さん、暖房利かせますから、しばらくその恰好で」


 そのまま私もベッドへと腰かけ、姉に向かって両手を広げる。


「姉さん、おいで」

「ふぉぉぉぉぉぉ! あやめしゃん!」


 お互い下着姿のまま抱き合う双子姉妹……。

 ここに男が居たら鼻血吹き出す事間違いないだろう。

 そう、例えば……菫君とか……。


 ぅ……菫君は……本当に私の事を……


「姉さん、今日ね、男の子に好きな人居ますかって聞かれたんだ……どう思う?」

「んー……あやめ、モテモテー……流石私の妹……」


 私に頬ずりしながら姉は甘えてくる。

 成程……やはり姉も同意見か。菫君は私の事……


 やばい、なんだこれ。菫君の事を考えると……萌え萌えきゅんきゅん……


 いやいやいやいや、チョロすぎないか、私。

 こんなんで……恋に落ちちゃっていいのか? いや、これは恋なのか?

 

 分からない……でも頭から菫君の顔が離れない。

 

「ぁ、公隆きた?」


 私と姉がいる寝室にもインターホンが鳴り響いた。

 そのまま私はスマホから開錠し、公隆を招き入れる。


 クックック……堅物執事め、可愛い双子お嬢様が下着姿でじゃれあってたら……困るだろう!

 そのまま追い出してくれる! 


「……? あれ?」


 なんか……公隆来ないんだけど。あぁ、流石にいきなり寝室には入ってこないか。

 まあでも探す筈だ。それまでここで待ってるか……いや、お腹空いたな……お風呂も入らなきゃだし……


「あやめぇー……」


 そのまま姉に抱き着かれたまま横に。

 暖房も効いてきて……なんか眠くなってきた……あぁ、やばい……まだお風呂にも入って無いのにこのまま寝るわけには……


 駄目だ……落ちる……




 ※




 やってしまった。

 何をやってしまったかって、本当にあのまま熟睡してしまった。

 時計の針は既に朝の五時を指しており、なんかキッチンの方からいい匂いもする。


 私はコアラの如く抱き着いている姉をひっぺはがし、バスローブだけ羽織ってリビングに。

 リビングとキッチンは繋がっており、カウンターの向こうにはエプロンを付けた中年白髪執事が。


「おはようございます、菖蒲お嬢様」

「おはようございまふ……公隆さん……」


 あぁ、もうしっかり朝食の支度が整ってる!

 なんて出来る執事……最近めんどくさくて朝食なんてトースト一枚だったけど、今はもうリビングのテーブルには高級ホテルよろしくな食事が……!


「昨夜はお疲れのようでしたので。しかし入浴くらいはした方がよろしいかと。すでにそちらの準備も整っておりますが、どちらにされますか?」

「え? どちらって……」

「入浴か、お食事か、それとも……」


 こ、この流れは!

 それとも……


「それとも、お説教か」


 ぎゃー! なんで!


「わ、私、何かしましたでしょうか……もしかして、下着姿で姉と絡み合ってるのを見せつけて困らせよう作戦がバレバレだったのですか?」

「そんな恐ろしい事を企んでいたんですか。しかし違います」

「も、もしかして……冷蔵庫の中に飲み物と調味料と下着しか入って無いからですか?!」

「貴方はどこのオッサンですか。何故下着を冷蔵庫に……いえ、しかし違います」

「まさか……一人暮らしを始めた夜に、ピザを注文して一人でLサイズ平らげたのがバレたんですか?!」

「よく食べれましたね……しかし違います」


 ええい、何だ、何なのだ! 何にお怒りなのだ、この執事は!


