第2話 演劇部に入りました

 突然だが、私は変身願望が強い。

 最初は鳥から始まり、猫に至り、それが別の人間になるまで大して時間はかからなかった。

 

 別人になりたい。

 別に自分がそこまで大嫌いなわけじゃない。

 ただ刺激が欲しかっただけかもしれない。

 全く別の人生を歩んでみたい。私は小学生の頃から既にそう思っていた。


 そんな私は、ある日、演劇という物と出会った。

 舞台の上で全く別の人生を歩む役者達。その時見たのは、とある高校のとある演劇部。


 お世辞にも演技が上手いとは言えなかった。素人が偉そうに評価を付けるなら、五点満点中、三点といった所だろう。でも私は演劇に夢中になった。その時私は中学生。


 当初入学する予定だったお嬢様高校を、初めて親に反発して蹴った。

 父母とは大喧嘩。しまいには姉とも大喧嘩。結果、私は家の恥さらしと言われ、マンションで一人暮らしをしながら高校に通う事となった。それでも月々ちゃんと仕送りしてくれる父には頭が上がらない。ちゃんと独り立ち出来たら、たこ焼きでも奢ってやろう。


 そんな親不孝者の私は、どうしてもあの時見た演劇部に入りたかったのだ。

 本来入学する筈だったお嬢様学校に比べれば、言っちゃなんだがかなり楽勝に入試は通った。


 自慢じゃないが私は昔から箱入りで、幼い時から習い事を腐る程やらされてきた。

 まあ、要するに大事大事に育てられて来たという事だ。そんな私だから、別人になりたいなんて思ったのかもしれない。


 幼稚園から中学校まで、全て私はエスカレーター式のお嬢様学校で育ってきた。

 女子高と言えば殺伐とした雰囲気を連想される方も多いだろう。だが侮るなかれ、真のお嬢様学校はもっと凄い。何が凄いって中学生男子が妄想するような……いや、どんな妄想をするのかは知らないが、そんな世界が広がっているのだ。


 例を言えば、語尾に「ですわ」と付ける女子が実在する。

 人によってはUMAと出会う確率より低いだろう。だが実在する。


 さらに例を言えば、虐めなど可愛い物だ。

 まるで昔のアニメのように、上履きの中に画びょうを入れておくだけ。勿論入れた本人は、まさか本当に踏み抜くなんて思っても居ない。でも私は敢えて踏み抜いた事がある。それでどんな反応をいじめっ子は見せてくれるのかと、趣味の悪い観察欲求を満たす為に。


 結果としていじめっ子は号泣。

 謝りながら私の足を抱きしめ、しまいには舐めようとしたため、逆に私が謝ってしまったという事態に。

 学校側もかなり厳しく退学処分を検討していたが、私は父を説得し、それは取り消してもらった。流石に後味が悪すぎるから。


 ここまで言えば分かる人は分かるだろう。

 私はお嬢様という白鳥の中に、一匹だけ混ざったハムスター。

 お嬢様とは程遠い存在。それなりに教育は受けてきたが、なんだか幼い頃からやさぐれた視線で、隅の方でふてくされていた存在。お嬢様という白鳥の背に乗って空を羽ばたくフリをしつつ、必死に背中にしがみ付いて共に夕日を拝むハムスター。それが私だ。


 要は私は性格がひん曲がっていたのだろう。姉はもう超お嬢様だが、私は父の話を鼻をほじりながら聞くような亜種系お嬢様。もはや弁解の余地もない。家の恥さらしと言われても文句は言えないのだ。



 んで、話を戻すが私は演劇部に入る為にこの高校に入学した。そして既に演劇部にも入部している。

 今はまだ裏方で先輩方のサポートが主な任務だが、もうすぐ一年だけの選抜戦が行われようとしていた。要するにレギュラーを決める為の試合みたいな物だ。それで選ばれる事が出来れば、私は晴れてこの演劇部の役者として活躍する事が出来る。


 そしてまさに今、部長からその演目が発表されようとしていた。




 ※




 「えー、では……一年の選抜戦演目を発表する。ちなみに俺の独断で決めた事なので、異論は勿論認める。だが変更は認めん。いいな?」


 オス、と気合の入った返事をする一年達。今私達は部室の畳部屋で体操座りをしながら部長に注目していた。ちなみに体操服。お嬢様学校に居た頃には考えられないシチュエーションだ。


「演目の題材はアマチュアの小説家から拝借した。題名は『彼岸花』。意味深なタイトルだが特に意味は無いそうだ」


 なんて適当な。


「んで、肝心な内容だが……舞台は戦国時代。主人公のとある武家の長女が、男として育てられていた。そいつは自分が男だと信じて疑わなかったが、ある日一人の男に恋をしてしまった。その男はなんと自分を殺しに来た忍び。つまりは暗殺者だ」


 男として育てられた女か。

 お嬢様として育てられたハムスターの私にピッタリの演目じゃないか。


「そしてその忍者も、主人公に恋をした。忍者は一目でそいつが女だと見抜いたんだな。しかし暗殺する相手は男だった筈だと忍者は困惑。んで、主人公も恋には落ちたが、それが恋だと気づかぬままに怪しい忍者と戦闘になる」


 ほほぅ、アクション要素もあるのか。

 私は剣道もやってたから、そのあたりは結構有利かもしれない。

 ちなみに柔道、剣道、弓道、レスリング、空手、合気道、カポエイラを私は経験済みだ。


「んで、忍者は退散、主人公も自分の抱く感情が何なのか分からないまま、いつしか……またあの忍者と会いたいと思うようになってしまう」


 敵同士の恋か。

 燃えるぜ!


