受験から2年
伊崎夢玖
第1話
「まだ学校行ってるって」
旦那が実家に行った時、お婆ちゃんに聞いてきてもらった。
彼が高校に合格してからも私の心配は尽きることがなかった。
二年前、高校に合格した甥っ子は今年高校三年に進級する。
正直、もう学校を辞めていると思っていた。
お父さん(旦那の弟)も、お母さん(旦那の弟の奥さん)も、お兄ちゃん二人も、皆高校を中退している。
だから、彼も辞めていると思っていた。
でも、まだ学校に通っていた。
夢を実現するために。
彼の夢―それは、たぶん建築士だと思う。
彼自身に聞いたわけではないから、実際のところは知らない。
ただ高校の学科が建築関係の学科だからという安直な考えから導いた私なりの答え。
正解かもしれないし、全然違うかもしれない。
彼に直接聞くなんて、私にはできない。
そんな度胸の欠片もないし、そもそも彼と話したことが数度しかない。
いくら親戚とは言え、コミュ障をこじらせている私にとって「将来の夢って何?」なんて聞くことは、あまりにもハードルが高い。
聞くことができないなら、手がかりを見つければいい。
彼のアレコレを知るには旦那の実家に行くのが手っ取り早い。
なぜなら、彼は自分の家に置けばいいものをなぜか旦那の実家に置いている。
テストだったり、テストだったり、テストだったり…。
おかげで、彼の近況を知ることが容易にできる。
勉強は彼なりにがんばっているようだ。
少しホッとした。
なぜホッとしたのか。
それは、二度中退の危機があったからだった。
一度目は、通学。
彼は電車通学をしている。
学生の通学時間は、だいたい通勤ラッシュと被るため、車内には多くの人が乗り合わせている。
それが嫌だったらしい。
正直、それを聞いた瞬間、血筋というものに恐怖を感じた。
なぜなら、旦那もかつて通勤に電車を使っていたのだが、ラッシュで人がごった返す車内に嫌気が差して会社を辞めた人間だからだ。
彼も旦那同様、どうにも嫌気が差してしまい、「学校、辞める」と言い出したそうだ。
(この家は人間嫌いなのか…?)
所詮田舎である。
ラッシュ時の人の多さなんて、都会のそれとは比べ物にならない。
それなのに、人が多くて嫌だと主張し、挙句の果てに学校辞める宣言。
呆れて物が言えないことは今まであったが、呆れ度で言えば最高ランクだった。
周りが必死に説得して、どうにか中退するのを止めることに成功した。
二度目は、テスト。
彼が通っているのは普通科ではない。
前述したが、建築関係の学科。
普通科とは異なり、きっと特殊な勉強をしているのだろう。
それに挫折したのだ。
赤点は取らなかったそうだが、どうにも内容が難しく、ついていくのがつらくなったらしい。
「勉強、もうヤダ。学校辞める」
この時は彼の家族の血というものに恐怖した。
彼以外の家族は勉強が嫌で中退している。
彼も例に漏れることなく、そのレールに乗っていたのだ。
自分は違うと思っていても、所詮血を分けた家族。
結局のところ、似てしまうのだ。
これまた周りが必死に止め、彼も「夢のために…」と思い直してくれたのか、中退を止めることに成功した。
二度の中退騒動は治まった。
現在、電車は二本早い電車に乗って通っていると聞いた。
田舎なので、かなり早い時間になるが空いているから快適らしい。
とはいえ、食べ盛り、育ち盛りの高校生。
朝ご飯を食べないとやっていけない。
そんな時の旦那の実家。
お義父さんもお義母さんもお婆ちゃんも、皆超早起き。
自分の家を出て、旦那の実家で朝ご飯を食べて、お婆ちゃんお手製のお弁当を持って学校に行っている。
彼の中でお昼ご飯はお婆ちゃんお手製のお弁当と決まっているそうで、「いい加減、弁当作るのも飽きたわ…」とお婆ちゃんが零していた。
零している割に口元が笑っていて嬉しそうだったのを、私は見た。
どんなに愚痴を言ってても、ひ孫。
かわいくて仕方ないのだろう。
そんな彼も高校三年。
受験生である。
たぶん大学か専門学校か分からないが、進学するのだろう。
三年前の旦那の一族の誰もが無関心で、なぜか無関係な私が神経質になり、胃が痛くなった、あの時期がやってくる。
高校卒業がゴールではない。
ただの通過点にすぎない。
ゴールはまだまだ先にある。
彼がこれからどの道を進むのか、私が聞くことはない。
『こっそりと全力で応援すること』
それしか私にはできない。
そもそも私は部外者なのだから。
これからも私だけは彼を見ていく。
ゴールする、その瞬間を見守るために。
受験から2年 伊崎夢玖 @mkmk_69
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