「昨夜、何故開錠なされたのですか?」

「へ? 何故って……公隆さんが来たからじゃないですか」

「私はインターホンを鳴らしただけで、名乗ってすらいません。カメラで確認も出来なかった筈ですよ、隠れてましたから」


 なにしてんだコイツ。

 

「菖蒲お嬢様、貴方は花京院家のご令嬢なのです。堅苦しいと思うのは分かりますが、ご自分の立場をわきまえてください」

「ぅ……い、家の恥さらしと言われた私でも……ですか?」

「旦那様は私がしっかりと説教……もとい説得致しました。今からでも遅くはありません。お戻りください」


 説教って。

 そういえば父と大学時代に同期だったと聞いている。

 一体どんな流れで執事になったのかは知らないが、父に説教なんて出来るのはこの男くらいだろう。


「……高校は? 入学したばかりなのに転校ですか?」

「ご心配なく。そのままで構わないそうです。その点に関しては私は感心しているのですよ。ご自分で貴方は道をお選びになられたのですから」


 いや、そんな大層な理由無いんだけど。

 ただ演劇部に入りたかったってだけだし……。


「わかりました、それなら……」

「だめぇー!!」

 

 その時、姉が私の背中に抱き着きついてきた!

 ってー! お前服着ろよ!


「ダメダメダメダメ! あやめは……ここに居た方がいいの!」


 下着姿のまま抱き着いてくる姉。ぁ、公隆さん一応後ろ向いてる。可愛い所あるじゃないか!


「だって、だって……あやめには好きな男の子がいるんだから、ここに居た方が色々出来て便利なんだから!」


「……は?」


 ぁ、やば……




 ※




 それから姉と一緒に御風呂に入って、朝食も頂いて……今日は公隆さんが車で学校まで送ってくれる。

 しかし公隆さんは当分私のマンションに住み込むらしい。姉さんが余計な事言うから……。


『ボーイフレンドですか。青春ですね、是非ご招待してくださいませ』


 あれ絶対、何かするつもりだ。っていうかボーイフレンドじゃないし。今はまだ……


 いや、今はまだってなんだ。

 私は……


「菖蒲……さん! おはようございます……」


 正門をくぐったその時、横から声を掛けてくる例の男の子。

 勿論、菫君だ。私はその顔を見た瞬間、頭の中に花畑が咲き散らかるのを感じた。

 簡単に言うと滅茶苦茶嬉しい。

 何故こんな風になっているのか。自分でも良く分からない。


「……おはようございます、菫君」


 あの小説の主人公も……こんな気持ちだったんだろうか。

 戦場で再会した時、彼女も今の私と同じ気持ちだったんだろうか。


「き、きもちのいい朝ですねっ!」


 ちなみに空は曇っている。

 お決まりの展開とセリフに、私は思わず笑ってしまう。

 あぁ、なんでこんなに幸せな気分なんだ。恋愛小説では、恋とはもっと苦しい物だと書かれていたのに。


 私はなんでこんなに幸せなんだろうか。


 もう、言ってしまおうか。


 今私は幸せだ。菫君とこうしている事が、とてつもなく幸せだ。


 私は菫君の事なんてまだあんまり知らない。

 でも菫君とこうしていると幸せなんだ。

 これは間違いなく恋しているんだろう。我ながらチョロすぎる。


 菫君は私の事を好いてくれてる。それが堪らなく嬉しい。自意識過剰なんて思いもしない。


 だから私も……


「菫君、私……菫君の事が……」

「……っ! す、好きです!」


 ……?

 世界が止まる。

 どこぞのスタンド使いが技を繰り出したかのように。


 間違いなく世界は止まっている。

 だって登校してきた生徒は全員、動きを止めてこちらに視線を注いでいるのだから。


「……ぁ、いや、その……」


 菫君は顔を真っ赤にしつつ、その場で踏みとどまる。

 きっと逃げ出したいに違いない。でも菫君は必至にそこに居続けてくれる。


 やばい、なんだこれ。

 今の一瞬で……本当に気持ちのいい朝になった。

 曇った空なんて凌駕して、全部吹き飛ばして、今まで世界にかかっていたフィルターが全部取れたみたいに。


 私の世界が一瞬で変わった。

 一瞬で……。


「菫君……」


 私は菫君へと一歩近づく。

 全身を震わせながら、今にも泣きだしそうな顔の菫君。

 男らしくはないだろうけど、決して情けないわけでもない。


 あぁ、私チョロすぎるだろ。

 もう、菫君の事が……愛しくて仕方ない。


「私も……好き」


 その一言が。

 たったその一言を菫君に伝える事が出来たのは……


 きっと、今朝の美味しい朝食のおかげだ。




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