「んで、身内でなんやかんやあって、主人公はやっと自分が女だと言う事に気付くんだ。でも今更生き方を変えれない主人公は、親の言いつけ通り戦場へ馳せ参じる。そこにはあの忍者も居た」


 気づくの遅くね? っていうか主人公何歳よ。


「そして戦場で相対した二人。主人公は自分が女であり、自分が抱く感情が恋だと薄々気付き始めていた。でも戦う事は止められない。それは忍者も同じだった。自分の任務を全うするため、目の前の主人公を倒す事だけに集中した。その結果、主人公は忍者に腹を刺され、倒れてしまう」


 えぇ、刺されちゃうのか……痛そう。


「忍者はとどめを刺そうとした。でも体が言う事を聞かない。そうして躊躇っている内に、忍者は主人公の味方に後ろから心臓を刺し貫かれてしまう」


 ま、マジデ?! しんじゃうん?!


「忍者は死に、主人公は涙を流しながらも立ち上がった。そして決めのセリフ。『貴方は私の中で生き続ける。共にまた打ち合いましょう』ってな」


 ん? そこは愛してました的なセリフでは?


「主人公も忍者も、自分の抱いた感情に苦しみながらも楽しんでたんだ。お互いに戦いを楽しんでいた。二人は幼い頃から戦い方を叩きこまれ、自己を表現する方法がそれしかなかった。だから全力でぶつかり合って、互いに愛を育んでいったんだ」


 それ無理やり過ぎないっすか?


「のちに主人公は佐渡国の武将に見初められ、女として嫁に行く。その懐に、あの忍者の小刀を抱いて……という話だ」


 シーン……と静まり返る一年達。

 選抜戦にしては難しすぎでは? という空気をヒシヒシと感じる。


 そしてその一年達の空気を感じ取ったのか、二、三年の上級生達が部長に噛みついた。


「おい、いくらなんでもエグすぎんだろ! 大体アマチュアの小説家って何だ! その作者、何を高校生に演じさせようとしてんだ!」

「せやせや! もうロミジュリでええやん! なんでわざわざそんな後味悪そうなの選ぶんや!」


 その上級生の声に部長はタジタジ……と思いきや


「やかますぃ! っていうかロミジュリの方がよほど後味悪いだろうが! ちなみにこの作者は某ウェブサイトの小説家さんだ。名前は……えーっと、リカ?」


 ふむぅ、リカさんえぐいぜ。


「ちなみにご本人に俺が直接交渉して執筆してもらったらこうなった。そして演劇は一般公開はしないという事を知ったリカさんの悲痛な叫びがこちらだ」


『えぇぇぇぇぇ!! みたぃぃぃぃぃ!!! 絶対みたいのにぃぃぃぃ! でも我慢します……あとでビデオカメラで撮影したの下さい……』


「だそうだ」


「我慢してねえじゃねえか! 動画送るんだろうが!」


 ま、まあ……落ち着くんだ、上級生達よ。論点ズレてるし。


「やかますぃ! 最初に言った通り、異論は認めるが変更は認めん。さあ一年坊主共。やるもやらぬもお前達次第。やると決めた奴は男女二人ペアを作れ。脇役は上級生で受け持つ。さあ、作れ!」


 部長の言葉に、私達一年坊主達は重い腰をあげる。

 私も老人のような足取りで立ち上がりつつ、周りの男子達を見回した。

 

 演劇部一年の男子達は……どこか個性的なメンツが揃っている。


 妙に顔立ちが整ってるのに、語尾に「ござる」と付ける奴。


 まるで女の子みたいな顔立ちの華奢な美少年。

 

 一見クールなメガネ男子、でも緊張するとトイレに籠る胃腸の弱い奴。


 そして……


「花京院さん……僕と、ご一緒していただけない、でしょう……か?」


 演劇部一年の中で、特に印象の薄い男子が私に話しかけてくる。

 私よりも背が低く、前髪が目が見えない程に伸びた彼は、まるで拾ってきた子犬のような態度。


「はい、わたくしで良ければ。どうぞよろしくお願いします」

「あの……、僕、同級ですので、敬語は無しでいきましょう」


 いや、お前には言われたくないわ、という言葉を飲み込みつつ、私はその男子の観察を試みる。

 そういえば、入部した時の自己紹介の時、印象が薄いながら、一番記憶に残った部分があった。


 それは……名前だ。


「はい、花瀬はなせ すみれさん。お互い敬語は少しずつ崩していきましょうね」


 ぁ、かすかに落ち込んでいるのが分かる。

 元々普段から俯きながら過ごしている彼が、より一層項垂れるのが分かった。


「……出来れば、苗字の方で呼んで、ください」

「分かりました、菫君」

「え、ぁ、いや」


 苗字で呼べだと? 出来るもんか! 菫なんてとてもいい名前じゃないか。

 どうせ男だから菫なんて名前恥ずかしいとか思ってるんだろう。でも私は彼にその名前はぴったりだと思ってしまった。何故なら彼は真面目だ。真面目で誠実だ。


「私の事も、菖蒲あやめと呼んで下さいね」


 こうして私達は出会った。


 これは私達の、ささやかな恋の物語。

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