第3話 一目惚れ……からの

 この高校に入学して初日、僕は初めて初恋を経験した。

 というか一目惚れした。入学式に体育館で並んでいる女子の中で一人、信じられないくらい輝いている人がいたから。


 最初は後ろ姿。

 僕の斜め左前、隣のクラスが整列している中に彼女は立っていた。


 まず目を奪われたのが立ち方だった。思わず体が震えてしまうくらいに綺麗な立ち姿で、もうセクハラに匹敵するくらいにジロジロと見てしまった。


 咄嗟に我に返り、壇上の上で話をする校長先生へと目線を移したけど、もう気になって気になって仕方なかった。僕は校長先生の話を失礼ながら右から左に流しつつ、彼女の背中をチラッチラと見ていた。


 その時点で僕の心は奪われていた。彼女の事しか考えられなくなっていた。

 とある辞書に、恋とはその人の事しか考えられず、居ても立っても居られない状態の事だと書いてあった。

 なんとなく意味は分かったが、実感が湧かなかった。そしてそんな状態に陥ってみたいとも、密かに思っていた。


 それが高校初日の入学式だったなんて。

 高校生活なんて不安しかなかったが、僕はその瞬間から不安なんて消し飛び、ひたすら彼女の事しか考えられなくなっていた。




 そしてストーカー行為と言われても仕方ないが、僕は彼女の観察を試みた。

 と言っても遠目から見つめるだけだが。いや、十分ストーカーだ、やばい、僕犯罪者……何も言い訳が思いつかない。


 そして観察を続ける事、数日。彼女が友人と話しているのを聞いてしまった。


「菖蒲さん、部活何処に入るか決めた?」

「はい、私は演劇部に」


 演劇部? 彼女は……よりにもよって演劇部に入ろうとしているのか。


 僕は当然、彼女と同じ部活に入る事が出来たら……とか考えていた。クラスが違うから接点がまるでない。なら部活しかない……と。


 

 その後、僕は人見知り&あがり症という体質でありながらも演劇部へと入部した。

 中学までまともな部活などやってこなかった僕が、本格的に、しかも縁もゆかりもないと思っていた演劇部に。


 でもこれで彼女と一言二言くらいならおしゃべり出来るかもしれない。

 



 ※




 演劇部に入って二か月。

 そろそろ高校生活にも慣れてきた頃。僕は彼女と未だに一言も話せないままでいた。


 二か月、二か月間何をしていたと言われても、ただひたすら彼女を見ていたと答えるしかない。

 他の男子が彼女に自然に話しかけるのを見て、僕も真似してみようと思った。でも無理だ。彼女に話しかけた後、一体何をどうすればいいのか分からない。それを脳内でシュミレートしただけで頭が真っ白になってしまう。


 このままでは駄目だ。

 よし、演劇部……辞めよう。


 もうこの部に居る意味も理由も無い。彼女と話せない情けない僕は、何をしても無駄なんだ。

 

「あの、部長……ちょっとお話が……。演劇部、辞めようかなと……思いまして……」


 僕は部活が終わり、部長が一人で部室の倉庫を漁っている所で声をかけた。

 部長は「ん?」と振り返り


「どうした、まだ入ったばかりだろ。あぁ、演劇部ウチ……意外と地味でやる気失せたか?」

「い、いえ……そういうのじゃなくて……」


 僕はなんて説明しようかとモジモジ。

 あぁ、まさか好きな女の子と全く話せないから……とか言えないっ


「もしかして花京院と絡み無いからか?」


 その時、ビクっと僕は背筋を震わせてしまう。

 まるで部長に心を見透かされているように、理由を言い当てられてしまったから。


「な、なななん……なんの事でしょう?」

「滅茶苦茶動揺してるな。可愛いな、お前」


 ひぃ! 僕は同性愛に否定的な意見を持っているわけではないですが、出来れば女の子の方が……


「あのなぁ、お前が花京院の事を意味ありげな視線で見まくってるのバレバレだぞ。たぶん他にも気づいてる奴が……」

「ぎゃぁあぁぁ! まって! それ以上言わないで下さい!」


 バレバレ?! 僕が花京院さんの事……す、好きなの……バレバレ?


「いいのか? 辞めちまって。もう花京院と接点なくなっちまうぞ」

「いや、その……えっと……」


 あぅぅ、どうしよう。

 もう穴があったら入りたい。穴の中にいる子熊をモフりたい。


「好きなんだろ? 花京院の事。俺の見た感じ、他にも狙ってる奴いそうだから……」

「い、いや……そ、そういうの関係ないですから……」


 今更誤魔化そうとする僕。

 部長は呆れたように溜息を吐きつつ


「分かった。好きにしろ。退部届け後日提出しろよ」

「……はい」


 部長はそのまま再び倉庫の漁りを再開し、僕は……

 

 何故か体が動かなかった。


「……? どうした、まだ何か用か?」


 僕は……本当にこれでいいのか?

 もう本当に一言も話せないまま……


「おーい、花瀬?」

「ぶ、部長……どうすれば……いいですか」

「あ?」


 どうすれば……彼女と……お付き合いするまでも行かなくても、せめておしゃべりしたい。

 

「……部長、花京院さんと……仲良くするためにはどうすればいいでしょうか……」


 意を決して部長へと相談してみる。

 すると部長は一瞬ニヤっと満面を笑みを浮かべ、すぐに真顔に。


「んー、そうだな。まずお前、花京院の何処に惚れたんだ?」

「ほ、惚れ……?! いや、僕は、その、あの……」

「今更そこ誤魔化してどうすんだよ……。っていうか見てるだけってことは、完全に見た目か」


 うぅ、見た目……そうです、その通りです、僕は人を見かけで判断する最低の人間です……


「だ、駄目ですかね……見た目だけで……その、惚れちゃうのは……」

「別にいいだろ。俺は女子の胸と足しか見てないぞ」


 うおい。


「なら花京院も、お前がどんな人間か知らないわけだ。じゃあまずはアピールからだ!」

「あ、あぴーる?」

「そうだ。俺が思うに、花京院はそこまでお前の事を気にしてない。眼中にないって事だ」


 あぅぅぅぅ、そんなハッキリと……


「悪い意味で捉えるな、まだお前にこれといって良いイメージも無ければ、マイナスイメージも無いって事だ。でもお前は理由が無いと話し掛けれないタイプだろ?」

「そ、そうですが……」

「なら俺が少しだけお膳立てしてやる。一週間後に、一年の中からレギュラーを決めるテストをやるんだ。男女ペアになるような題目用意してやるから、お前は自分から花京院を誘え」


 一週間後……


「いいな、そこで声掛けれなかったら、もうお前は一生花京院と関わりあう事は無いと思え。声も掛けれずにそのまま失恋だ。そんなの残念無念また来世だろ」

「はい……」


 僕から花京院さんを誘う……僕から……

 出来るだろうか。いや、やるんだ……僕は……


「……頑張れよ。俺はお前みたいな個性的な奴が入ってきてくれてありがたいと思ってるんだ。演技っていうのは、そいつの持ってる物がそのまま武器になるからな」

「……僕の、持ってる物……ですか?」

「ああ、結果花京院にフラれような何しようが……出来れば演劇部続けて欲しいと思ってる。まあ、無理強いはしないけどな」

「……分かりました。僕、頑張ってみます」

「おう、その息だ!」


 部長にサムズアップされ、僕は一礼しつつ部室を後にした。


 一週間後……僕から花京院さんを誘う……僕から……。



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