第7話 マニュ3
「……でも、もんだい。ボク、一人じゃなにもつくれない」
マニュはしょんぼりとそう言った。
「えっと、それは箸より重いものが持てないとか、そういう意味?」
製造士ってのがどんなことができるかわからないけど、一人じゃつくれないってのはどんな謎かけだろうか?
「……ううん。なんでもつくれるけど、なにをつくっていいのかわかんない」
「つくる技術はあるけど、創造力が足らないって感じ?」
「……たぶん。ひとつひとつの部品はつくれても、完成品にできない」
チュートさんが言ってたことが思い出される。
設計士と製造士は対だってことを。
おそらく、僕は創るべきものの結果を担当し、彼女がそのために必要な具現化をするってことかな?
設計と製造。
モノ作りの基本は、確か、想像力による第一の創造と具現化による第二の創造だっけかな?
こういう理解がぽんぽんできるのも、僕に設定された「設計士」の力なのかもしれないな。
同時に、頭の中で何かが切り替わる感じがした。
思考の渦の中に、ぽっかりと白い盤面が浮かぶ。
真っ白なキャンバス?
いや、白紙の図面か。
ただ、その光景は不安定で、そよ風に吹かれた幻影のように霧散する。
おそらくは、設計士としての能力の発露だ。
なんだかワクワクしてきた。
ふと目を上げると、マニュは逆にどんよりしていた。
「マニュ?」
「……つくれるちからがあっても、意味をもたないの。こんなにつくりたいって気持ちがあっても」
無理矢理へんてこな役割を与えられた代償なのか、それぞれの役割を遂行できないことがストレスになるんだろうか。
僕はまだ設計したい!って欲求は感じないけど、緊急物資のおかげで必要を感じないからかもしれない。
でも、取り急ぎ今晩を無事に乗り越える準備は必要かも。
「マニュが求めているのは、指示ってことでいいかな?具体的に言うと図面」
「……しじ?ずめん?」
「そ。たとえば車ってわかる?」
「……車輪によって地面とのまさつで転がりすいしんりょくにする機構?」
「知識としてはちゃんと持ってるみたいだね。要は、あれを構成している全ての部品の図面、どんな形で、どんな材質で、どんなふうに組み立てられているかがわかれば、つくれそう?」
マニュはちょっと考えたあと、理解できたのか、目を見開いて大きく頷いた。
「僕はさっきも言ったけど「設計士」なんだって。たぶんその図面を描くことができる」
「……アキがボクの王子様……」
いやどんな発想なんだよ。
「王子様かどうかは置いといて、たぶん僕は図面が描ける。でも部品を造るのは、工具とか無いとできない。マニュは工具が無くても造れるの?」
「……つくれる。ざいりょうもある」
やっぱりチョップで切断し、指で穿孔するのだろうか?
ま、いいか。すでに僕が常識と感じていた世界じゃないんだから。
できること、見ること、それをあるがままに受け入れようじゃないか。
「ちょっと時間をくれるかな?試したいことがあるんだ。で、お願いなんだけど、少しだけ僕のそばにいてほしいんだ」
おそらくだけど、設計を始めると僕は無防備になる。
不測の事態に備えて、いや、まあ、猛獣でも襲ってきたらそこでおしまいなんだろうけどさ。
誰かしら側にいてくれる安心感がほしいんだよ。
マニュがいるから、かなり強がっているけど、僕だってこのただっぴろい平地の真ん中で、これから訪れる真夜中ってやつが、不安でしょうがないんだから。
マニュは、立ち上がり椅子を僕のとなりに置いて座った。
ひざが触れそうな距離。
少しどきどきする。
コホンとせきばらいして、ポケットから折り畳みナイフを取出し、マニュに渡す。
「もし、何かあったらこれで自衛して。それと、もし危ない何かが来たら、僕のことは気にせず逃げてね」
マニュは受け取ったナイフを眺め、僕を見て言う。
「……何か、危険がせまってる?」
「いやそういうわけじゃないけど、僕らこの世界のこと、なんにも知らないから、念の為。たぶん、僕はしばらく動けなくなるから」
「……設計するから?」
「うん」
「……それは、いましなくちゃいけないこと?」
「どうだろう。安全な場所を見つけてからゆっくり、とも思ったけどさ、そもそも安全な場所なんて無いかもしれないでしょ?でも、僕とマニュの中にある能力は、間違いなくあるものなんだ。だから、そのあるものをキチンと理解しておきたい」
「……わかった……アキはボクが守る」
マニュはナイフの刀身を引き起こして、決死の顔で呟く。
いや、刃は仕舞っておいてください。
「じゃ、ちょっと試してみる」
僕は折り畳み椅子の簡易な背もたれに身を任せ目を瞑る。
設計。
キーワードのようにそれを思い浮かべると、思考の渦に先ほど感じた白板が浮かぶ。だが、不安定だと理解する。
意識レベルが自然に深くなる。
身体という入出力装置のリンクが切れ、五感はもう外界の信号を伝えてこない。
思考は洗練され、目の前には純白の盤面。
それは、涙が出るほど美しい白だった。
全ての始まりの白。
なにものでもない白。
どんなものにでもなれる白。
僕は創造の端緒にいることを理解し、その崇高さに眩暈を覚える。
欲するものを、僕は描き出すことができる。
その事実に、人々が成し遂げてきた創造の軌跡がどれほど奇跡であったか理解する。
同時に、これほどの創造力ですら「星霊」には不要だったのかと悲しくなった。
個々が持ち帰る経験値がたとえ80億人分あったとしても、それでお終い。
次の収穫まで、どれだけの時間を必要とする?
もし、刹那的に求めた、その80億人全てが、無限に思えるこの創造力を発揮できたとしたら?
その瞬間、たった80億で満足する「星霊」よ。
僕はたった一人でもその経験値を越えてやるさ。
しかも、それをずっと続けてやる。自分に連なる、未来永劫に渡って。
僕の感じた気持ちは、全ての地球に存在した人たちの総意、なんて思わない。
無念を晴らそうなんて別に思わない。
所詮、何も知らず飼育されていただけの存在なのだ。
でも、その結果として僕がここにいるならば、せめて「星霊」に、惜しい事をした。とほんの少しでも思わせられる、そんな結果を残したい。
きっとできる。
僕と、僕の意を汲むことのできるマニュがいるなら。
僕はさざ波一つ無い白面の上に、一本の線を引く。
設計の始まりは、いつだって一本の線から始まるのだ。
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