第10話 検討してください

義弟が恋人になり、婚約者になり三か月。

公爵家のサロンでは家族が集まってドレスの意匠を相談していた。


国で一番人気があるといわれているマダム・シルフィーヌのドレスサロンから、私の婚礼衣装のデザイン画が届いたからだ。


「どれも素敵だわ~!見て、この刺繍の繊細さ!さすがは王妃様御用達ね~」


おばさまは誰よりも楽しみにしてくれていて、あれもいいこれもいいと次々に案を出している。

ジュードは母親のそんな姿にちょっと引いていて、ついていけていない感じが伝わってくる。


「白地に紫が入ったこれと、黄色ならどっちが好き?でも赤も捨てがたいわ~!もう三着つくって全部着ましょうか」


「おばさま、身体は一つなので」


「え?聞こえないわ」


「お、おかあさま」


実はこれまでずっとおかあさまと呼んで欲しかったそうで、ジュードと結婚すると報告したときにはすぐにそう呼ぶようにと言われた。


本当の母の記憶がある以上、無理にそう呼ばせるのは躊躇いがあったと告白されたときは思わず涙が出るほどうれしかった。私は私で、本当の娘じゃないからと遠慮していたので、自分がここまで思われていると今になってわかり、本当に幸せを感じられた。


「あぁ!装飾品も選ばなくちゃ。大丈夫よ、ルーシー。おかあさまが、絶対にいいものを揃えてみせるわ」


この勢いのおかあさまを前にすると、ほどほどでいいですなんて言えない。


「お願いします、おかあさま」


男性二人は無言でお茶を飲み続け、ようやく興奮が収まったおばさまは夕方から観劇へ行くのだといそいそと部屋を出て行った。今日は私たちの婚約を、奥様仲間に報告するらしい。


「ジュード、手続きについては後で説明するから夕食後に執務室へ来なさい」


「わかりました」


おじさま、改めおとうさまはそれだけ言ってサロンを出て行った。

あれ?今日初めて喋ったのでは?と思うくらい、おとうさまは黙っておかあさまの喜びようを観察する……というか気配を消していた。


ドレス選びはおかあさまに一任しているのだろう。

勢いに負けて空気になっていた、とも思えるけれど。


二人きりになると、私はデザイン画を見てどれにしようかと再び思い悩む。

隣に座るジュードは、そんな私をぼんやりと眺めていた。


「どうかしました?」


「いや、本当に結婚できるんだなと思って」


「ふふっ、今さらそんなことを?」


クスクスと笑っていると、ジュードが何気なく私の腰に手を回し、一瞬にして持ち上げると自分の膝の上に座らせた。


「ちょっ……!ダメです、ドレスを選んでいる最中なのに」


「大丈夫、こうしていても見られるよ」


「それはそうですが」


私の心臓がもちません。

目でそう訴えるも、にやりと意地悪く口角を上げた彼は私を解放する気はなさそう。


仕方なく、恥ずかしいのを堪えてデザイン画に目を向ける。


「どれがいいと思います?やはり白地に紫が伝統的な……」


続きの言葉は、唇を塞がれてかき消された。

驚きすぎて目を見開いたまま完全に呼吸も動きも止めていると、少しだけ顔を離したジュードが甘い声で尋ねる。


「結婚したらこれ以上のこともするけれど、わかってる?」


「!?」


今すぐ逃げたい。

この蕩けそうな幸福感が、私にはまだ耐えられない。


無意識に背を仰け反らせると、逃げられないように腰をぐっと捕まれた。


「逃げられるとでも?本当なら今すぐにでも欲しいのに」


手が緊張で震え始め、デザイン画がはらりと絨毯の上に舞い落ちる。


「かわいい。ルーシーは本当にかわいいな」


「そんなに褒めても何もあげられませんからね!?」


「いいよ。もともとルーシーの全部は僕のものだから」


「そっ、そんなわけないでしょう!?あなたなんかに、そんな、あれですよ!」


懸命に反抗するも、ジュードは余裕の笑みを崩さない。

あぁ、すっかり私はツンデレ婚約者になってしまった。言いたいことが全然言えない。


ジュードを傷つけていないか心配になってくる。

いつまでも素直になれないと、愛想をつかされるんじゃないかと怖くなった。


「ルーシー?どうしたの?」


異変を感じ取ったジュードは、優しく声をかけてくれる。彼はもう、ツンデレではない。私にツンを譲り渡し、卒業してしまったみたいだ。


この優しさに甘えてはいけない。何とか本心を伝えねば。

私は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、伏し目がちに言った。


「全部はまだ無理ですけれど、ちょっとずつなら……検討します」


こんなのが続いたら、心臓に悪すぎて寿命がなくなってしまいそうだ。

ようやくキスをしたばかりだから、あと一年くらいは猶予が欲しい。


けれど、ジュードは何をどう受け取ったのか、膝の上にいた私をくるんと倒してソファーの上に横たわらせる。


「え?」


「ちょっとずつなら、って言ったよね?」


「はぃ?」


不敵な笑みが、いろんな意味で恐ろしい。


「これも花嫁修業の一環だと思って?ね、ルーシー」


「早い早い早い!落ち着いて!落ち着いてください!」


「落ち着きがないのはそっちだけれど?」


「今はそんなこと言っている場合じゃありません!」


「言ってることがめちゃくちゃだなぁ」


ははっと乾いた笑いを漏らしたジュードは、諦めてその身を起こした。

私は仰向けに寝転がったまま、ホッと安堵の息を吐く。


「と、見せかけて」


「え!?」


再び覆いかぶさってきたジュードは、あははと明るい笑い声をあげた。

両手をしっかり押さえられていて、今度はまったく抵抗できない。


顔や首筋に次々とキスをされ、くすぐったいやら恥ずかしいやらで全身が緊張して強張っていった。


もう私はここで息絶えるかも知れない。

真剣に悩んだ結果、私はジュードに懇願した。


「抱かれるなら、ツンデレがいいです……!」


「え」


ピタリと動きを止めるジュード。

明らかに困惑の色を浮かべている彼は、しばらく沈黙した後で言った。


「改めて言われるとむずかしいな。もう何がどうなってルーシーにあんな態度だったのかわからない」


「そんなぁ~」


うるっと涙を滲ませると、ジュードはちょっと狼狽えはじめる。


「泣くな!そんなに大事なことなのか?!確かリンもツンデレがどうとか言っていたよな。どうしてもって言うなら検討しなくもない」


「検討してくださいっ」


今度こそ本当に諦めたジュードは、ソファーに座りなおして何やら思案を始めた。


「ツンデレってなんだ、ツンの部分がなくなったら何がいけないんだ……?リンの持ってきた小説に出てくる男は、主人公に嫌味を言っているだけなような気がしたがまさか僕はあれだったのか……?」


どうしよう。

ジュードが深刻な顔で悩んでいる。


でもこれは、再びツンデレを取り戻す好機かも知れない!


「私の秘蔵書を貸してあげるから、一緒に勉強しましょうね?」


「それ絶対おかしな本だよね」


「どうかしら?」


やや目元を引き攣らせたジュードもまた、これはこれでかわいい。

私は隣に座る彼にそっともたれかかり、来るべきツンデレ復活の日を想像してにやにやと頬を緩めるのだった。










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【短編ver.】公爵家の養女になったらツンデレ義弟がかわいすぎて魂ごと持っていかれそうです 柊 一葉 @ichihahiiragi

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