キミはどうヨムか

向日葵椎

ゴールを目指せ!

 四月の土曜日、会社が休みの俺は駅の改札近くに立って友人を待っていた。都会の中ではそこまで大きな駅ではないが、建物内は人であふれている。

 今日は市営の祭りが周辺で開催されている。それで俺はここが地元という友人に誘われてやってきたというわけだ。ホントは家でゆっくりゲームやりたかったけど、友人がどうしてもと頼むのでしぶしぶ足を運んでいる。

「……はぁ」

 ゲームのことを思い出してため息をつく。脳裏に理由がもう一つ。友人は男。俺も男。もう三十近い男が休日二人で春祭りとは実に絵にならない。

「浅川!」

 声がしたほうを見るとすらっとした紺色浴衣の男が手を振りながら歩いてくる。これが友人の里中である。

「里中お前浴衣って、気合入りすぎだろ」

「おうよ、今日はイベントもあるからな」

「イベント?」

「そうそう。あ、そうだ。コレを浅川に持ってきたんだ」

 肩掛けカバンからA5サイズくらいの紙を取り出して俺に差し出した。受け取って見ると、祭りの名前の下に四角い枠がいくつかある。

「何コレ」

「スタンプ帳だよ。近くで配ってるのをもらってきた。今日はこれにスタンプを集めるのがメインイベントだ!」

「マジかよ……。それガキ向けのやつじゃないよな」

「いいや。別に子供向けってわけじゃないぞ。そんなにガッカリすることはない。これをゴール地点に持ってくと、なんとつきたての餅がもらえるんだ」

「へえ。つきたての餅なんてもう十何年と食ってないな」

「な、いいだろう。周辺の地図は裏にある。じゃあさっそく行こう」

 俺はスタンプ帳の裏を見た。


 上部に『goal/out』とあり、その下にはゴールや会場出口の場所が描かれた地図がある。さらに一番下を見るとイベントについての説明書きがあった。

『お題をクリアしてスタンプをもらおう!

 スタンプポイントはヒミツ。会場を歩いて探そう!

 スタンプ数に応じてゴール地点でつきたてお餅をプレゼント!

 ※スタンプ0個(要スタンプ帳):お餅1個

 ※スタンプ5個:お餅2個

 ※スタンプ10個:お餅3個』


 俺は少し気が重くなった。

「どこでスタンプもらえるか書いてないのかよ……。しかもお題まである」

 里中は明るい表情で言った。

「会場を歩き回るきっかけになるだろう? 俺は毎年来てるから知ってるんだけど、この祭りのお題はちょっと変わってるから楽しみにしててくれ」

「やだ。教えてくれよ」

「仕方ないな。スタンプ毎に指定の演技をする。それだけさ」

「演技って、ドラマみたいなやつか」

「そんなちゃんとしてなくてもいい。まあ行けばわかるって」

「大人が餅のためにそこまでするかよ……。まあスタンプ0個でも餅1個もらえるなら俺はそれでいいかな」

 俺が肩を落としていると、里中が言った。

「浅川はこのイベントをどう読む?」

 唐突な質問の意味がわからず、俺は黙って里中を見た。里中は明るい表情のまま俺が答えるのを待っている。

「読むって推理的な意味で、だよな。……さあな。スタンプ集めて餅もらう以外の意味があるとは思えんが、いきなりどうした」

「なあに、俺は地元を愛する人間としてこのイベントに参加する人の気持ちを知りたかっただけさ。このイベントの持つゴールの意味は参加者によって違うからな。浅川のそれもまた正解だろう。さあ行こう!」


 それから俺は里中と駅を出て歩いた。駅周辺は車道が歩行者天国状態で、屋台や人の群れがどこまで続いている。

 屋台の食べ物を買い食いしながら歩き、スタンプがもらえる場所で演技をし、そしてまた歩く。俺は餅が1個でももらえるなら十分だったのでお題の演技はせず、里中がやるのを見ていた。

 お題は「不思議なものを見た人」や「誰かを応援する人」などがあり、合格かどうかの判断は各ポイントにいる係の人が決めている。里中は演技がうまいというわけではなかったが、お題に関するセリフをとにかく何度も叫ぶ手法でここまですべて合格している。

 俺が難しそうだと思いながら見ていると、里中以外にも小さな子からお年寄りまでたくさんの人が挑戦していて、みんな合格していた。誰でも参加できるだけあって基準はあまり厳しくないらしい。

 そして10個目、最後のポイントにやってきた。今は先に挑戦している親子の小さな女の子が「ゴールを決める人」を演じている。――といっても、足をちょこんと蹴り上げて軽やかに合格してしまった。合格だと係の人が赤い丸の札を挙げる。

