第4話 ペア結成!


 私に声を掛けてきたのは、一年の中でも特別大人しい男の子。

 しかし私はその子の名前に興味を引かれていた。綺麗な名前だから。


 花瀬 菫。名前だけ聞いたら女の子に居そうな名前。

 しかし彼は男子……確かにちょっと可愛い顔はしているが、まぎれもなく男子。


 想像してみてほしい。

 菫君が社会人になって、ビシっとスーツを着こなして、先輩に「おい、菫」と呼ばれている場面を。

 なんか……先輩との新たな展開が芽生えそうで……!


「あの、花京院さん? どうしたの?」

「ぁっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してました」


 アカンアカン、菫君でBL妄想しそうになってしまったぜ……。

 

 ちなみに今は部室でペアごとに別れ、渡された台本と小説の本文に目を通していた。

 ふむぅ、小説は……まあ、なんか先輩方が言ってた通り、エグイ内容だな。最後に男の方死んでるし。


「菫君、全部読みましたか?」

「ぁ、はい。というか……花京院さん、僕の事苗字で呼んでいただけると……」

「菫君? 菫君は、菫君では嫌なんですか? 菫君」


 ズイズイっと顔を寄せて尋ねてみる。

 むむ、なんだか顔が面白いくらいに真っ赤に……もしかして風邪か? 風邪なのか?


「いや、その、いやっていうか……」

「菫君、風邪ですか?」


 そのまま菫君のオデコの前髪を手で上げつつ、自分のオデコをごっつんこ。

 ふむ、熱いっちゃ熱い。


「ふぉぁぁぁあ! な、何、何をしますのん!」

「いえ、古来より伝わる確認方法ですが……ご存じありませんか?」

「し、知ってます! だからってやらないでください!」


 駄目なのか。私は父に良くこの方法で確認されてたんだが。

 というか風邪なら早く帰った方が……


「あの、花京院さん」

「……」


 なんとなく、花京院……と呼ばれたので無視してみる。

 ふふふ、私の名は菖蒲あやめ! 私も菫君の事を菫君って呼ぶんだから、名前で呼びなさい! 菫君!


「……あの、えっと……あ、あやめしゃん……」

「はい、あやめしゃんですよ」

「か、噛んだだけですっ! ごめんなさい!」


 噛んだだけか。あやめ“しゃん”って可愛いのに。

 

「ところで菫君、台本と小説はもう読みました?」

「あ、ごめんなさい……よ、読みました……」

「どうですか? 出来そうです?」


 正直……私はイメージが全く湧かない。

 これを自分達が演技すると言われても、何をどうすればいいのか全く分からない。

 私は演技の才能が無いのか……それともただ頭が追い付いていないだけなのか。


「僕は……男の方ですよね。初めて花京院さん……じゃなくて、菖蒲さんと出会うのは……暗殺しに行ったときですね」

「そこでお互いに一目惚れしてしまうという事ですね。私はまだ一目惚れって経験ないんですが、菫君はありますか?」

「ひぃ! ぼ、ぼくは……あ、あります」


 なんと。

 菫君は経験者だったか!

 よし、その話を詳しく。


「どんな感じですか? 一目惚れって」

「え、えっと……その……」


 むふふ、恥ずかしそうに目背けおって!

 やばい、なんか楽しくなってきた。菫君の恋物語を……これを機に丸裸に……


 いやいや、趣味悪すぎる。あんまり突っ込みすぎると嫌われてしまうかもしれんな……


「そういえば、これ読んでて思ったんですが……私の役の女性は、自分の事を男性だと思ってるんですよね? でもぶっちゃけ気付いてますよね、自分が女だって」

「そ、そうですね。父親の期待に応える為に……なりきってるって感じします」

「でも父親はなんか……息子として育てたのに、今更娘として扱おうとしてる節が……」

「たぶん、自分の奥さんに似てきたって言ってますから……今更罪悪感が芽生えたのかと……」


 ふむぅ、なんて勝手な。それなら最初から普通に娘として育てていれば良かったのに。

 

「でも、僕は父親は娘の事を大事にしてるって……思います。戦に行かせたくないって、今更とは思いますけど……」

「そうですね。でも娘の方は頑なに男性であろうとして……」


 つまり私は男でありたい女性を演じよと。

 なんだコレ、さらにイメージ沸かん……。


「菫君、私……どうすればいいと思います?」

「へ? え、えっと……カッコイイ女性を演じれば……」


 カッコイイとな?


