第21話『安心』

「――と、いう感じです」


 師匠は申し訳なさそうな表情で全て話した。聞いたところによると、全てが俺の為だったという。


 ふざけた話だ。俺の為だという割に俺に被害があり過ぎる。計画は穴だらけで、雑。自らでは手に余る事をやろうとしている時点で俺的にはもう師匠の作戦は失敗しているも同然だ。


 せめて、師匠にはもう少し器用に生きてほしいものだ。俺に被害が来ない為にもね。


 そして、この計画がいくら俺の為だろうと俺が被害を被ったのは事実。そして、あの時感じた怒りの炎が未だ燃え尽きていないのも事実。故に――


「とりあえず、一発殴りますね」


「え、なんで?」


 拳を固く握りしめる様を見て、顔を青ざめさせながら震える声を発する師匠。それを見て、口が邪悪に弧を描いた。


「問答無用っ!」


「ぷぎゃあ!!」


 型通りの綺麗な正拳突きが、またもや師匠の左頬に決まった。悶える師匠を見て、やり返したのにも関わらず俺の怒りは珍しく沈降していなかった。


「……勝手に消えようとしてんじゃねえよ」


 いつもより一層深く皺の入った眉間は、暫く緩みそうになかった。


 *


 場所は変わり、セレスの屋敷の前へと辿り着いた俺と師匠。その屋敷のデカさや装飾の凝りようにも驚いたが、それよりも驚いたのは屋敷よりも大きい庭園の広さである。


 まるで訓練場の様に整えられた庭園は無駄な装飾などなく、機能美という言葉を彷彿とさせる。ふと、以前に死地を共にした鋼の剣が脳裏を過ぎった。


「機能美、か。理解できないな」


「ん? 何か言ったかいアル」


「黙っていてください」


「酷い!?」


 騒ぐ師匠に構わず、庭園を通り屋敷へと向かう。石造りの住宅街に紛れ込んでいるこの木造の屋敷は、その異質さを隠そうともせずに堂々と建っている。まるで、どこぞの武士のようなその気高さすら思わせる異質さに、一瞬見惚れてしまったのは内緒だ。


 屋敷の両開きの扉を叩く。ノックとも呼ばれるその音に反応し、扉の向こう側からとある少女の足音が聞こえてくる。


「アル兄!」


「騒ぐな、近所迷惑だ」


 勢いよく開いた扉の向こうから飛び出してきたのは花咲く笑顔をしたセレスだった。駆け寄ってくるセレスと面倒くさそうに応じるのはこの俺、アルキバートである。


 セレスと相対する時、通常俺は即座に会話を終わらせようとするのだが、今日だけは別だ。久しぶりに会い、そしてついさっきまでご機嫌斜めだったセレス。下手に会話を途切らせるとどんな地雷を踏むか分からない。


 故に、今日だけは丁寧に慎重にセレスの相手をしてやらなくてはならない。非常に面倒だが。


「入って入って! ここが今の私の家だよ!」


「知ってる。誰かさんがアホ程手紙送ってきてたからな」


 はしゃいでいるセレスはどこからどう見ても上機嫌である。ほんの二時間前はあんなにも不機嫌極まれりだったというのに。情緒不安定とはこういうのを言うのだろうか。


 扱いづらい事に変わりはないが、この調子ならそう簡単に機嫌を損なうことはなさそうだ。


「ははっ。はしゃいでいるね、セレス」


「はい! この日をずっと楽しみにしてましたから!」


――俺はこの日をずっと恐れていたんですけどね。


 仲睦まじく話している師匠とセレスの様子を伺いながら、屋敷の中を共に歩き回る。外装と同じく内装も手の込んだ装飾だった。和風な木造建築、極東の文化を思わせる豪華でありながら素朴さを感じさせる装飾。セレスらしい屋敷だ。


 昔からセレスは師匠の影響で極東の文化に異常な程の興味を抱いていた。以前、元我が家である小屋の床を全て畳にしようと目論んでいた事もある。故に、セレスの家が極東特有の文化である和風建築を取り入れている事は容易に想像できた。


 流石に庭園を訓練場にしているのは予想できなかったが。


「はい! ここがアル兄と師匠の部屋です」


 って、予め《あらかじめ》俺らの部屋作ってあったんかい。


「おぉ……結構広いね」


「はい。師匠たちの部屋ですから当然です」


「当然じゃねえわ、広すぎだ。あの小屋より広いじゃねえか」


「それはあの小屋が狭すぎたからじゃない?」


 それを言うなよ。悲しくなるだろうが、馬鹿。


 セレスに用意された部屋は、我が家であった小屋が一つとその半分の面積を足し合わせた広さとほぼ同じだった。これで一人分の部屋だというのだから、驚きだ。師匠なんて頬を引き攣らせているぞ。笑える。


 だが、せっかく部屋を用意してもらったのだ。使わずしては無礼というもの、と極東らしい言葉使いで言わせてもらおう。広い部屋に豪華な装飾の施された家具、今までの俺には無縁だった金持ちの暮らしだ。


 そりゃ、気分も上がるってもんさ。


「それじゃ、ゆっくりしていってくださいね!」


 セレスは笑顔で走り去っていった。師匠も自分の部屋へと入り、残った俺与えられた部屋に入る。部屋に置かれているベッドに横になり、今までの疲労を癒すように身体の力を抜いた。


「ああ~、疲れたっつうの!」


 今日までずっと、俺らしくない連戦状態が続いていた。バリスモスとの戦闘、ゴブリン集団との戦闘、ダンジョンでの戦闘。そして、猛牛ミノタウロスとの死闘。


 それが今日、ようやく終わったのだ。やっと、平穏な日々が戻ってきた。


「――やっと、安心して休めるな」


 そうして静かに目を閉じて、安眠に就いた。 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る