第8話 マニュ4
はじめに知覚したのは後頭部の、柔らかさ。
目を開けると思いのほか近い場所に目を閉じたマニュの顔が飛びこんでくる。
そして背中は痛い、寝ている姿勢のようだが、頭だけは柔らかなマニュの足の上。
ひざまくらって言うけど、太ももまくらだよね?
ひざの上に何かを乗せたら痛いじゃんね?
いつの間にか、椅子から転げ落ちて、マニュがそのまま寝かせてくれてたのか。
側にいてほしいってお願い、守ってくれたんだな。
空は漆黒の闇。
たき火の明るさで、星々の煌めきはおぼろげだ。
あの光のどれかに、懐かしの太陽があるのだろうか?
倦怠感を理由に、いましばらくマニュの足を堪能しよう。
そう思い、マニュの寝顔を眺めながらさきほどの経験を思い出す。
設計中に感じた全能感みたいなものは、たちの悪い中二病みたいな言葉がわんさか浮かび、ほとんど覚えてないけど、ぼんやりとした恥ずかしさが残っている。
僕は、マニュの頬にそっと手を当て、その温かみを感じる。
それでも、この子とならきっと大丈夫。
そんな根拠のない確信だけは心の奥に根付いていた。
パチッと音がするくらい急に眼を見開くマニュ。
慌てて手を離し、身を起こす僕。
「あああ、なにもしてない、なにもしてない」
僕はなんでこんなに慌てているのか?
あれか?
ちょっとだけ邪な感情がむくむくしたからか?
マニュは僕を見ていない。
股間?地面、いや、落ちている紙を見ている。
落ちている、紙?
マニュはそれを拾って、凝視する。
「こ!これ!」
なんだ、はっきり喋れるんじゃんね。
「マニュ、それ何?」
両手で、A3サイズ程度の紙を眼前に掲げ、わなわなと震えるマニュに若干の怖さを感じながら恐る恐る聞く。
「図面!アキが描いたんでしょ?」
やっと図面から顔を上げたと思ったら、ぼろぼろと涙を流していた。
「おい、マニュ、どうしたんゲフォ!」
猛烈なタックルの如き抱擁。
ああ……あばらが何本かイッちまったかもしれん。
僕とマニュはその場に転がる。
えぐえぐと僕の胸元に貼りついたまま泣き続けるマニュ。
僕は、転倒時に地面にたたきつけられた後頭部と、頭突きの直撃を受けた鎖骨の状態を気にするが、今はマニュの頭と背中を撫で続けようと思った。
「うれしい……」
しばらくそうしていると、マニュが胸元で呟く。
「マニュ?」
「図面、わかる。ぜんぶわかる!これで造れる!ありがと、ボク、これでちゃんと役に立てる?」
ズビズビと鼻をすすりながら、語尾は恐る恐る、伺うような言葉。
「あのね?別に図面が読めなくても、ものをつくれなくても、マニュは僕と出会ってくれたでしょ?もうそれだけでOK。それ以外は全部おまけ」
偽らざる正直な気持ちだ。
きっと僕らに与えられた役割という能力が、それを発揮しないといけない、そんな強迫観念でも植え付けるのだろうか?
彼女の安堵はそれを加味しても過剰だと思えるが。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇん、ボク、ちゃんとできる、できるんだ!」
ふたたび、僕の胸で号泣するマニュの頭をゆっくり撫でる。
まったく、地球の知識?それを、僕らを含めて12人だっけ?
無意識に刷り込まれたその事実、ひょっとしたらマニュの反応が正しいのかもしれないな。
80億人分の英知。
そこに至るまでの積み重ねも考えると、いったいどれだけの魂が織り上げた知識なんだろうな。
それを、たった12人?
別に、それをこの世界に再現しろって訳じゃないんだろうけど、それでも、その積み重ねを残すのも、終わらすのも、僕らの行動次第なんだよな。
そういうの、志願制とかにしてほしいよね。
僕らは産まれたてのところに、むりやり思考するだけの知識を植え付けられて、どうせ思考や会話のパターンなんかも作り物で、生体部品で構成されたロボットみたいなものなんだ。
にも関わらず、さきほどから感じる劣情ってヤツは、ホント、人間が思春期に感じる果てしない衝動として僕を突きあげる。
その諸悪の根源である柔らかい女体を強い精神力で押しはがす。
涙で濡れた顔が、僕の情動スイッチを刺激してくるので、慌てて目をそらす。
「す、すこしは落ち着いた?」
「……うん」
「じゃあ、ちょっとそれ、見せてもらってもいい?」
肝心なそれを、僕はまだ見ていないのだ。
マニュは一瞬、「私からこの子を取り上げるつもり?」みたいな顔をしたあと、ゆっくりと図面を僕に渡す。
「……ちょっとだけだよ?」
もうキミのものですかそうですか。
A3ほどの図面、材質は紙かとおもいきや、柔らかく折れず、おそらく破けない謎材質。そもそも、描画されている図面は、スマホの画面みたいに、移動、拡大、縮小と閲覧に必要な操作ができる。
電子ペーパーみたいだな。
たぶん、この概念はともかく、これの技術自体は地球の技術じゃないだろうな。
倉庫からの転送、そもそも倉庫の存在、そして僕らの能力の成果物。こういった補助的かつ再現不可能なものはサービスのつもりなんだろうか?
少なくとも、いまの僕には、この紙を創りだすイメージは湧かない。
神の技術を使って、人の技術を伝えるのか。
神の領域にまで辿り着けなかった人類の文明を、こんな手間暇かけて残そうとする気持ちは、合理性だけを考えるとやっぱり理解できない。
興味本位で、とか面白半分とか、そんな理由の方がしっくりくるな。うん。
図面は俗にいう「組立図」つまり完成体の全景が描かれていて、3Dでぐりんぐりん表示できるし、構成要素をタッチすると、個別の「部品図」がポップアップする。
「部品図」とは、形状、材質、寸法などの基本情報と、他の部品と結合するための注意や防錆処理などといった参考情報の全てが網羅されている。
つまり、この図面と材料と加工工具があれば、この完成体を構成する部品が造れるということだ。
マニュの言う「つくれるけどつくれない」という意味は、もし「槍」をつくろうとしても、どんなサイズで、どんな材質で、どこに重心があって、どんな刃先にすればいいかというのがわからない。
もちろん。経験に基づいて、何度も試行錯誤を繰り返して作り上げることはできるけど、それはあくまでも経験則に基づくってやつで、一品物の世界だ。
僕は物事の理を知っている。
だからどんなサイズ、材質、重心、刃先形状ってのが自然にわかる。
用途に合わせることができる。
試行錯誤することなく、理屈でそれができるのだ。
僕は図面をあらためてマニュに渡した。
「じゃあ、さっそく、この「槍」を造ってくれるかな?」
「うん!」
間髪入れず、マニュは頷く。
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