第20話『家出師匠』

 アルキバートが王都生活を満喫していた頃。とある田舎の村はずれにある小屋に、一枚の手紙が届いた。今、まさに破竹の勢いで名を挙げ、『剣聖』の二つ名を我が物とする少女の書いたものであるそれは、あろうことかアルキバートがいない時に届けられてしまった。


 これが幸か不幸か。もはや分からない。それは、後のアルキバートにとっても同様である。


「これは……セレスも間が悪いなぁ」


 呟いたのはその手紙を受け取った男。セレスとアルキバートの師匠とされている男であった。男が視線を注いでいる手紙には、こう書かれてあった。


『師匠たちへ


 前にお話しした私の家に、二人を招待しようと思います。二人が今も暮らしている小屋は二人にとって余りにも窮屈です。なので、また家族みんなで一緒に暮らしましょう。二人の事はみんなに話してあるので、みんなすぐに受け入れてくれると思います。二人に会えることを楽しみにしています。


 セレスより』


「う~~~~~~ん」


 男は唸り声を上げ、頭を悩ませていた。セレスの家に招待してもらったこと自体は嬉しい。それは、今まで育てた娘が立派に育ったことを喜ぶ父親としての感情でもある。


 問題は、この手紙にあるという言葉。この言葉が指し示すのは勿論、この師匠と呼ばれる男。そして、アルキバートである。そう、あのアルキバートである。


 男にとってアルキバートもまた息子のような存在だった。親らしくそれなりの教育をして、この世界で生きやすくなってもらうように剣術や体術、その他の知識も与えた。だからこそ、アルキバートに自身の隠してきた弱さがバレた時は落ち込んだが、それをアルキバートは受け入れてくれた。


 アルキバートは自身を屑だと自称しているが、男にとってはそうではなかった。男にとってアルキバートは弱い自分を認めてくれた唯一無二の息子で、恩人だったのだ。故に、連れていきたかった。


 だが、それを許さない問題があった。


「アル、絶対強者だと勘違いされちゃうよな~」


 そう、問題はアルキバートのスキルにあった。彼の【気迫】というスキルはまさしく自身が虚勢を張る為のもの。自分を強く大きく相手に見せる為のスキル。それをもし、アルキバートが王都で発動させていたとしたら――


「アルは、王都の冒険者たちにスカウトされるか、それとも勝負を仕掛けられるのか。どちらにしろ、アルにとって良い事は起きそうにない」


 ならば、アルキバートは置いていくべきだ。


 そう考えてしまう。自身の息子が望んでいるのは『平穏な日々』。けれど、自身の娘が望んでいるのは『家族と過ごす冒険者の日々』。兄妹でここまで願いが違うのは、血が繋がっていないからか。それとも、親である自身の育て方に偏りがあったからなのか。


 セレスにもアルキバートにも、平等に接していた気になっていた。けれど、アルキバートには自身の秘密がバレ、そしてそれを今もアルキバートは隠し続けてくれている。しかし、セレスはそれを知らない。もしセレスもこの事を知っていたなら、彼女は二人を王都に誘ったりはしなかったのかもしれない。


 アルキバートとセレス。今、自分が一体どちらの事をより大切に思っているのか。そう問われた時、自分はアルキバートの方を答えてしまうのではないのか。セレスの事を、アルキバートよりも下に見てしまっていないか。


 それを、そのままにしておいて本当にいいのか?


「――よし、行こう」


 男は決めた。自身の秘密を娘に話すことを。そして、息子をここに置いて行くことも。


 今回の件は、結局自分のせいなのだ。アルキバートはただ自身の引き起こした問題に巻き込まれてしまっただけだ。ならばもう二度とこのような苦労をかけないように、セレスに自身の弱さを暴露してしまった方がいい。


 すぐに身支度を始め、家を出ようとした男は、まとめた荷物を確認しようとしたところで気づいた。


「王都に行く途中に魔物って出るのかな」


 もし出るのならば、自分は勝てるだろうか。いや、おそらく数でゴリ押しされればスライムでさえも自分は負けてしまうだろう。


 それは駄目だ。セレスに何も伝えられないまま死んでしまうのは筋が通らない。自分が死なない為に、魔物との戦闘は極力避ける必要がある。その為に必要なのは、家の玄関に常に置かれていた、怪しく光るだけだ。


「『魔除けのランタン』――あれさえあれば」


 その魔道具さえあれば、自分は生きて王都まで辿りつける。けれど、それではいずれ帰ってくるアルキバートはどうなる? 彼がこれからもこの家で暮らしていきたいと願っているのは明白。しかし、自分がこの魔道具を王都に持っていってしまったら彼はこの家で暮らしていけなくなってしまうのではないか。


 そこまで考えて男は、結局魔道具を持っていくことに決めた。理由は二つ。一つは先も言った通り、生きて王都に赴き、セレスに己の全てを明かさねば筋が通らないから。


 二つ目は、アルキバートが生き抜いてくる事を察していたから。あの【気迫】さえあれば、大抵の魔物は失せてくれる。それこそ、『戦闘狂』のミノタウロスに出くわさない限りは無事でいてくれるだろう。


 金の問題もあるが、アルキバートの事だ。彼には商人の才能も冒険者の才能もある。金にがめついアルキバートならば、ゼロからでも生きて行ける。


 故に、今自分が彼の為にしなくてはならないのは。


「もう二度と彼に苦労をかけないこと」


 振り出しに戻った、わけではない。先とは覚悟も決意の固さも違う。これでもうアルキバートとは会えなくなったとしても、それでも彼の為に必ず、彼の平穏な生活の為に彼の前から消えてみせる。


 だから、この手紙が、彼に送る最後の言葉だ。


『探さないでください


 偉大なる師匠より』


「ははっ、まるで夜逃げみたいだ」


 愉快そうに笑って、男は言った。


 


 


 


 


 

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