開拓村からの単独行動訓練 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

夕暮れ近く、馬小屋にて

 よーしよし、いい子いい子。

 今日はがんばったなー。


 ほーら水だぞ。飲め飲め。

 次の訓練は村の外だからな。

 しっかり休むんだぞー。


 おや、こんにちは。

 そろそろ、こんばんはかな?

 今日の馬小屋の当番はあなたでしたか。

 ええ。自分は訓練帰りです。兵士の職務ってやつですね。


 牧草を持ってきてくれたんですね。助かります。

 そっちの桶に入ってるのは、なんでしょう。

 麦と豆ですか。それも馬のご飯で?


 騎士様がそれも食べさせろと。

 これからは馬もがんばってもらうから、モリモリ食べて元気をつけてほしいと。

 ありがたいです。牧草に混ぜましょうか。


 馬たちがこっち見てますね。

 ちょっと待っててねー。

 もうすぐ持っていくよー。


 おー、食べてる食べてる。

 今日はけっこう走らせたからなぁ。腹も減るよなー。


 そちらもエサを配り終えましたか?

 そうですね、少し離れましょう。

 自分たちが近くにいると、馬も落ち着いて食べられないですからね。


 あれ、お水? 自分に?

 助かります。今日は一日中ずっと訓練でしたからね。

 いやー、疲れた疲れた。


 おや、どうしました? 

 なんだか珍しい表情してますね。どこか不安そうというか。

 なにか気になることでもありましたか?


 え。

 戦が近いのか?

 いやいや。そんなことないですよ。なんでまた?


 最近、馬の訓練が増えてる?

 確かにそうですね。今日も自分らが乗馬訓練してましたし。

 それに、馬にエサを多く食べさせるようになったと。今日なんて麦とか追加されたし。


 この開拓村に来る前に住んでたとこでも、似たようなことがあった?

 急に馬を鍛えさせて食べさせて。

 で、しばらくしたらその馬に乗った兵士たちが街から出て行ったと。

 戦争のために。


 なるほどねぇ。

 そんなことがあったなら、気になりますよね。


 でも大丈夫です。少なくとも戦争の準備じゃありませんよ。

 そもそも、この村は開拓地の中でもはじっこです。戦争する相手がいませんって。

 まあ、魔獣は出ますけども。


 馬の訓練が増えてるのは理由がありましてね。

 単独行動訓練ソロトレーニングって聞いたことあります?

 あら、ない。まぁ開拓騎士団内の俗称ですからね。

 それじゃ簡単に説明しましょうか。


 私たち兵士は基本的に集団で行動します。そのほうが安全ですからね。

 まぁ、村内の見回りや見張りは一人でやることもそこそこあるんですけど……。

 もうちょっと兵士の人数に余裕ができればいいんですが。


 それはそれとして。


 村の外は魔獣が普通に歩いてますから、兵士たちが外に出るときは部隊単位です。

 とはいえ、単独で行動しなければいけないこともあります。

 たとえば部隊が散り散りになったときとか、部隊からはぐれたとき、緊急事態があって伝令に走るとき、などですね。


 で、そういう事態を想定して、野外を一人で長距離移動するっていう訓練があるんですよ。

 それが単独行動訓練です。

 今度実施する訓練は、兵士が一人ずつ馬に乗って、村から外に出て半日ほどの場所まで荷物を運ぶという内容になってます。


 今までそんな訓練はやってなかった?

 少し違います。たしかに単独行動訓練はここしばらくやってなかったですが、前はやってたんですよ。


 この村の兵士の一部は、前にあったトラブルのせいで足や腕に不調が出ていたことがありまして。

 その状態で単独行動訓練をやるのは危険だってことで、中止してたんです。

 ですが、トラブルの後に来た兵士もここに慣れてきましたし、不調があった兵士の調子も少しずつ戻ってきたので、そろそろ訓練再開しようって話になったんです。


 ええ、そうです。

 私もその訓練に参加します。

 対象に選ばれましてね。へっへへ。


 え? 不調? 私に?

 んー。

 まあ、実は私も右腕をやられてたんですけどね。

 もともとそこまでひどい不調ではなかったですし、最近はだいぶ元に戻ってきましたから。


 いやいや。大丈夫ですって。

 いつも槍を持ってるの見てるでしょ?

 確かに一時期はけっこう厳しかったですが、今は普通に槍を振れるくらいには回復してるんです。

 そうでもないと訓練対象には選ばれませんよ。


 そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫ですって。

 私はこれでも以前、遠征隊の隊員に選ばれるくらい強かったんですよ?

 ええ。ここの遠征隊ってけっこうすごいんです。この村から遠い森林部にまで実地調査に行く、ここの開拓騎士団の中でも精鋭の集まる部隊ですから。


 それに、今回は久々の野外訓練ってことで、安全対策もばっちりです。

 騎士様も参加しますし、道中のあちこちに武装した小隊が待機する手はずになってます。

 そんなとこに襲いかかってくる魔獣なんて滅多にいませんから。


 ね? 大丈夫です。問題ありません。

 たとえるなら、ちょっと川の様子を見てくるようなものです。

 何も怖くないです。

 まかせてくださいよー。


 え? 話を聞いてるとどんどん不安になってくる?

 なんでですか。

 そういう話をしてる人ほど死ぬ?

 なんでですか!

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