サッカーのゴールを広くしろと言ってくる宇宙の人
関根パン
サッカーのゴールを広くしろと言ってくる宇宙の人
地球の偉い人が、宇宙の偉い人に呼び出された。年に一度の会合である。
「あー、よく来てくれたね。どうよ最近、地球は? 相変わらず青いの?」
「おかげさまで」
「それは誰のおかげ?」
「は。宇宙統一連邦のみなさまが、我々の地球を発見してくださり、地球の環境を管理するようになったからです」
「あ、やっぱりそう思う? まあ、そうだよね。きみたちはさ。自分で自分の星、滅ぼしちゃうとこだったからね。うんうん」
数年前、地球は未知の異星人に発見され攻撃を受けた。圧倒的な科学力の前に地球は降伏し、今は彼らが組織する「宇宙統一連邦」の管理下にある。
「それでさ。今日は相談があるんだけど」
相談と聞いて地球の偉い人は嫌な予感がした。相談と言いながら、実際には命令をしてくるのが統一連邦のやり口である。
「地球にさ、サッカーってあるじゃない。スポーツ」
「はい」
「あれね。たまに見るのよ。ヒマつぶしに」
「ありがとうございます」
「たださ。あれって、もっとおもしろくなると思うんだよね」
「はあ。今のままでも、じゅうぶん人気のあるスポーツですが」
「いや、私ちらっと見たんだけどね。あれは地味だよ、地味」
「はあ」
「まずさ。点数が全然入らないじゃない。多くても5点とかでしょ。へたすりゃ1点も入らない時だってあるじゃない。つまんないよ、もっと点数がバンバン入らないと。だからね。ゴールをもっと大きくしたらどうかな」
「幅を広くするということですが?」
「そうそう。そしたらもっと点入るでしょ?」
「点が入ればいいというものでは」
「なんでよ。点が入った方がおもしろいじゃん。なんつったっけ。棒切れでボール打つやつ」
「野球ですか」
「そうそう。野球はもっと点入るじゃない。ちょっとさ。検討してみてくれない?」
「はあ……」
地球の偉い人は、FIFAの偉い人に連絡した。理不尽な要求ではあるが、向こうも事情はわかっている。すぐにあらゆるサッカー場のゴールは広くなるだろう。
一年後、地球の偉い人は、また宇宙の偉い人に呼び出された。
「あー、よく来てくれたね。どうよ最近、地球は? 酸素足りてる?」
「おかげさまで」
「それは誰のおかげ?」
いつものやり取りがあってから、宇宙の偉い人は言った。
「サッカー見たよ」
「ありがとうございます。こちらで検討しまして、ゴールの幅を左右ボール一つ分ずつ、都合、ボールふたつ分広くいたしました」
「うん。見た見た」
「ありがとうございます。あれで平均得点も以前よりぐっと増えまして」
「いやいや、確かに点は増えてるんだけどさ。なんかこう、まだ地味だよね」
「はあ」
「私ね。もっとこう、『うわー、広くなったなー!』って思えるような光景を期待してたのよ。あれじゃさ。ボールふたつ分ってだけじゃさ。『あれ、広くなったのかな?』って感じじゃない」
実際にプレーしている選手たちからすれば、大幅に広がったに違いないのだが、中継を見ているだけの者には伝わらないらしかった。
「もっと広くして」
「もっとですか?」
「うん。今の倍くらい」
「それでは、ゴールキーパー一人ではとても守れないのでは」
「増やせばよくない? 検討してみてよ」
地球の偉い人は、ゴールを今の二倍にすること、ゴールキーパーを二人にすることをFIFAの偉い人に伝え、それはその通りになった。
また一年後、地球の偉い人は、また宇宙の偉い人に呼び出された。
「あー、よく来てくれたね。どうよ最近、地球は? 紫外線カットできてる?」
「おかげさまで」
いつものやり取りがあってから、宇宙の偉い人は言った。
「ゴール広くなってたねー」
「は。キーパーも二人に増やしました」
それでもカバーしきれるものではなく、一試合で十点、二十点入るのは当たり前のスポーツになっていた。
「うん。でもさ。まだいけるよね」
「まだいける?」
「上にも伸ばしちゃおうよ、ゴール。縦に二倍」
「それは、それこそ入れ放題になってしまうのでは……。その高さでは、キーパーがジャンプしても届きませんし」
「じゃあ、あれ使ってもいいことにしようよ。あのほら、長い棒に足場つけて乗る遊び、あったでしょ?」
「竹馬ですか?」
「そう、それそれ。検討してみてよ」
地球の偉い人は、ゴールの高さを二倍にして、キーパーは竹馬を使ってもいいというルールを加えることをFIFAの偉い人に伝えた。
それから一年おきに、サッカーのルールは変更されていった。
ゴールが星型になったり、コートの真ん中に設置されるようになったり、ゴルフのようにカップインする形になったり、移動に自転車を使ってもよくなったりと、もはやもとのサッカーの面影はなくなっていた。
地球の偉い人が、宇宙の偉い人に呼び出された。
「あー、よく来てくれたね。どうよ最近、地球は? 相変わらず地軸が二十三・四度、傾いてる?」
いつものやり取りをしてから、宇宙の偉い人は言った。
「私ね。実は、地球の担当から外れて、別の銀河に移ることになったんだ」
「え、そうなんですか」
「長い間、世話になったね。サッカーを見るのが私の生きがいだったから、寂しいよ。あれは素晴らしい地球の文化だった」
彼の言うサッカーは、今や荒れ狂うロボットイノシシをゴールの中に追い立てて、プレス機でスクラップにするという競技になっており、そこに地球の文化と言える要素は一つもなかったのだが、無論、口は挟めなかった。
「今度から、新しい担当者になるから。もう私の権限は何もないよ。今日はお別れだけ言いたかったんだ」
「は。長年、ありがとうございました。お元気で」
「うん、じゃあね。きみも元気で」
初めて何の検討も打診されないまま、地球の偉い人は、宇宙の偉い人と別れた。
地球の偉い人は自分の執務室に戻ると、秘書に漏らした。
「統一連邦の担当者が変わるらしい」
「良かったじゃないですか」
「ばかを言え。これは大変なことになった」
「どうしてですか? これでサッカーも、元のまともな形のスポーツに戻せるんじゃないですか」
「いや、最悪の事態だ」
「どういうことです?」
「考えてもみろ。地球は、統一連邦との外交に置いて圧倒的弱者だ。どんな要求だろうが、飲まざるを得ない」
「それでサッカーがめちゃくちゃになったんですものね」
「サッカーだけがめちゃくちゃになることで済んでいたのだ。彼は地球にあまり関心がなかった。産業も資源もどうでもよく、スポーツをたまに見るくらいの興味しかなかった。しかし、次の担当者がそうとは限らん」
執務室のテレビには、ちょうどサッカー中継が映っていた。ロボットイノシシの群れがゴールに追い立てられプレス機でスクラップになっていく。
「いったい何を命じられるか。内政・軍事・経済、どんなに不可解で理不尽な要求だろうが、我々に拒否権はない……」
サッカーのゴールを広くしろと言ってくる宇宙の人 関根パン @sekinepan
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