第3話
自分の部屋に帰ってきた。
たった数時間の実家への滞在。物凄い疲労感が襲ってくるのが分かった。
普段なら帰ったらすぐに手を洗い家着に着替えPCの電源を入れる。
でも今日は出来なかった。布団の上に寝転がり、家着に着替えることもせずに見慣れた小さな部屋の天井を眺めて過ごした。
眠気はない。でも、何も思い浮かばない。小指一本さえ動かすことが出来ず、まばたきをする回数も少なく、ただ天井の一点を見つめていた。頭が働かないとはこう言う事を言うのだろう。
どのくらい時間が経ったのかも分からなくなった頃、思い立ったように突然身体を起こした。きっと、その時の私の顔には何か決心のようなものが表れていただろう。
玄関口の明かりだけで暗かった部屋の照明を点け、PCの電源を入れ、自分自身に気合いを入れるために冷たい水で顔を洗った。
PCの前に座り、方まである髪を後ろで1つに結き、首を左右にコキコキと鳴らし、キーボードに手を掛けながら小さく呟いた。
「郷に入っては郷に従え」
昨日、今日、自分自身に起こっている不可解な出来事を根本から見直す事にした。
今いる世界観は単に男女の役割に対する比率や性差によって与えられた立場が自分の知っている世界とは違うだけ。
世界が崩壊した訳でも無い。残念ながら、二次元作品やラノベでよくある異世界転生モノの様な転生先で特殊な能力や知識を付加された訳でもない。
何の変化もない、そのままの自分が微細な差異のある世界に来た状態だろうと仮説を立てて考えることにした。
アニメなどでよく見る、平行世界やパラレルワールドの様なものと仮定して自分がこの世界でどんな違和感や不具合が起きるのかを書き出してみることにした…
が、何一つ無いのだ。
生まれた国も地域も言語も住んでいる地域も仕事も何もかもが同じであり、両親も立場が逆転しただけで基本的な事は特に変わりなかった。スマホの中にあった友人とのやり取りの履歴を見ても交友関係に変化は無いようだし、部屋の中を見回してもいつもの狭く雑多な部屋。
しばらくの間キーボードに手を置いたまま石像のようになっていたが、ふと思い付いた。
(違和感・・・感覚・・・)
頭の中でその言葉が何度も浮かんでは消えて行く。そこで気が付いた。
(この世界で今の感覚の私が日常生活を送るとしたら、何が変化しているのか)
そう、今の私は自分の知ってる世界の感覚で物事を捉え考え行動してしまう。
その事が周囲の目にはどう映るのかをPC画面の中のメモ帳に箇条書してみた。
・男性メインの社会思考
・役割の固定概念による無意識の男尊女卑
カタカタと音を立てるキーボードが変換を追えた時にハッとした。
この世界は女尊男卑的で、私の感覚はマジョリティからマイノリティになっている状態である。という事は、いつもの感覚で人に接したり行動すると妙に男性に理解のある女になるのではないかと思い至った。
(・・・モテる・・・のでは・・・)
下らない雑念が一瞬だけ頭によぎった。
そんな事を考えている場合ではないと思い直し、改めて考えることにした。
男性に理解のある状態と言う事は、女性から見れば媚びに見える可能性。
いや、元居た世界でも男性に理解を示すと媚びていると反発する女性は少なからず居たのでそこまで問題視することはないだろう。
もっともっと大きな視点で考えなくてはいけない。そこで思い出した。
赤絨毯の敷かれた階段に並ぶ閣僚たちの写真。
あれが今のこの国の代表的な状態を表しているという事は、企業の顔とも言える社長たちはどうなっているのかが気になった。
早速、ネット検索をしてみた。
元の世界で有名であった企業はこちらの世界でも有名だし、特に専門的な知識も必要なく結果はすぐに分かった。
殆どの大企業は女性が社長や会長職に就いており、たまに元の世界と同じ人が社長の企業もあったがその説明は「男社長」と枕詞が付いていた。
(そうか、この世界では男がトップに居ることの方が珍しいから・・・)
妙な納得とともに、この世界の勉強をしていくことにした。
基本的にこの世界は女性優位の女尊男卑方式な基準で物事が決まっていること。
そこから想像すると法律などの変化は如実なのではないかと言うこと。
ただ、元々からこの国の法律は時代遅れを指摘されてる部分もある上に私は法律家ではない。法律の中で性差に関する有名な話を聞き齧った程度の知識しかない。
更に言うと、元の世界の知識を引き出すことが不可能。今あるのはこの世界のインターネットしかないからだ。
自分の覚えている記憶だけが元の世界の知識の全てである。そして、この世界の男女が逆転している状態がいつから始まっているのかも問題になる。
私は自分の不勉強を後悔した。自分の知識がないと元の世界と今の世界の比較が出来ないのだ。
(せめて歴代将軍の名前くらいはちゃんと覚えておくべきだった!)
続く
あべこべ @rikushi11
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