目的地周辺です
維 黎
第1話
登録された性別、年齢、血液型などの
《
『ライナビ』や最近では『
しかしながらいきなり前述を否定してしまう形にはなるが、全世界をたった一個のAIが管理しているというのは、多少の語弊がある。
ちなみにAIが本格的に人類の生活に浸透し、無くてはならない――否、無いことが想像すら出来ないようになって数十年。"AIに人権はあるのか"という議論の決着は今だに見えていない。
よって公式の場ではAIは道具として扱われ、"一個"、"二個"として数えられている。
西暦2121年現在、日本における『
人は生活上必要とする情報処理のほとんどを梨那を通じて行っている。しかしそれら生活支援としての側面は後発的に整えられたものに過ぎない。本来の『
例えば"希望の学校に合格する"という
ただし、絶対に合格する方法を案内してくれるわけではない。あくまで登録者にとって一番合格する可能性のある最適解を選び出すだけだ。最終的には本人の努力が合否を決めることになる。
また、梨那は10%までの確率であれば可能な限りの最適方法を案内してくれるが、10%以下の確率の目標設定には『適切な
つまり"総理大臣になる"と設定してもその可能性が10%を下回れば案内はしてくれないのだ。
※※※
「――結婚……かぁ」
そう呟くと
28歳独身。彼氏いない歴4年。
仕事もあり絵を描くという趣味もあって、今は気楽な独り身を満喫しているところだ。特に彼氏が欲しいと思うこともなく、誰かとパァッと遊びに行きたいと思うこともない。
休みの日には家で絵をかき、たまに外出しても一人で気楽にスケッチ旅行。旅先で美味しい物も一人で誰に気兼ねなく好きなものを食べる。いわゆる"ソロ充"と呼ばれる一人リア充を過ごしている郁子にとって、結婚なんて全く浮かぶ余地のないものだったのだが。
お正月に帰省した折、やんわりとだが両親から結婚について探りを入れられた。
郁子の両親は年の差婚で、母は現在52歳だが父は今年で70歳の古希を迎える。
節目だからではないだろうが、最近父が孫の話題を口にするようになったらしい。郁子の前で口にしたことはないが。
そういうこともあり、両親――主に父が気をもんでいるのだ。
(――んー、そんなこと言われても……ねぇ)
正直迷惑――とまでは言わないが困惑してしまう。
郁子だって一生独身のままでいようとは思っていない。
生涯の中、どこかの時期で結婚はするだろうと漠然と思ってはいる。でもまだ早いかな、と。
「あー、もうッ! めんどくさいなぁ……」
そう呟くとベッドへ仰向けに寝そべる。
しばらくぼーっと天井を見つめていたが。
「――おいで、梨那」
「あい、ましゅたー」
郁子の声に舌足らずな声の返事が、耳たぶに埋め込まれた生体スピーカーを通して聞こえてくる。
ベッドから身体を起こした郁子の視線の先には、身長が1メートルほどの可愛らしい子供が立っていた。
くりっとした大きな目。頭には猫耳。どこか異国の民族衣装風の服装。
もちろん人間ではない。
『
しばらくその愛くるしい姿を見つめる。
抱きしめたくなるほどの可愛らしさだが触れることは出来ない。
「梨那。
「あい、ましゅたー。かちこまりまちた――とーろくするごーりゅをおおちえくだちゃい」
「――」
まだ迷いがあるため、少し口に出すことをためらう。
しばらくして。
「
※※※
「るーとあんないをかいちちまちゅ――えいぎょーかのこーもちょてるあきはげんじゃい、おひるきゅーけいのため、しゃんかいのれしゅとるーむにいましゅ。ましゅたー」
梨那が
「
梨那の案内を聞いてそう独り
先日、
同じ職場の営業課の
世界中に散らばる
22世紀にもなって郁子の会社は、今だに対面営業方式を採用している。
100年ほど前に大流行したウィルスにより、人と人との接触が著しく制限された期間があった。
IT技術の革新的な進歩もあり、多くのことが電子化されオンライン上で処理を行うことになっていったのだが、こと営業に関して言えば一部統計によると、非対面よりも実際に顔を見て商談、交渉をした方がスムーズに事が運ぶと出ていることから、対面営業方式の会社もまだ若干ではあるが残っている。郁子の会社もそのうちの一社だ。
郁子の第二事務課と河本の第一営業課ではフロアーも違い、直接関わる部署ではないので、社屋内ですれ違ったりすることはあったかもしれないが、初めて見るといってもよいほど記憶にない顔だった。
「――よしッ!」
着こんだスーツに乱れがないかをチェックし、気合の一言。
ちなみに第二事務課では私服での出勤が認められていて、郁子も普段ならラフな格好で出勤しているのだが、梨那の
自動ドアが開くのを待って
喫茶を併設しているため、部屋に入った瞬間に珈琲の香ばしい香りが鼻孔を刺激する。
梨那の案内通り、河本は対面二人掛け用の小さな丸テーブルに一人で座り、テーブルには珈琲カップが置かれている。
電子フィルムで何やら読んでいるあたり、
河本の横顔が視界に入る――と、痛みではない鋭い衝撃が胸を打つ。
(――あ、これヤバいかも)
瞬間、心臓が早鐘を打ち始め頬が
途端に緊張で足がすくむ。それ以上一歩が踏み出せなくて河本に近寄れない。
河本に会うには今日が最適との梨那の
郁子自身の今の状況からして梨那の提案は確信に至った。今この時を逃すのはマズイ。
(どうしよう、どうしよう!? ねぇ、梨那! なんて、なんて声かければいいの!?)
昔と比べて格段に技術進歩したとはいえ、音声入力ではなく思念入力はまだまだ未来の技術だ。当然、梨那からの
「――目的地周辺です。
(ちょ、ちょっとー! 最後まで案内してよぉぉ!!)
郁子の心の
「……」
時間にし10秒足らず。
閉じていた瞼を開いたその瞳には決意の思い。
時代は移り変わろうとも、行動し成し遂げるのはいつだって自分自身なのだから。
「よしッ!」
再びの気合を吐く郁子。そして一歩踏み出す。
――がんばって、まちゅたー。おうえんちてまちゅ。
ふと、耳元で舌足らずな愛くるしい声が聞こえた気がした。
――了――
目的地周辺です 維 黎 @yuirei
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