第19話『変わった妹』

 あれから、久しぶり出会った妹と色々な話しをした。セレスが酒場で肉を頼んだ時は驚いた。俺と暮らしていた時は、セレスは魚が好きで、肉なんて滅多に食べなかったから。ますます筋肉つける気だなコイツ。


 セレス曰く、どうやら他の冒険者との付き合いで酒場で食べたり飲んだりしているうちに、肉もよく食べるようになってきたのだという。本当に、変わったなと思った。俺のコイツへの恐怖心は全く変わっていないが。


 変化し続けている彼女に比べて、俺は全く変わっていないと言えるだろう。それは言ってしまえば、成長していないともいえる。退化もしていなければ、進化もしていない。ただ、歳を重ねて生きてきただけ。代り映えのしない人生を、ひたすらに歩んできただけ。




 嗚呼、俺はなんて素晴らしい人生を歩んできたのだろう。




 そう、俺の判断が間違っていたこと等一度もなかった。師匠とのじゃんけんも、ダンジョンへ修行に赴いた時も、それはそれは酷い目にあったが。あれは全てこの世界が悪い。そしてこの世界を作り出した神が悪い。


 故に、俺は変わらなくてもいいのだ。元々、俺は完璧なのだから。


 それでも、変わり続けるセレスの近くにいるのは、少し辛い。


 *


「アル兄も、冒険者になるんだよね? 一緒にやろうよ! 仲間になろう?」


 目を輝かせ、提案をしてきた我が妹に頭を悩ませる。予想通りといえば予想通りだったが、今のセレスならひょっとして言わないんじゃないかと、期待していた気もする。


 ていうか、誘うなよ。既に関係が仕上がってる奴等と一緒に行動すると、自然と俺がハブられるんだよ。まぁ、セレスが選んだ仲間なら俺を邪険に扱うことは無いだろうが。それでも気まずさが薄れることはない。


 故に


「断る。俺は人とつるむのは苦手だ」


 田舎に暮らしていた頃からそうだった。誰かと一定以上の関係値を築くと、決まって相手の方に何らかの不幸が舞い降りてしまうのだ。


 そして、彼等は決まって俺が悪いというかのような台詞を吐いて、俺を拒絶し、離れていく。正直、不快だ。


 俺はスキンシップの一環として色々とやってやっただけなのに。


「アル兄が人と一緒にいられないのは、アル兄が嫌がらせばっかするからじゃない?」


 と、過去を振り返る俺に呆れたような顔で言うセレス。


「はっはっは。面白い冗談だ、点数25点!」


「点数低いし……」


 ジト目で見てくるセレスを笑い返し、そんなセレスもすぐに表情を微笑みに変える。その顔を見ると可愛らしい少女のようにも見えるが、その実、彼女はとんでもない強さを誇る化け物である。恐ろしい事この上ないな。


 その笑顔を眺めて、思う。おそらく今、セレスは何か悩み事を抱えている。


 話していても、セレスは悩みを抱えている様子は見せない。けれど、楽しそうに俺と会話をしている一方で、ふとした時にする現実から目を逸らすかのような流し目。それを、俺は見逃さなかった。


 昔から、セレスは嘘をつく事が驚くほど下手だ。それが、この王都に来てかなり改善されていたのはもう理解した。それでも、俺ならばセレスの嘘は見破れる。伊達に何年もこの化け物と暮らしていないのだ。


 しかし、そのセレスのついている嘘について言及するつもりはない。する義理がないからだ。俺がセレスの悩みを解消してやらなくても、セレスにはもう他に多くの仲間がいる。今更、俺の出る幕などない。


 故にこれからはもう、セレスと会うことはないだろう。というより、会いたくない。怖いもん。


「じゃ、そろそろ俺はお暇させてもらうぞ」


 ガタっと音を立てて座っていた椅子から立ち上がり、セレスに告げる。


「あ……うん。またね、アル兄」


 セレスは、何かを言おうとして、それを堪えるようにして口を噤み、別れの言葉を吐き出してくれた。何を堪えたのかは分からないが俺の事を巻き込まないよう配慮して、堪えてくれたのは分かる。


――だが、その結果セレスが悩み続ける事になったら、罪悪感が湧いちまうだろうが。


「セレス、仲間を頼れ」


「え?」


 間抜けな声を出してこちらを見るセレスを真っ向から見つめ返す。根っからの善者であるコイツは、人を頼ろうとせずに何もかも自分一人で事を済ませようとする悪癖がある。


 力を貸してくれそうな友人が、仲間が、せっかく周りにいるというのに、何故コイツは頼ろうとしないのか。非効率すぎて理解できない。


「一人で悩むよりも、十人で悩んだ方が何倍も気が楽だぜ」


 愚かで非効率な方法しか知らないセレスに、この俺が教えてやる教訓などこれで十分。後は、自分で勝手に何とかするだろう。


 セレス《こいつ》は、そういう奴だ。


「……アル兄は、私の事なんでもお見通しだね」


「おう、一応兄貴だからな」


 なりたくなかったけど。


 セレスは再び笑みを浮かべ、また俺の方を見た。どうやら、やっと元の調子に戻ったようだ。妹の機嫌を直すだけで一苦労してしまったが、後はコイツの周りの連中が何とかしてくれるだろう。


 これで、ようやく肩の荷が下りた。


「じゃ、今度こそお暇す――」


「あのさ!」


 セレスの上げた声に遮られた俺の別れの言葉。「なんだ?」と俺が聞く前に、セレスは言った。 


「今日、私の家に泊まらない?」


 少し恥ずかしそうに頬を赤らめているセレスは、俺の目から見ても死神のように見えた。


 *


 セレスの頼み事ならば普段は必ず断るのだが、今回の頼み事、というより提案は俺にとっても宿代を必要としないという利益があった。故に、断ることもなく応じたのだ。


 それは良い。それは良いが、気に入らないものが一つあった。それが今、俺の目の前で正座している男を対象としているのは公然の事実である。


 今日までつもりに積もった恨みを込めて、威圧しながらその名前を言葉にした。


「おい、糞師匠」


「はい……すみませんでした」


「まだ何も言ってねえですよ」


「言葉、滅茶苦茶だね」


「うるせえ!」


「ぷぎゃあ!!」


 正拳突きを目の前で正座している男の頬目掛けて放ち、そして悲鳴を上げて吹っ飛ぶ男を腹を立てながら眺める。そう、セレスの申し出はまさしく嬉しい誤算という物に他ならない。しかし、今目の前にいる存在は、全くもって嬉しくないただの誤算である。


 そしてもうお分かりだろうが、ここでいう『男』とは最初に言った通り、俺の師匠の事である。


 何故、今この場に師匠がいるのか。何故、師匠が家出をしたのか。そんな事は心底どうでもいい。俺が今師匠に聞きたいのはただ一つ。


「なんでアンタが王都で贅沢三昧してやがる!」


「ま、待って! 贅沢とか僕全然してないから! そもそもセレスの前で贅沢とか、するわけないから!」


 怒声を飛ばす俺に必死で弁解の言葉を並べ立てる師匠。未だ怒りが収まらん俺を差し置いて、師匠は満を持して口を開いた。


「――実は、一週間前、家に一枚の手紙が届いたんだ」


 え、それ長くなる?

 





~あとがき~


・ちょっと改稿させてもらいました。話の内容自体はあんま変わってないので、特に気になさらず読んでくれると幸いです。

 


 


 


 


 


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