 次は里中。

 浴衣を捲り上げ、大きく蹴り上げながら叫ぶ。

「ゴオオオォォォル!!」

 自分でゴールと言っている。どちらかと言えばゴールと言うのは決めた後の実況者で、本人は今決めるのだからシュートと言うほうがよさそうに思う。

 そして合否は、と係のお姉さんを見る。

 挙げられた札には赤い丸。合格だ。

 晴れやかな表情で戻ってきた里中が俺に言う。

「最後くらいやったらどうかな。簡単だよ」

「叫べばいいんだもんな」

「どう感じるかは係のお姉さん次第だからね。ゴールを決めるならゴールって言っちゃったほうがいいよ」

「わかっててやってたんだな」

「ほら行きなよ」

 背中を押されて俺はやってみることにした。気は乗らないが、今まで見てきた結果からほとんどどんな内容でも合格になることはわかる。それに里中の言う通り最後だし、せっかくだから俺は軽くだけやることにした。スタンプ帳を係のお姉さんに渡して長机から離れて立つと、「どうぞ」と合図がある。

 俺はちょこんと蹴り上げて、「ゴール」と言った。そして「どうだ」と言わんばかりに両手でやれやれとしてお姉さんを見た。

 札が挙がる。黒いバツ印。

 ん? 見たことない札だ。なんだろう。

「残念!」

 係のお姉さんが言った。

「えええぇぇぇ!? どうしてですか」

「なんか違います」

「なんかとは」

「なんかです。もう一度挑戦しますか?」

 里中を見る。ガッツポーズをしながら「もっと全力で!」とアドバイスされた。またお姉さんのほうを見るとうなずかれる。なるほど。係のお姉さんには俺が里中のだと思われているから俺がやってないと思われているらしい。どうやら合否の基準はその人なりのをするかどうからしい。

 いいさ。やってやる。里中よりもを。

「やります」

 そう言って俺は、両手の中にサッカーボールをイメージした。そしてボールを顔の前に掲げて額に当てる。これからフリーキックという設定だ。次にボールを床に置いて、少し後ろへ下がる。軽く弾んでリズムをつけたら、叫ぶ。

「ゴオオオォォォル!!」

 全力で蹴りだした俺は雄たけびを上げながらガッツポーズでゴールが決まった喜びを表現した。

 歓喜の表情のそのままに係のお姉さんを見る。

 顔を手で押さえて震えている。ツボったらしい。

 それから挙がった札には赤い丸。合格だ。

 俺はやった。見たか里中。

 里中を見るとこっちも顔を手で押さえて震えていた。


 あれからゴールで餅を受け取った俺と里中は、車道脇のブロックに座って食事をとっていた。里中はスタンプ10個分の餅3個と、俺はスタンプ1個で0個カウントなので1個の餅。

 俺が伸ばした餅をかみ切ろうとしていると里中が隣で言う。

「今日はどうだった」

「うまいなこれ」

「そうだろう。ゴールのご褒美だと思うとまた格別にうまい」

「ああ、ゴールは大変だった」

 俺は不思議と満ち足りた気持ちだった。演技をやることには乗り気じゃなかったけど、全力でやったせいか、祭りの熱気のせいか、少し楽しい。

 里中は「そうか」、とだけ言う。

 無言の時間が祭りの賑わいで埋まる。

 また里中が隣で言った。

「浅川はこのイベントをどう読む?」

「ああ、さっきも言ってたやつだな。そうだな……殻を破ること、もしくは笑われることになるもの、かな」

 演技を思い出して自分で笑う。

「笑顔にしたといったほうがいいだろうな。あれはホントによかった」

「お世辞はいいよ。そうだ、里中はどう読んでるんだよ。人にばっか聞くのはズルいからそっちも教えろって」

「全力でいくもの、かな」

「今日は見た目から全力だもんな。どうしてそう思うんだ」

「この祭りを地元の人間でもっと盛り上げたいっていうのが大きいかな。でもそれだけじゃなくてね――」

 里中はスタンプ帳を取り出した。餅受け取り済みの大きな「済」スタンプが押されている。それを裏返して里中は続けた。

「上に『goal/out』ってあるだろう。昔から書き方に違和感があってね、会場の出口までここに書くかなって。それでよく見てわかった。スラッシュを縦にして小文字のエルにすると、go all out――つまり「全力でいく」になるんだ」

「それでどう読むか、か。なるほどな」

「うん。だからゴールを目指す理由は楽しむためだったり餅をもらうためだったり人によって――読む人によって違っていいと思うんだけど、俺は全力でいくためにゴールを目指すことにしている」

「そうか。そういえば人によるで思い出したけど、合格しかないと思ってた演技の合否でまさか不合格もらうとは思わなかったな」

「だからコツがいるんだ」

「全力で叫ぶやつだな」

「そうそう、勢いは大事だからね」

「あ、そうだ。あのとき笑ってたこと、忘れないからな」

 全力を出した今日のゴールは、忘れられないと思う。

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