「きっとカッコイイです、この主人公。幼少期に男として育てられて、たとえそれが親の敷いたレールの上だったとしても……自分はこの道を行くって決めて走り抜けて……」


 ふむ。なんか菫君……


「菫君、詩人ですね」

「え?! ぜ、ぜぜん! そげなことなす!」


 ふむ、君は何処出身なのかな?


「……僕は好きです、この主人公。菖蒲さんにピッタリだと……って、ひあぁぁ! すみません!」


 いや、何で謝るん?


「どうしたんですか、菫君」

「な、何でもないです……なんでもないですから!」


 ちょっと情緒不安定だな、この子。

 まあ、とりあえず私はカッコイイ女性……男になりきってる女性を演じればいいのか。

 じゃあもう男として振舞っちゃっていいのだろうか。しかし私の中の男性像といえば……父親しかいない。父親になりきれと言われてもな……


 むむ、待て、男性ならここに居るじゃないか。

 菫君を参考にすればいいんだ!


「菫君、私、男性の事ってあまり知らないんです。今まで女子ばかりの学校でしたから。なので菫君を参考にしていいですか?」

「え?! ぼ、僕をですか?!」

「はい、菫君を参考にして、男性の部分を演じます。そうします」

「いや、ちょ、僕は……あんまり男らしくないというか……」


 ふむぅ、確かに菫君はあまり男男してないな。

 でも私は知っている。菫君はいつも真面目に雑用を熟していた。

 その真面目さは間違いなくカッコイイ。男らしいとは違うかもしれないが。


「ところで菫君の演じる忍者は……ちょっとしか出てきませんけど、本当に主人公に一目惚れって感じですね」

「そうですね……それに対して主人公は気にはなるけど……それがどんな感情なのか最初は気づいてなくて……」

「つまり鈍感なんですね。人を好きになったかどうかも分からないなんて」

「それはそうなんでしょうけど……なんだか、菖蒲さんに似てますね」

 

 ん? 私に似てる? つまり私は……ザ・鈍感と言う事か。

 しかし鈍感って一体何に? 


「菫君、私、何か菫君にしましたか?」

「え?! いや、別に特にこれといって……」

「私、鈍感なんですよね。何か菫君に失礼な事をして気付いていないのかと……」

「いや! それはこっちの話で……」

「どっちの話ですか?」


 ジっと菫君を見つめてみる。

 本当に私が何か失礼な事をしているなら、謝らなければならない。

 花京院家家訓、その一。人に迷惑をかけたらちゃんと謝ろう。


 まあ、家訓なんて聞いた事ないが、そんなのもあっていいはずだ。


「あの……花京院さんって、好きな人とか……いますか?」

「……はい?」


 なんだ、いきなり。

 好きな人? んなもん居るに決まってるであろう! とりあえず我が姉上。

 双子の姉上は私と瓜二つ。今はお嬢様学校で早速派閥とか作って遊んでるに違いない。性格は最悪だが根はやさしい人だ。たぶん。


 しかしなんか違うな。

 菫君の言っている好きな人というニュアンスは……そう、例えば恋愛対象にしている人は居るかとかそういう……


 ん?


「……菫君? どうしてそんな事聞くんですか?」

「え、いや、その……ご、ごめんなさい!」


 そのまま菫君は荷物を纏めて部室から逃げるように……ってー! おい! まだ部活中……私を取り残していくとは何事か!


 っていうかさっきの質問の意味は?

 

 まさか菫君は……


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